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No.3 交差点

 旅の疲れを癒やす聖地、カオサンロード。眠らない、ネオンとその喧騒。私はやっとのことで、静かな部屋で一息つくことができた。窓はないが、その分、外の騒音から解放される。シャワーを浴び、清潔なベッドに身を投げた。部屋は簡素だ。しかし、私には余計なものはいらない。そして、腹が空き、パスポートと財布だけをポケットに入れ、また喧騒の世界へ。

 カオサンは、まだ活気に満ちている。屋台からは、様々な香辛料の香りが漂う。辛いもの、甘いもの、熱々のもの。食べ物の宝庫だ。酒やタバコを片手に、人々は笑い、話し、生きている。ここはただの通りではない。ここは、旅人たちの交差点だ。
 「ビールを一つ」と屋台のおばちゃんに声をかけると
笑顔も見せずに、氷の入ったバケツに手を突っ込む。
 よく冷えたビールが喉をとおり、フーッとため息をつく。この瞬間、全ての疲れが洗い流されたようだった。長いフライトとよく喋るタクシー運転手。ビールを飲みながら、ふと空を見上げる。もちろん星は見えない。カオサンロードが眩しすぎるのだ。
 明日はどこへ行こうか。地図を広げても、まだ決めかねている。でも、それもまた旅の醍醐味。今は、この瞬間を楽しむことにしよう。カオサンロードの夜は、まだまだこれからだ。

 朝、目覚めると暗い中を、ファンの音が静かなリズムを刻む。汗ばんだ体を水シャワーで洗い流し、バンコクで初めての1日が始まった。
 表に出ようと受付の前を通り過ぎると、部屋を案内してくれたタイ人が、レストランのソファで死んだように動かない。
 カオサンロードは、昨夜の賑わいは影を潜め、清々しい朝日が街を包む。溢れんばかりに出ていた屋台は、どこへ行ったのだろう。夜の残骸をタイ人がホウキで丁寧に履いていく。今日は、暑くなりそうだ。
 空腹を満たすものを探し歩くと、カラフルなフルーツで飾られたジュース屋が目に留まる。
 マンゴー&パイナップル、バナナ&オレンジ、ドラゴンフルーツ&スターフルーツと魅力的な、手書きメニューが並ぶ。無表情な店主は、白人の注文を黙々とミキサーで回している。おすすめを尋ねると、口髭の男は無愛想にメニューを一瞥しただけで何も言わない。
「じゃあ、これを」
 わかったのか、わからないのか相槌も打たず、フルーツに手を伸ばす。首にかかるエプロンのキティちゃんが対照的に笑ってくれている。
 フルーツの皮を剥き、器用に手の上でカットしてミキサーに放り込む。出来上がったジュースは、ビニール袋に直接注がれ、ストローが刺される。テーブルに置いて飲むことはできないが、その味は格別だった。クラッシュされた氷がシャリシャリと音を立て、濃厚なマンゴーと爽やかなパイナップルが口の中で溶け合う。
「美味い・・・」
目が覚めたように、カオサンロードの喧騒と昨夜の記憶も、すべてが遠くに感じられた。


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