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サインー大切な人からのメッセージ#11物語の終わり
長女が学校へ行きたい、と言い出して、私たちは山の暮らしを後にした。
町で暮らすようになってから、私はカウンセリングを利用するようになった。
自分の中の、怒りや悲しみの感情を、まだ持て余していたのだ。
次女は、亡くなったあと、私を山へと導いた。あの暮らしそのものが、私への大きなメッセージだったと、今ならわかる。たくさんの贈り物を、あのお山からもらった。
けれど、あの頃は、彼女の、ありとあらゆる自然を通してのメッセージも、私に乾きを鎮め、探求を終わらせることはなかった。私はどうしても、「彼女」の声を聞きたかった。
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次女が亡くなってから、15年以上が過ぎた頃だったと思う。
私は、衣替えをしていた。
庭にある倉庫で、子供たちの冬のジャケットを出したり、仕舞ったりするたびに、私は、そこに、次女の最後に、彼女が着ていた服を見つける。
私は、これまで何年も、何年も、その小さな服を 季節の変わり目ごとに見つけては、それを広げ、そこに顔をうずめていた。
いつか、私はこの服を手放すことが できるのだろうか、
ずっとその「いつか」を思案していた。
何の現実味もなかったけれど、
それができる自分とは、どんな自分なのだろうか、
手放したとき、私はどんな気持ちになるのだろうか、
いや、そもそも、どんな気持ちで、この服を手放すのだろうか、そんなことを考えた。
きっと、すべてが癒された自分、
次女のメッセージを手に入れた自分、
次女との繋がりを取り戻した自分が、この服を手放すことを許可するのだ。
次女の服を 手放すことができる自分というのは、少なくとも今の自分ではないと思った。怒りや悲しみをもったままでは、そこには辿りつけないと、信じていた。
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なのに、どういうわけか、私はその日、倉庫の中で、何の考えもなしに、彼女の服を持ち、外にある大きなごみ箱にポイと捨ててしまった。そしてそれきりそのことを忘れてしまったのだ・・・。
翌日、朝早くにゴミを収集するトラックの音で目が覚めた。
その時に我に返った。
そうだ、次女の服がゴミ箱に!
私はベッドから飛び起きて、急いで外へ出た。
「待って!」
声にはならない声で私は叫んだ。
けれど、トラックは我が家のゴミ箱を空っぽにして、先へ行ってしまっていた。
私は茫然とした。
こんなことがどうして起こったのだろう。
ずっとずっと、大切にしていた次女の服を、私はこともあろうに、他のゴミと一緒に捨ててしまったのだ。
もし、あの服を手放す時が来るとしても、自分を納得させる、自分なりの儀式があってからのことだと、想像していた。
まさか、こんなゴミ収集車の後ろを見送ることになるなんて。
しかも私は、自分が考えていた、次女の服を捨てるための条件を満たしてはいなかった。いまだ次女を求め、悲しみを抱えたままだったのに。
これは自分がしたことじゃない。そもそも無造作にゴミ箱に次女の服を捨てて、忘れているなんて。自分のやったことが、信じられなかった・・・。
私は何かの拍子で、次女の服を握りしめていた世界から、ひょいとそれをゴミ箱へ捨ててしまえる自分のいる世界へ、ワープしたのかもしれない。それらは同時にここに存在していて、私はそのパラレルワールドを行き来していたのだろうか。でなければ自分のしたことの説明がつかなかった。
私は、混乱したまま、しばらく家の玄関先で佇んでいた。
日の出前のひんやりとした空気が、次第に私を「ここ」へ連れ戻した。今、私が存在しているこの世界へと・・・。
しばらくしてから、私は夫の眠っているベッドへ行った。
気配を感じたのか、彼が目を覚ます。
「ねえ、聞いて。
何が起こったか知ってる?
私、次女の服を捨てたんだよ。
今、トラックが持ってっちゃった。」
この世界の私は、何故だかそのことを、誇らしげに言った。
夫は、一瞬、宙へ向かって柔らかな笑顔を放ち、それから言った。
「おめでとう、だね」
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それから数週間後、
あるお天気のいい昼下がり、掃除がてら、次女の写真が入っている、小さな写真たてを布で拭いていた。
すると、くすくすと笑い声とともにどこからか、聞こえてきたのだ。
「まだそれが私だと思ってるの?」
「え?え?」
私にはまったく訳がわからなかった。
何を言っているの?
誰が言っているの・・・?
またしても、私は訳がわからなくなって、それ以上を、考えることができなくなった。
それから数日後、
私は庭で、白い大輪を咲かせる泰山木の枝が、太陽の光をきらきら通しているのを見ていた。そして、ふと次女の名前を呼んだ。
すると、またあの可笑しくてたまらない、というようなくすくす笑いが私の頭の中で響いた。
「まだその名前で、私を呼んでいるの?」
これまで様々な死に関する本や、スピリチュアルな、見えない世界の本もたくさん読んできた。けれど、こんなことはどこにも書いているのを見たことがない。ふつう、故人というのは、いつまでもその人の名前や、笑顔を思い出して欲しいものではないのか?
私はこのことを誰にも言わず、ずっと私の暮らしの脇に置いておいた。どう捉えて、自分の中のどの引き出しに仕舞えばいいかのか、戸惑っていた。
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けれど、次第に私は理解し始めた。いや、本当ははじめから分かっていたのかもしれない。
あれほどまでに、次女を求めた。
けれど、すべての息づく自然の中に、彼女は溶けてしまっていた。そして、そこから私に、メッセージを伝えてくれ続けていたのに、これは次女じゃない、と受け取らなかったのは私だ。
私の中で、彼女を彼女のまま、引き留めようとずっとしてきて、彼女を 星へと、風へと、光へと昇華させてあげることを、拒んできた。
名前も、姿も、関係のない世界に、大きな一つの生命へと、彼女は還っていってしまっていたのに。
私の、彼女への執着が、かさぶたを取るように、自然に剥がれてしまう今まで、ずっと見ていてくれていたんだ・・・。
そして、私は、彼女を本当に解放してあげることができたのだと思った。
そして、私も・・・。
もう、彼女の服を取り出して、悲しみの儀式をすることはないのだ。
怒りや悲しみを克服した自分が、いつか彼女の服を手放すことを許可すると考えていたけれど、「手放す」という行為のほうが、逆に悲しみを終わらせる許可証になった。
彼女の服を捨てて以来、私はどんなカウンセリングを受けた後よりも、心は軽く、軽くなった。
この軽さ、軽やかさのエネルギーの先に、私たちすべての生命が、ひとつになる源があるように感じた。そこに彼女のくすくす笑う姿を見るようで、私は自然に笑顔になる。
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やっと、この旅の物語が終わる。
嵐のあとに輝く、太陽の光が映る一枚の葉の雫は、
このうえなく美しいと、最後に教えてくれて・・・。
(終わり)