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書くことの意味
岸田奈美さんの「もうあかんわ日記」を読み終わった。
読みながら、そして読み終わって、内容そのもの以上に、“書くこと”の意味に思いが拡がっていった。
なぜ、ボクはnoteに文章を綴るのか。
岸田奈美さんは、自分の身に起こる悲劇を喜劇にするために書いた。
いわば、悲劇性を文章化して人目に触れさせることで、咀嚼して消化して、そこにある喜劇性を生み出し、一種のエンタメとして昇華するということだと解釈した。
じゃあ、ボクは?
岸田奈美さんを目指しているんだろうと思う部分がある。
正確に言えば、岸田奈美的物書きを目指している。
世の中に移りゆくよしなしごとをそこはかとなく軽やかに書き綴った文章が、翼を広げて飛び立って、多くの読者の心に降り立つような。
岸田奈美さんに備わるのは、その類稀なる事件引きつけ力と、その事件を軽やかに形にする文章力、そしてそれに翼を授けるレッドブル的インフルエンサーの存在なんじゃないかなって思う。
一方のボクは、「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる」精神で毎日投稿を目指しているけど、文章力はもちろんのこと、まだレッドブル的何かが足りなくて、翼を授かれずにいる。
インフルエンサーも忙しくて目が肥えているので、こんな愚痴まみれのオッサンなど相手にしてくれないだろう。
でも希望は捨ててない。
ほぼ毎日投稿が文章を鍛え、手が届くところにレッドブルが差し出される希望を。
でも、そんなにたくさん事件が起こるのはキツいな。
コナンにはなれん。なりとうない。
とにかくボクは、自分が読みたいものを、他の誰かが楽しく読んでもらえるように書く、その修行に引き続き勤しもうと思う。