『敗者のゲーム』に学ぶ資産運用の「常識」
1.敗者のゲームのメッセージ
老後の不安や物価高による資産の目減り懸念などから若年層を中心に投資への関心が高まっています。政府もそうした動きを後押しするためNISAやiDeCoなどの制度を拡充しています。しかし、ひとくちに投資といっても何をすればよいのか、近年では学校でも金融教育が施されていますが、それ以前の人たちは自ら学ぶしかありません。
チャールズ・エリスの著書「敗者のゲーム」は帯に「投資の金言」とあるとおり投資の本質を明らかにした書籍です。その基本メッセージは1985年の刊行からアジア通貨危機やリーマン・ショック、コロナショックを経ても変わらず「資産配分には自ら責任を持ち、金融市場の誘惑には気を付けろ」というものです。
2.投資とは敗者のゲームである
さて、本書のタイトルでもある「敗者のゲーム」とは何か。彼はテニスを例にあげています。テニスで勝利するには相手を打ち負かそうとするのではなく、自分のミスを少なくすることが重要とされています。つまり「勝者」になろうとするのではなく「敗者」にならないようにすること、余計なことをしないことがテニスで勝つセオリーなのです。
このセオリーは投資においても同じことです。多くの投資家が同じ情報や分析をもとに投資判断を行うことから、市場全体としては平均的なリターンしか得られず、市場平均を超えるリターンを得ることは困難であるとされています。特に一般人はプロ以下の情報しか得られないのにどうやってプロに勝つことができるのでしょうか。
彼は金融市場が高度化したで情報伝達のスピードが速くなったことでプロでさえ市場平均を超えるリターンを出し続けることが困難になったと指摘しています。そもそも投資で周囲より高いリターンをあげるためには市場の歪みを突く必要があります。市場平均以上のリターンをあげにくいということは、こうした歪みが発生後すぐに是正されてしまうということであり、これは金融市場がきちんと機能している裏返しともいえます。
また市場の動向を予測することは困難であり、やっても無駄なことだと指摘しています。重要なことはベストなタイミングを見つけることではなく、適切な資産配分を行うことだと。彼は、投資家が「敗者のゲーム」に陥ることを避けるために、資産運用の基本原則である適切な資産配分、長期的な視野、費用の最小化、そして自己分析が重要だと提唱しています。
3.投資の鉄則
投資における鉄則は一般的に次のように言われています。
(1)適切な資産配分
資産を複数の種類や分野に分散させることで、1つの資産価値が下がった場合でも全体的な損失を軽減できます。資産配分を多様化することで、リスクの分散とリターンの最大化を目指すことができます。ベストなタイミングを計ることは困難ですが、ベストな商品選択は可能です。
(2)長期的な視点
資産運用は長期的なものであるため、短期的な値動きに左右されないように、長期的な視点を持ち、市場の変動に対して冷静に対応することが重要です。また一般的に時間がリスクを軽減させるとされています。従って下落しても立て直す時間がある若年層ほど株式などのハイリスク・ハイリターンな資産への配分を厚くし、逆に高齢者ほど失敗が許されないので債券などのリスクが小さい資産への配分を厚くするべきとされています。
(3)費用の最小化
投資信託やファンドなどを利用する場合、運用会社や銀行から手数料やコストが発生します。投資家は、運用会社や銀行の費用をチェックし、できるだけ少なく抑えることで、投資のリターンを最大化することができます。特に短期売買を繰り返すことは無駄に手数料や税金を支払うことになるので避けるべきです。
(4)自己分析
何を目的に投資するのかを明確にし、計画的に投資することが重要です。また自分はどこまで値動きがあるものなら許容できるのか知り、その範囲で投資を行うことです。許容以上のリスクを取ると常に下落の恐怖に襲われ、精神的に不安定になり、ちょっとした動きで動揺し、誤った判断を下すことになります。
以上が一般的な投資の鉄則です。ここに筆者の経験からもう一つの鉄則を加えます。
(5)致命傷の回避
「(4)自己分析」における自身のリスク許容度の把握とも関連しますが、投資で失敗しないために一番重要なことはこれではないかと思います。多くの投資の失敗談を聴いていると、皆下落したときに致命傷を負うほどの資金をハイリスク資産に配分していたことが分かります。特に市場が上り調子の時に全財産を株などに投資し、急落によって退場を余儀なくされた例はたくさんあります。エリスもベストなタイミングを見つけることはできないので、市場に参加し続けることが重要(そうしているとイカズチのような急騰が発生したときその利を享受できる)としています。市場から退場しないために、投資は余裕資金で行うことが必要です。
4.まとめ
「敗者のゲーム」はスリリングな投資をしたい人からすると平凡に思える投資手法を提唱しています。しかし、資産運用を始めるうえで必要なのはこのような資産運用にかかる「常識」です。「大儲けしたい」と欲をかくと常識から外れた行動を取りたいという誘惑にかられます。そして常識から外れた行動をすることで負けてしまうのです。一方で常識を堅持すれば、大金持ちにはなれなくても、資産運用によってそれなりに裕福な生活を送れるようになるでしょう。本稿では、「敗者のゲーム」を簡単に解説しましたが、その大事なメッセージをきちんと受け取るために、一読されることをお勧めします。投資する上で重要なことは、人が言うことを鵜呑みにするのではなく、きちんと原典にあたり、著者が何を根拠にそのような結論に至ったのかを理解することだからです。
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