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クリスマスがしんどい、福井に持ち帰った1kgのパネットーネ
率直に言おう。
クリスマスがしんどい。
お正月も夏のバカンスも大型連休も苦手だ。
同じような人もいるかもしれないし、「ひねくれているな」と思う人もいるかもしれない。
クリスマスが嫌いな理由は、「自分がどこにいたらいいのか分からなくなる」からである。
改めて考えると、クリスマスも夏のバカンスも、ヨーロッパでは家族向けのイベントであるなと感じる。
日本ではクリスマスは友達や恋人と過ごし、お正月は家族と過ごすのに対し、ヨーロッパではその逆で、クリスマスは家族の大事なイベントであり、お正月はもうちょっとカジュアルに友達同士で過ごしたりする。
また日本にいると、クリスマスプレゼントの広告がオンライン上や街中に溢れ、クリスマス商戦の激しさに辟易することもある(例、クリスマスコフレなど)。
もちろんヨーロッパにもクリスマス向けの商品や広告というものはあるのだが、親族や会社のお世話になった人に渡す食品ボックス(ワインやクリスマス菓子、食肉加工品などが入っている)など、普段からの人付き合いをより円滑にするためのプレゼントもしばしば見かける(日本のお歳暮的な)。
また12月に入った途端、街には大掛かりなツリーやイルミネーションが至る所に見られ、特にミラノのようなビジネスが盛んな都市だと、各企業がスポンサーとして出す豪華なツリーがムードを盛り上げる。
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最近では日本でも1月1日は休みになるところは増えたものの、24時間365日開いているコンビニやチェーン店がある日本と違って、ヨーロッパ(イタリア)では、12月24日から26日にかけてスーパーマーケットでさえ閉まるところが多い。
つまりイタリアにいると、一人で気軽に外で過ごせる場所ですら休みになってしまうのである。
家族で集まるクリスマスに親族以外の誰かを招待するというのは、ある程度深い関係、親しい関係にならないとなかなか難しいことである。
要するに、日本以上に「これまで自分が築いてきた人間関係」というものの答え合わせが行われるというのがイタリアのクリスマスなのかもしれない(日本だとおお正月になると思うが)。
逆に「義実家で過ごすのが憂鬱」「大掛かりなクリスマスパーティーの準備が大変」という人もいる。
家族がいる人、いない人、お互いがないものねだりをしているのかもしれない。
イタリアでは、パネットーネやパンドーロといったクリスマス菓子が11月頃から店頭に並び始める。
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ドイツならばシュトーレン、フランスならばブッシュ・ド・ノエルが有名であろうか。
少しずつ日本でも知名度が上がっていると思うが、基本のパネットーネとは、カステラよりもふわふわした、でもシフォンケーキよりもしっとりし軽い生地の中にレーズンやオレンジなどが練り込まれた焼き菓子であり、1kg前後のサイズで売られている。
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またこのパネットーネは、実はスーパーで5ユーロ前後でも買うことができるお菓子でもある。
その一方で、値段はそれなりにするが菓子専門店が作るこだわりのパネットーネや、菓子専門店がファッションブランドとコラボレーションした豪華なパネットーネなど、その値段も様々である。
パネットーネの起源は諸説あるが、15世紀末、ルネサンス期にまで遡るという説もある。
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その一説を紹介しよう。
15世紀末、ミラノ公ルドヴィーコ・イル・モーロ(Ludovio Maria Sforza, il Moro: 1452-1508)のもとに、料理人の助手としてトーニ(Toni)という男が仕えていた。
ある年のクリスマスの昼餐時、料理人は、デザートを焦がしてしまった。
そこで助手のトーニは、残った材料からできるデザートをということで、砂糖漬けのフルーツと干し葡萄などを混ぜ込んだお菓子を焼いた。
この急遽作られたケーキは、トーニのパン、つまりパーネ・ディ・トーニ(Pane di Toni)、パネットーネとして有名になっていった。
参考:パネットーネの起源について
クリスマスの時期のイタリアでは、レーズンとオレンジが入った基本のパネットーネだけではなく、ピスタチオのパネットーネ、マロングラッセのパネットーネ、チョコレートのパネットーネなど、様々な種類のパネットーネが販売されている。
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このパネットーネやパンドーロは、クリスマスの時期の贈り物としても使われるために、ある家庭では、パネットーネがこの時期いくつもあるということも珍しくない。
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大きなパネットーネをいくつも抱えて歩く人を見ると、これから人に配るのかな、無事に持って帰れるといいななどと思ったりもするのである。
かくいう私もパネットーネを日本に持ち帰っていた。
「持ち帰っていた」というのは2023年までの話であるからである。
パネットーネは、通常サイズが1kgあるため、持って帰るには工夫が必要である。
厚みがあるスーツケースに詰めることができた時はそれでいいが、手荷物として持ち込むことが多かったと記憶している。
手荷物として持ち込んでしまうと、ボール紙で作られたパッケージが日本に到着する頃にはヨレヨレになってしまう。
そのためにイタリアで購入した際にパッケージを撮影してから日本に持ち帰っていた。
私がパネットーネを持ち帰っていた理由は、90代の祖父母に食べさせたかったからである。
2017年のイタリア渡航以来、2019年以降は毎年、11月から12月にかけて帰国していた。
年によっては年末年始の航空券の値上げ具合を見て、11月に帰国してクリスマス前にイタリアに戻ることもあったが、11月の時点では種類こそ少ないもののイタリアではパネットーネを売り始めていたので、パネットーネを持ち帰ることができた。
つまり2019年から2023年までの5回、パネットーネを持ち帰ったことになる。
パネットーネ以外にもチョコレートやエスプレッソ、パスタなどイタリアの食べ物を福井の祖父母に持ち帰っていたが、「なおが珍しいものを持って帰ってきた」と祖父母は喜んで食べてくれた。
昭和一桁生まれで戦争経験者の祖父母、最晩年は若干認知機能も衰えて食事の栄養バランスを自分で考えたり、食べ慣れないものを受け入れたりすることが難しくなっていたが、孫たちが持ち帰ったものに対しては抵抗なく受け入れていた。
私が持って帰るパネットーネは、菓子専門店で売られているような高価なパネットーネではなく、スーパーで購入することができる5-10ユーロの気軽なものであったが、家庭で食べるには十分であった。
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福井の実家ではパネットーネを切り分け、ちょっとレンジでチンしてほかほか、柔らかくする。
それに生クリームやヨーグルトを添えて出したりした。
パネットーネも1kgもあるので最後の方になるとパサパサになってくる場合もある。
そんな時に温めて、クリームを添えると最後までしっとり美味しく食べることができるのである。
本場のイタリアでは生クリームやザバイオーネを添えたりする。
我が家では、高齢の祖父母を残して一向に帰ってくる気配のない孫からのせめてもの罪滅ぼしとして、イタリアの色々な食べ物を持ち帰っていた。
「なおが帰ってくると、いつも変わったもんが食べられる」という祖父母の言葉に気を良くして、福井の実家でエスプレッソを淹れたりもした(帰国中は炊事も全て担当し、栄養があるものをと色々作っていた)。
ある時、役場に用事があり、祖父と訪問した時、係の方が悪気なく「お孫さん帰ってこないの寂しいでしょう。帰ってきて欲しいですよね」と言った。
その場では笑ってやり過ごしたが、帰りの車の中で祖父は「寂しいとか、寂しくないとか、うちはもはやそういう話ではないんや」と言った。
車を運転しながら私は、自分のやりたいことを突き進むために地元の家族を犠牲にしている、そんな申し訳なさを感じるとともに、すでに90代になっていた祖父にそんなことを言わせてしまい、返す言葉が見つからなかった。
2024年、祖父は95歳で亡くなった。
祖父の死後、部屋を片付けていると、祖父が施設に入居する前までつけていた家計簿が出てきた。
「お金の管理は全部おばあちゃんに任せてたでなぁ」と言いつつも、3年前に祖母が亡くなってからは、お金を数えやすように小銭入れをボール紙で作ったり、家計簿をつけていたりした祖父。
日付や購入したものが記載されているレシートも一部残されており、レシートを見ながら、祖父一人の食卓の風景が目に浮かんできた。
胸から込み上げてくるものを抑えることができず、いつの間にか涙を流しながら掃除をしていた。
そんなこんなで私にとって1 kgのパネットーネとは、家族の味であり、日本で自分を待つ家族すらいなくなった今の私にとって買うのが辛いものである。
私が次に1kgのパネットーネを購入することができるのは、私が私の自身の家族を持った時であろう。
今、私は自分で選択して一人でいるわけだが、家族がいないことによる孤独は、家族がいて煩わしく思っている人とは共有できないもの、共有する必要はないものだと思っている。
日本でも出生率や結婚する人の割合が減る中、誰しもが、祖父母がいて、両親がいて子供たちがいるという家族を持っているわけではない。
配偶者がいない人、子供がいない人、親がいない人、色々な立場の人が家族という病で苦しむことがないように、そろそろ家族という神話を壊してもいい時期なのかもしれない。
そんな捻くれ者の私でも、2024年クリスマス、パネットーネを味わう機会を得た。
それはイタリア・ミラノのカフェでは、クリスマスの時期になるとパネットーネを一切れ単位(una fetta)で販売してくれるからである。
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まずは店のパネットーネを一切れ食べてから、「今年はここのにしよう」と1kgの通常サイズのパネットーネを買う人もいる気がする。
一切れ単位のパネットーネと言っても種類や値段は様々であり、中には生クリームやザバイオーネを添えて5-6ユーロで提供するカフェもある。
私が利用したのは、ミラノのロレート駅近くにある1944年創業の老舗ヴェルガーニである。
ここではパネットーネを一切れ2.5ユーロで提供していた。
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他のカフェで一切れ5-6ユーロのパネットーネを見て「高いな」と思っていた私はここでようやくパネットーネにありつくことができた。
このカフェには1kg前後のパネットーネも種類豊富に並んでおり、カフェにいた時間、次々とパネットーネを買い求めるお客さんが訪れていた。
ヴェルガーニのパネットーネは、しっとり、真っ黄色な断面にはレーズンやオレンジがゴロゴロ入っていた。
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クリスマスにささくれだっていた私の心は、ふわふわのパネットーネによって少し癒された。
私が持ち帰るパネットーネを待つ家族を作ることができたらいいなと思う反面、「クリスマスがしんどい」といじけているだけではいけない年齢であることも確かである。
家族が欲しかったら、自分の選択と行動を見つめ直すべきだと思っている(自戒をこめて)。
ともあれ、家族がいる人も、いない人も、なるべく多く人が心穏やかにクリスマスと年末年始を過ごせることを願うばかりである。
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