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No.6 メコンの記憶

 メコン川の水面は、太陽の光を受けて金色に輝く。大きな川の流れは時に穏やかで、時に激しく、小さな船の上で、私の思考を濁った川の如く遠くへと連れ去っていった。
 居心地のよかったアユタヤを出て、北上した所にあるチェンマイで1泊、チェンコーン国境から船頭と2人乗りの木造船でラオス側フェイサイに。広いメコン川をこんな小さな船で国境を渡るとは思わなかった。

 水田が広がり、水牛がゆったりと草を食む姿、それらはすべてが平和の象徴のようだ。
 
 私が目指すセンコックは、深い緑に覆われているジャングルを縫うように船で進む。今はメコン川も大きな濁流を備えているが、乾季には水量が少なく、スピードボートで行けなくなる。大きなエンジンを備えたこのボートは、人が横に2人がやっとのスマートなカヌーで運転手を合わせて7人が三角座りで乗り込んだ。もちろん屋根もなく、風除けもない。大きな白人2人も小さくなり座る。
 スピードボートは、岩や流木を避けながら激流を切り裂くように進んだ。水しぶきが顔に当たるのも気にならないほど、私はその速さと風景の変化に心を奪われた。周囲は永遠に続くかと思われるジャングルが続き、時折小さな村が現れる。子供達は川辺で遊び、洗濯をする女性たちの笑顔が眩しい。彼らの生活は、シンプルで自然と共存していた。
 8時間後、轟音を撒き散らしていたエンジンがようやく止まり、静けさが辺りを支配した。私は平気だったが、白人2人は足腰が立たなくなったようで砂の川辺に座り込んで動かない。
 私はそこから、さらに乗合バスで内陸に4時間をかけルアンナムターに到着した。村は、ひっそりと暗闇に包まれ人の姿は見えない。

 まだ暗い中、ニワトリの鳴き声で目が醒める。深い息を吸い込むと空気は湿っていて、土の匂いが漂う。村はまだ静かで、人々はゆっくりと1日の始まりに動き出す。
 宿前の肉まん屋は、もう開店準備をしていた。お父さんは、もうもうとした湯気のたつ蒸し器の中に、ふわふわの肉まんを並べている。私は、昨日の疲れを忘れるような暖かい朝食を求めて、店に足を運んだ。
「おはようございます。」
ラオスではタイ語が通じる。しかし、この店の家族は、すぐ北にある中国から来たばかりで、わからなかったようだった。店の幼い娘さんが微笑みながら漢字で書かれた「肉包子」を指差す。メニューは、それだけなのだろう。頷くと、湯気立つ肉まんを持ってきてくれた。一口頬張る。皮は甘く、椎茸やニラは香ばしく、一口でその味に心が満たされた。
 私は、言葉は通じなくても、食べ物を通して心を通わすことができたと思った。
 
 夜には小さな、お祭りが開かれていた。電気はなくロウソクのぼんやりした明かりだけの縁日では、蛍が飛び交い素朴だが、慎ましやかな家族たちで賑わっている。
 そんな中、ふと目を引いたのは、ロウソクを手にした少女だった。彼女は、後片付けをしているようで、その姿はまるで精霊のようにも見えた。私は思わず声をかける。
「こんばんは、手伝いましょうか?」
 少女は驚いたように振り返り、そして優しい笑顔で頷いた。私たちは言葉を交わさずとも、ロウソクの灯りの下で助け合い、静かな夜を共に過ごした。
 作業を終えた後、少女は私に小さなロウソクを一つくれた。その暖かい光は、旅の記憶として私の心に深く刻まれることになった。
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