気管切開の基礎(3)〜今さら聞けない在宅医療の基礎知識 Vol.2〜
「気管切開の基礎(2)」では、気管内吸引について、気管カニューレより下側からの「痰」と、上側からの「唾液」や「鼻汁」に分類して説明をしましたが、後半は薬の説明だけで長くなってしまい、他の対策に触れるに至りませんでした。
今回は、唾液と鼻汁への対策方法について、もう少し詳しく述べていきたいと思います。
なお、当面は無料記事として公開しますが、一定期間が経過したら有料記事に変更するかもしれませんので、ご了承ください。
【「唾液」や「鼻汁」を減らす薬】
薬による対応としては、主に
・抗アレルギー薬
・抗コリン薬の内服薬
・抗コリン薬の塗布薬
の3つがあります。
これらについては、前回詳しく記載しましたので、そちらをご覧ください。
薬以外の方法を説明する前に、もう一度、下の図をご覧ください。
気管内吸引で唾液がたくさん出てくる方の場合、気管カニューレより上側からの唾液を誤嚥している状態が恒常的になっています。
ならば、唾液をどこかでブロックして、気管へ入らないように止めてしまえばいいわけで、その方法には以下の2つが存在します。
【カフ付き気管カニューレ】
一つめは、唾液を止めてしまうために、カフ付きの気管カニューレにすることです。
<カフ付き気管カニューレのメリット>
カフとは、気管カニューレの外側についている風船のような構造です。
これを膨らませることで、気管カニューレと気管の間にある空間を埋め、唾液が気管カニューレより下側へ落ちるのを防ぐことができます。
そして、カフの上には堰き止められた唾液が溜まりますので、それを吸引する管がついているものもあります。
この写真は、当クリニックで使用しているカフ付き気管カニューレの例です。
(紫色の部分は交換時にのみ使う部品で、使用時にはこれを抜きますので気管カニューレ内は空洞になります)
写真左側の管から注射器を用いてカフに空気を入れ、膨らませます。
右側の管は、カフより上側から吸引できるようになっているので、適宜吸引器で溜まった唾液を吸引したり、低圧持続吸引器を用いて持続的に吸引している方もいます。
このようなメリットがあるので、特別に理由のない限り、成人ではカフ付きの気管カニューレを使っていることが圧倒的に多いです。
<カフ付き気管カニューレのデメリット>
しかし、小児では成人よりカフ付きの気管カニューレを使うことが少なく、なるべくカフなしを用います。
その理由は、
■小児では、カフで気管の粘膜を圧迫することで肉芽が生じやすい
■「腕頭動脈損傷」という重大な合併症を起こすリスクが高くなる
の2点があげられます。
小児の気管は成人よりも細いため、気管内に肉芽ができると空気の通り道が狭くなってしまいます。
粘膜が異物とこすれると肉芽が生じやすくなるので、カフがあるとそのリスクが上がると考えられています。
ちなみに気管内肉芽は、カフなしの気管カニューレを使っていてもできることはあります。
例えば、吸引チューブを深く挿入して粘膜を刺激することが多いと、刺激を繰り返し受けている粘膜に肉芽を生じやすくなります。
また、筋緊張が強く反り返る姿勢の多い子どもなどでは、気管カニューレ先端が粘膜と接触し、そこに肉芽を生じることもあります。
どの気管カニューレを使っていても、肉芽ができていないかどうかを定期的にチェックすることが望ましく、当クリニックでは、小児では数ヶ月〜1年に1回程度はファイバーでチェックしてもらっています。
なお、腕頭動脈損傷については、教育や保育の現場ではかなり心配されている反面、誤解も多く存在していると感じていますので、次回詳しく説明させていただく予定です。
【気管喉頭分離術】
もう一つの唾液ブロック法は、手術によるものです。
「気管喉頭分離術」とは、下の図のように、気管の入り口で気管と食道を完全に分けてしまう手術のことです。
<気管喉頭分離術のメリット>
この手術を行うと、気管と食道が完全に構造的に分離されますので、誤嚥の心配が一切なくなることが最大のメリットです。
誤嚥の心配が全くありませんから、誤嚥が多すぎて経口摂取できなかった方でも、この手術の後には誤嚥を気にせずどんどん口から食べることができるというのも大きなメリットです。
特に、保育園や学校、あるいは福祉・介護施設などで、経口摂取を介助する方にとっては、
「誤嚥させてしまわないのだろうか」
という心配は非常に大きいことと思います。
しかし、気管喉頭分離術後であれば基本的に誤嚥の心配はありませんので、気管喉頭分離術なのか単純気管切開(気管喉頭分離をしていない気管切開)なのか、この点はぜひ確認しておいてください。
<気管喉頭分離術のデメリット>
一方、気管が鼻と口から完全に分離されるため、気管切開孔がないと呼吸ができないことがこの手術の一番のデメリットです。
言い方を変えると、気管喉頭分離術後に気管切開孔を閉じることが基本的にできないので、将来的に気管切開孔を閉じられる可能性がある子どもには、この手術を行うことは慎重にならざるを得ません。
ですから、医療側からこの手術を勧める場合、メリットがデメリットを上回ると評価していることになります。
つまり、今後の成長やリハビリの効果などを加味しても、将来的に気管切開孔を閉じられる可能性が非常に低いと考えられる状態であり、唾液誤嚥が多い状態が続くことによる呼吸への悪影響や、頻回の吸引が生活へ与える影響を解決するメリットが大きい、と評価した時に、この手術が選択肢になるのです。
なお、気管カニューレが抜けると気管切開孔が狭くなっていく方では、特に気管喉頭分離術後の場合、すぐに再挿入しなければなりません。
保育園や学校、福祉・介護などで気管カニューレが抜けた際には、救急車を呼んで病院まで運んでいる間に呼吸できなくなってしまう可能性がありますので、落ち着いて、気管カニューレを再挿入してあげてください。
この点については、腕頭動脈損傷と併せて改めて説明する予定です。
・・今回はここまでに・・。
次回は、この本文中でも触れたように、腕頭動脈損傷や、自宅以外での気管カニューレ抜去時の対応について、説明したいと思います。