~とことん無礼なベルリン文化、『無敵?』数学アプローチで考察~
『ベルリンには豪胆な輩(やから)が集まり、繊細さだけでは太刀打ちできぬ。時には覚悟を決し、粗野な手段を取らねば、日々を生き抜くことは叶わぬ。』~ ゲーテ、エッカーマンとの会話より(1823年12月4日)意訳
ベルリン人の無作法さ、失礼な態度。これは『ベルリナー・シュナウツェ (Berliner Schnauze)』としてドイツ全土で有名だが、ここ近年、慣れるどころかますます不快になるばかり。幸いにも、ベルリン出身の同僚は少ない。ちなみに「シュナウツェ (Schnauze)」とは「動物の口」やベルリン方言を指し、どちらも品のなさを象徴。
「私って開けっぴろげなの、気にしないで」― これが定番フレーズ。謝罪の代わりにこればかり、だった。「ベルリン人は正直で実はいい人」だと言いたげだが、「礼儀はフェイク」だとか、「ベルリン流の直球表現を覚えよ」という押し付けにはうんざり。いや、「気にしないで」というのなら、他人の気分を害すということをわかっていた上で発言しているのだろう。…イライラする。
ケルン郊外のドイツ人同僚曰く、「ベルリンは礼儀知らずな都市。失礼な奴らばかりで、以前、ベルリンに6ヶ月程度住んだことがあるけど、すぐにケルンに撤退したよ」という。
ベルリンは英米Timeout誌でも「世界一失礼な都市」とも評価(?)されている。また、この無愛想さには深い文化背景があるらしい(記事はここ)。そのせいか、ベルリン出身者はその無礼さを誇りにしているようだった。無遠慮かつぶっきらぼうな態度は、外国人を驚かせることも多い。しかしながら、この文化(?)背景に誇りを持つ彼らは、自ら変わる気は全くないよう、だった。
ドイツ系の勤務先で、職場を見渡してみる。正直、ベルリン人とは働きたくない。でも、選別はできない。外国人の間ではベルリン人を手懐けられたら手柄という空気もあるが、そんな挑戦にはまったく興味なし。日英の文化で育ったせいか、やはり、できれば礼儀正しい人たちと働きたい。
今年、研究先の部署にも典型的なベルリン人がいた。病欠中の同僚を社内チャットで名指しし、「おい、@○○(病欠の同僚名)、お前の設計ミスを証明する!」とリンク付きで攻撃。おそるべし。職場ではなく、保育園で見かける光景のよう。こうしたことを何度か目撃した。
皆それを笑いのネタにする一方、外国人の多いテック部門ではこっそりと嫌がり異動する人もいた。で、(普通のドイツ人も含め)、何人かが静かに移動。誰も指摘しないものの、こういった無礼きわまる態度が職場の「セイフ・スペース(安全地帯)」を壊しているのは明らかだった。
ドイツは日本や英国と比べコミュニケーションが直球と言われる。こちらで生活するには自分のスタイルをドイツ流に変えるべきか、と考えたり迷ったりする日々もあったり。さらに、フツーのドイツ人から見てもベルリンの直球ぶりは新幹線級。…ベルリン市内の電車はいつも停滞している、が。
しかし、今週、ゲーム理論の動画を観て「目から鱗(うろこ)」だった。このおかげでちょっとした結論に達し、それを新年の目標にすることに決めた(以下、英語版リンク)。これでやっぱり自国のやり方(日本風)が一番だと感じた。国際コミュニケーションでは、控えめに日本風に英国風を加える程度でいいのは…。その理由を少し説明する。
この動画は、1980年、ミシガン大学の政治学教授ロバート・アクセルロッドによる囚人のジレンマに関する戦略トーナメントのまとめ。つまり、これは数学でいうゲーム理論のことで、複数の主体が関わる意思決定や行動の相互依存を数学的モデルで研究。
また、この数学理論で有名な『囚人のジレンマ』とは、2人の囚人が互いに裏切るか協力するかを選ぶ状況で、それぞれが最適な選択をすると、結果的に2人とも損をするというパラドックス。理論上は裏切る方が有利だが、協力すればより良い結果が得られる場合もある。詳細はこちら
彼は著名なゲーム理論家たちに戦略を提出するよう呼びかけ、コンピューターで実行された。トーナメントでは、プログラム同士が繰り返し対戦し、各戦略は自分と相手の前回の行動に基づいて協力か裏切りを決定した。
いくつかの戦略は以下の通り:
常に敵対的態度で裏切る:毎回裏切る戦略。ゲーム理論が推奨するもので、最も安全な戦略。裏切りに対しては利用されることはないが、協力的な相手との大きな報酬を得るチャンスを逃す。
常に協力:自分自身と対戦するときは効果的。しかし、相手が裏切る選択をすると、成果は悪化する。
ランダム:50%の確率で協力する戦略。
その結果、「しっぺ返し(tit for tat)」という戦略が圧倒的に優れた成果を上げた。この戦略は、相手が協力すれば自分も協力し、裏切れば自分も裏切るというシンプルなルール。
また、最終的には『ナイス戦略』と呼ばれる協力的なプレイヤーたちが勝利を収め、敵対的な『ナスティ戦略』を取ったプレイヤーは徐々に不利な立場に追いやられる展開に。
総結果では、15組中、協力的かつ好意的にゲームを進めた「ナイス戦略派」の8組すべてがトップの勝ち組に入り、一方で敵対的に始めた「ナスティ戦略派」は全組が最下位に沈むこととなった。この傾向は、ビデオ後半のトーナメント第2回戦(計62組)でもまったく同じ形で繰り返されるという驚き。
このビデオにも出演しているアクセルロッド教授によると『しっぺ返し戦略(tit for tat)』が統計的に勝つのは、その単純さと効果的な結果による、らしい。
相手の行動に合わせて反応することで、協力を促し、裏切りには裏切りで応じる。これにより、相手に協力のメリットを感じさせ、裏切りのリスクを減らす。
この結果からの勝ち組戦略は「ナイス」「許し」「仕返し」「明確」という4つの特徴が明らかになった。以下、まとめておく。
その1、「ナイス」は協力的で好意的な態度を示し、相手に初期の信頼感を与える。この勝ち組ナイス組は全て「協力」からゲームを始める。決して「敵対」態度でゲームを始めない。
その2、「許し」は裏切りがあっても再度協力を提案し、相手に修正の機会を与える。
その3、「仕返し」は裏切りに対してきちんと反応し、協力しないことの代償を認識させる。
その4、「明確」は戦略が予測可能で、相手がどう行動すれば良いか理解しやすくさせる。
これらのシンプルな特徴が、戦略の効果を高め、相手が攻略しにくくするため、しっぺ返しは統計的に成功を収めやすい、としめくくっている。
さらには、長期シミュレーションの結果、敵対ではじめる『ナスティ組』(以下の図で下部にぼやけて表示されたチャート)は滅び、好意的ナイス組が生き延びるという驚きの自然摂理が浮かび上がる。
さて、この数学理論にハマった理由は、職場の人間関係戦略にも当てはまると思ったから。職場には、ベルリン人のように徹底的に背景が異なる人々(汗)や、先進国・後進国、価値観や宗教さえもとことん異なる多様な人がいる。中には、昇進や昇給のためなら何でもするというタイプさえいる。
これまで人間関係やセルフヘルプ本なども読んできたが、嫌いな同僚は努力してもどうしても好きになれないというのが本音。それでも職場では避けられない。
特に職場でも攻撃的な態度を隠さないベルリン人に対しては、安全さを全く感じない。意見交換がメリットになることもあるが、つい避けがちになり、お互いに損していると感じる時も。彼らとは、友人なら問題ないが、職場で一緒に働くのはとことん避けたい。
要するに、礼儀を欠いた人たちとは職場でのゲームをプレイしたくない、それだけ。
そこで、上記の理論で、とりあえず感情保留をしつつコミュニケーションを「ゲーム化」という発想も革新的かもしれない、と感じた。
ちなみに、国際社会で好意的な『ナイス』と敵対派『ナスティ』をどう見分けるか。実際に住んで体感すればよくわかるが、権威ある学会などでも研究が進んでいるようだ(こちらが研究結果の例)。以下はハーバード(大学)ビジネス・レビュー誌からの引用チャート。横軸は「対立的か非対立的か」を示しており、縦軸は「感情を示すか示さないか」を表している。
たとえば、感情をあらわにしてストレートに斬り込むのはイスラエルがトップ。感情を抑えつつ敵対的な姿勢を取るのはドイツ。そして、感情を出さず敵対をタブー視する傾向が強いのが日本。
この研究は2015年のもので、約10年前のデータだが、イスラエルとロシアが敵対派『ナスティ』のトップ3に挙げられている点は興味深い。現在の国際情勢を見れば、その背景が鮮明に浮かび上がる。(おことわり:ドイツ在住という背景もあり、政治的に反ユダヤ的な立場や見解はいかなる理由でも一切とりません)。
さて、ここで本題に戻って、前述のゲーム戦略を自分に当てはめて再考してみる。
まず、ゲーム始めの「ナイスさ」、つまり協力的、好意的態度は日英での経験があるので問題なくこなせそうだ。しかし、その次の「許し」については、自分には大いに欠けている。これを、なんとかせねば。
例を挙げると、今年研究員になる前の部署で、直属でないが、とことん嫌なベルリン人男性上司がいた。突然、前触れもなくプロジェクトを押し付けてくるような得体の知れぬ『敵対的やから』で、ゲーム理論で言えば、どちらかというと、うさんくさい敵対戦略プレイヤーといったところ。
また、このやからの、前触れなしにランダムに攻撃する戦略は「ランダム」と呼ばれ、戦略トーナメントでは最下位だった。前に掲載した結果スクリーンで確認してほしい。
ちなみに英国では、このような行動は非常識とされる。もし、直属ではない同僚にノルマを課すのが避けられない場合、事前に丁寧な人脈の手回しをしたりしてデリケートに調整するのが普通(日本もしかり、だと思う)。しかしながら、そのベルリン人上司は、こういった「常識」に全く気を使わないどころか、威張ったらしく傲慢に振る舞う。これ、「ありえない」ほど嫌な奴、だった。
新年に再びその部署に戻ることを考えると、とことん嫌な気持ちが湧いてくる。(休暇中でも)考えただけでうんざり、げっそり。
実は、ベルリン人には礼儀も必要ないだろうと思い、新年からは敵対的態度で接しようと決めていた。だが、この「許し」の欠如はゲーム理論で言う「フリードマン」プレイヤー戦略に徹することを意味する(下)。それは結果的に、どちらかというと負け組戦略に近い。
ここで復習:勝ち組のしっぺ返し戦略(tit for tat)は、相手が敵対的な行動を取るまでは協力し、敵対行動を受けた際にのみ報復し、その後再び協力に戻るというもの。まさに、『許す』ことが必要、なのだった。
これは、いにしえの儒教に由来する諺(ことわざ)、「礼は往来を尊ぶ」に他ならない。
この戦略が、(世界)常識を欠いたベルリン人上司にどれほど効果的かは疑問だが、新年には冷静に試してみるつもりだ。その冷徹さを必要と感じるほど、この上司は大嫌いだった。
以前、イギリスでは、こんなにも不快な上司には出会ったことがなかった。それもあって、対応に戸惑う。いままで、前例があまりなかった、から。
そこで、つらつら考えると、イギリス文化の方が、ゲーム理論的に見てもずっと進んでいるように感じる。好き嫌いを抜きにしても、英米文化が世界で優位を占めている理由には、実際に統計的な根拠があるのかもしれない。言い換えれば、文化的な摂理や沙汰が、数学的『勝ち組理論』と自然に一致したのでは…。
ふり返ると、特にイギリスのジェントルマン精神やそれにまつわる文化は、たとえ内心で敵対的であっても、外面では礼儀正しく、好意的な姿勢を保ち続ける点で卓越している。この態度はこの数学のゲーム理論的にも有利に働き、大英帝国の成功に寄与したのではないかとも思う。また、英独特表現である「イングリッシュ・アンダーステートメント(自己謙遜、謙虚な表現や言い回し)」は、その文化背景だけではなく、軍事・政治戦略の一環としても研究されているよう (英語版Wikiはここ)。これは、日本文化にも通じるものもあり、親しみやすい。
こう考えると、無礼極まるベルリン流のアプローチが勝ち組戦略とは全く思えない。また、ベルリン流を取り入れるとしたら…。「ベルリン流の直球文化はどうしても苦手。しかも、世界の常識から外れているから、日本人の自分にはなじまない」と、やんわりと、かつ、はっきり伝えるつもり。
そもそも、初対面で説教や敵対的な態度から始まる文化交流とは、一体どの常識に基づくのだろうか。英米の感覚でも考えにくく、儒教の影響が強い中国や韓国でも同様。日本でこれを行えば、社会的にはほぼアウトだろう。
日英いずれの環境に戻っても通用しないどころか、人々に敬遠される結果となる。そんなことを学ぶ意義はないと率直に伝えるべき。もし「直球文化」を主張するなら、この直球も当然受け止めてほしい。
また、ベルリンの無作法文化には、ひねりもある。この「非協力的で敵対的」に響くコミュニーションが、実はベルリン特有のユーモアだともされる。「私たちのウィットは部外者には理解できない」といったフレーズもよく使われ、少し慣れれば面白さがわかるようになる、らしい…。
しかし基本的には、部外者をからかうことに焦点を当てたイン・グループ的なもの。つまり、排他的で、面白いどころか単に不愉快。テイストも、(辛口)旦那に言わせれば、プロレタリアな「とんでもオヤジギャグ」。要は、80年代のビートたけしのノリで、かつ、ハイライトである「ボケ」もなく、ひたすら辛辣な「ツッコミ」だけが続く。
一方、実はもっとウェットでダークなイギリスの皮肉は、表面上は悪く聞こえないものの、実際には軽蔑を含んでいることも多い。しかし、これが文化に馴染んでいない部外者には、あまり悪く聞こえないという大きなメリットがある。
あくまで、とことんゲーム理論的に考察してみると、このイギリスのアプローチの方が有利でかしこい。というのも、どちらも相手をからかうものの、ベルリンの攻撃的作法は、文化に慣れていない部外者に大きなダメージを与えやすく、相手から必要以上に恨みをかう羽目になる。
一方、イギリスの皮肉は、たとえ、そちらの方が辛辣だとしても、文化を知らない人から見ると敵対的な印象を与えにくい。こう考えると、この「皮肉」というのは、かなり賢い、カモフラージュ術を駆使したソーシャル・イノベーション、かもしれぬ…。
過去のベルリンでの経験、特に他国では考えられないような対応は今でもどうしても忘れられない。税務署受付での無礼な対応、旦那が入院中の病院でのひどい態度、どちらも個人的には関わらない人たち、ばかりだが…。しかし、税務署は努力して稼いだお金を納める場所、病院は命に関わる大事なところ。
それだけに、こうした些細なことが国のイメージに大きなダメージを与えることがあるのでは。ベルリンでは、アメリカ人が3年住むのが難しいと言われているのも納得。
とりあえず、新年に考えたいネタなので、ここに書いておくことにした。前述のしっぺ返し(tit for tat)戦略を取り入れて、これからは直球には直球で返す、ということにする。新年からは、周囲に流されず、自分なりの方法で対応していこうと思っている。
次にベルリンについて書くときは、ゲーム理論のデフォルトスタンスに戻って、もう少し好意的になりたい。もしそれが無理なら、もっと品のあるハイデルベルクあたりの話題にする。