見出し画像

Prelovedを探しに

移住しましたとプロフィールで謳っておきながら、あまり移住や田舎感の感じられない記事ばかりを書いてきた気がする。
しかし先週末、田舎暮らしならでは(?)のイベントに参加してきたので早速記していきたい。

わたしが住んでいる市のとある中学校が、昨年の3月で廃校となった。
いくら移住者が増えているからと言ってもやはりここは田舎、人口減少や少子化の波を食い止めることは難しいのだろう。
廃校になったのはわたしが移住する前のことだし、市の中でもわたしが住む地区とは少し離れていたのでこの中学校の存在すら知らなかったのだが、ある日市公式アカウントから一通のLINEが届いた。

「◯◯中学校の備品引き取りをご希望の方へ」


なんでも、廃校になった中学校の備品を市民に開放するという。
わたしは昔から古着や古本、古道具といった誰かに愛され、使い込まれたものが好きだ。
英語ではいろいろな言い方があるが、特に愛され大切にされていたものを "Preloved" というらしい。
この英単語、美しすぎやしませんか。
Pre Lovedですよ…!
野暮になりそうだから上手い直訳はわからない。
強いて言うならば「かつて愛されたもの」、だろうか。

兎にも角にも、これは新年始まって以来の一大イベントだと息巻いたわたしは、同じくPreloved好きな夫を誘い参加することにした。

当日の朝、いつもは苦手な早起きをすることに成功した我々夫婦は、普段からよくお世話になっている近所の大工のおじいちゃんから軽トラを借り、気合十分で出発した。
中学校に到着したのは、LINEに記載のあった開始時間の10分前。
しかしこの日は雨だったにも関わらず、すでに50人ほど並んでいるではないか。
この時点で焦っていたわたしは「どうしよう、どうしよう」と一人呟いていたのだが、のんびり屋の夫は「わ〜、まだ新しいねこの建物は」などと普段通りマイペースだった。

並んでいる人たちは、わたしと同じように移住者っぽい出立の人もいれば(見たらなんとなく分かってしまう)、地元民であろうおじいちゃんやおばあちゃんもいる。
みんなそれぞれに大きなカゴや袋を持参しており、気合が入っていることが伺える。

そして遂に開始時間となり、学校のドアが開いた。
お正月の初売り会場とまではいかずとも、雨の中待ち構えていた我々市民が入り口にどんどんなだれ込んでいく。

このイベントを主催している市役所の方が校内で履くためのスリッパを用意してくれていたのだが、予想を上回る参加者数だったのだろう、わたしも夫もスリッパをゲットすることは出来なかった。
幸先不安な出だしである。
仕方なく靴下で校内を回ることになった。

当たり前だがわたしも夫もこの中学校の卒業生ではないので、どこに何の教室があるか全くわからない。
とりあえず焦る気持ちは置いておくこととして、校内をぐるっと回ってみることにした。

職員室を通り過ぎると、図書室やコンピュータ室、2階に上がると美術室や音楽室、そして各学年の教室。
学校という場所自体が久々だったわたしは、なんだか校内を歩いているだけでも懐かしく楽しい気持ちになっていた。

ここで実に55年もの間、この街に暮らす中学生が3年間という時間を過ごしていたのかと思うと、置いてある物一つひとつにもたくさんの思い出が残っていそうでなんとも言えない気持ちになった。
もしかしたら、今日来ているおじいちゃんやおばあちゃんの中にはこの中学校の卒業生もいるのかもしれない。

そんなことを考えながら歩いていると、向こうから笑顔で大きな何かを持った夫がこちらへ向かってくる。
手に持っていたのはスタンドライトで、自分のピアノの練習の際に手元を照らすために持ち帰るという。
わたしも何か見つけなければ。
と言っても、これは誇張なしに、どの部屋にもほぼ何もない。
どんどんとみんながお宝を発掘していくのだ。
わたしが唯一見つけたのはなんだかレトロな温湿度計。色合いが可愛くて気に入った。
みんなお目当てのものを見つけるのが上手だなあとやけに感心したわたしは、重くなりそうだからと最後にとっておいた図書室に向かい、本の物色を始めた。

自分の学生時代のことを思い出し、もし吉本ばなな自選選集があればゲットしたいなと思っていたが、そのようなものはなかったためひと通り棚を見て回ることにした。
(高校時代に学校の図書館で吉本ばなな氏の自選選集を借りて読んだことがとても思い出深い記憶として残っているのです)

以前からきちんと読みたいと思っていた、夏目漱石の「夢十夜」があったため迷わず持ち帰ることにした。
同じ出版シリーズで、「吾輩は猫である」「こころ」「草枕」もついでに持ち帰ろう。
しかもどれもとても綺麗で状態がいい。
裏表紙をめくったところに貼り付けてある図書カードを見ると、4冊とも誰からも借りられていない。
わたしが助けてあげるからね。と心の中で呟き、持参したコストコの大きなショッピングバッグにそっとしまった。

この他にも、「指輪物語」や「鉄腕アトム」、ディズニーの英語本などをゲットすることができた。
また、誰も寄り付いていなかった辞書コーナーで非常に心躍る本に出会ったので持ち帰ることにした。
その名も「語源辞典」「動植物ことわざ辞典」といった、普段何気なく聞いたり使ったりしている言葉たちが解説されている辞典である。
昔から暇な時に国語辞典や広辞苑をただただ読むことが好きだったわたしには非常に嬉しい出会いであった。

その間に夫は椅子やキャスター付きラック、遠赤外線ヒーターなど大物を獲得しており、とても満足そうだ。

さてそろそろ帰ろうか、と話していると夫が「この本棚、持って帰れそうだよ」と言った。
図書室にあった、背の低い木製の本棚だ。
我が家では本の収納についてよく議論になるものの未だに解決策が出ていないため、これは!と思い持ち帰ることにした。
この日だけで10冊以上増えるわけだし。

結果的にわたしも夫も、大満足のPrelovedに出会うことができた。
中学校のみなさん大事に使ってくれてありがとう、これからは我が家でさらに大切に愛しながら使っていきます。

帰る前にもう一度2階にのぼり、3年生の教室に行ってみた。
窓からは綺麗に海が見える。
ここに通う学生たちは授業中、この教室からどんな気持ちで海を見ていただろう。
自分の中学生時代、窓から海は見えなかったが、授業中にいろんなことを考えながらただただ遠くの景色を見ていたことを思い出した。
勉強に部活、そして恋愛や友人関係など悩みが多い年頃だったように思う。
ちなみにわたしの中学校の横には海ではなく沼があった。
沼…

ここで青春時代を送った全ての人が、今も元気に過ごせていますように。

出会うことのない制服姿の中学生たちに思いを馳せながら、海辺の中学校を後にした。

そして校内を歩き回った我々の靴下は、真っ黒になっていたのであった。

卒業式で時間の止まった教室


いいなと思ったら応援しよう!