1日3ページからはじまる「わたし」との出会い
年が改まり新しく始めたい/やってみたい、について。わたしなりに思いを巡らしながらニマニマしてます。
昨年の秋あたりから毎日モーニングページを書いてます(いまは書きたいときベース)。
1日3ページ。思いついたことをとにかく書いていきます。時間にしてだいたい1時間くらいですかね。基本、人には見せないスタイルで書き進めていきます。人は見られる前提でモノを書こうとするとどうしても格好つけてしまうところがあるように思うので、見せないスタイルの方が素直に正直に自分と対峙できるのでしょうね。
自分の思考や感情に同化してしまうほど、自分の立ち位置が見えにくくなるもの。自分に距離を置き客観的に眺める手段としても、心理学の講座ではモーニングページはよく勧められるワークでもあります。
始めたきっかけは、こちらの本。
『自分の中の創造性の井戸を満たす』ためにモーニングページに加えて12週間にわたって出される課題を通して、
・当たり前になり過ぎて見えなくなってしまった自分のことについて考えてみる
・こどもの頃、ただ好きという理由で没頭してたものを思い出してみる、またやってみる
・昔に描いてた夢があったかと、心ない中傷で傷ついたアーティストチャイルドを癒す
など、ここでは書ききれないくらいの(何なら1週間でもこなしきれないかもー!)なほどのミッションが具だくさんな豚汁並みに盛り込まれてます。
最終的に何かを見つける人もいるでしょうし、転職する人、アートに目覚める人、今の職業や暮らしを続けつつも表現することの楽しみにも、きちんと時間を持ちたいと思い実行する人…どんな風にこのワークが個々に何かをもたらすかも異なってくることでしょう。
それが仕事になろうがなるまいが、金銭のやりとりに発展する/しないはさておき。
人間ひとりひとりが表現者であり、神から授かった創造性というチカラを発揮して生きていけるんだよ。
そもそも、私たちが創造性の塊でもあり、その賜り物を表現していくことで今度は神様にお返しして行くんだよ。
ふーむ。西洋思想のエッセンスたっぷりだなぁと思いながらも、ステキなやりとりだと感じました。『人間は創られたものでもあり、創る側でもある』。このどちらも欠けてしまっては、一方は存在できないのです。東洋でいう陰陽の関係も彷彿としていて、真理は表現は違えど、どこの世界にも共通したものだなと感心感心。
モーニングページの話に戻りますが、そこでわたしが何気なくモーニングページでひっそりと言及していたのが「面白くありたい」という部分。
わたしの中で「表現者」というと、ちょっと小洒落たオシャレでステキな言い回しができるイメージで。noteでもよくみかける「なんかこの人、雰囲気あるよねー」的な人を思い浮かべがちでした。そして、そんな人に私はなりたいと切望していたのです。なのに、突如でてきた「面白くありたい」の文字に自分でも驚きつつ、内心ほくそ笑みました。もしかして、わたしったらこれまでの「自分の枠」を越えようとしているのかもしれないぞ、と(笑)
「面白い」といっても、笑かすようなスタイルとは少し違います。まだうまく言語化できてないかもしれないけど、
「私が私を面白がりたい」感じの面白さ
です。なので、もしかしたらわたしがめっちゃ面白がってしていることも、誰かにとっては理解できないどころかひいてしまうレベルのものもあるかもしれないとも思われます。
そして、どちらかといえば
今までの自分とは違った自分を自らのなかに見出していきたい
という決意の表れに近い感じです。今年は今まで知らなかったコト、全く興味の湧かなかった分野、知り合うことなどなかったであろう人にバッタリ出くわしてみたい願望が泉のように沸き起こっているのです。
いい意味でも悪い意味でもこだわりが強いだけに、人でもモノでも、わたしのカラーに合うかなー?何ならそっちから歩み寄って来なさいやーくらいに構えがちなわたくし。そのわたしがあえて両手を広げて未知なるものにウェルカムなポーズを示しているのです。これは新年早々、キテます。変化に満ちた年にしようという心意気に乾杯したいです(あまり飲めませんが)。
そんなわけで、noteもどんな感じの投稿になるやもわかりませぬが。いろんな表現、その時々で感じたこと、これからやっていきたいこと、いま夢中になっていることなどを綴っていきたいです。
書く、ことで心に変化の風も吹いちゃうのですね。モーニングページにご興味ある方はひとまず、こっそり自分のためだけに始めてみることをオススメします。