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気管切開の基礎(2)〜今さら聞けない在宅医療の基礎知識 Vol.2〜

「気管切開の基礎 (1) 」も多くの方にお読みいただき、ありがとうございます。
今回からは、気管切開で配慮が必要なことについて、個別にもう少し詳しく説明していきたいと思います。

なお、当面は無料記事として公開しますが、一定期間が経過したら有料記事に変更するかもしれませんので、ご了承ください。


気管切開をした方を生活の中で診療していて、日常的な気管内吸引の負担が患者さん本人と家族の生活の質を大幅に左右することは、間違いないと感じています。
もちろん、吸引回数を全くゼロにすることはできないですし、それぞれの方の病態によってはなかなか減らすのが難しい場合も多いのですが、一般的にできることについて、以下に挙げてみたいと思います。

【気管内から何が引けるのか?】

前回に続いてもう一度、気管切開後の状態を下の図でご確認ください。

気管カニューレからの吸引されるものは当然、気管に存在する液体ですが、この液体には大きく分けて2種類があります。

一つは、気管カニューレより下側にあたる肺や細い気管から湧き上がってくる分泌物(いわゆる痰

もう一つは、気管カニューレより上側にあたる口や喉から垂れ込んでくる分泌物(いわゆる唾液や鼻汁

です。

【気管カニューレより下側からの「痰」】

気管カニューレより下側から湧き上がってくる痰は、気管切開を必要とする病状でない人でも、必ず気管内に発生するものです。
そして通常なら、これを咳やくしゃみなどで口まで上げてきて、吐き出すか、もしくは無意識のうちに飲み込んで処理しています。

しかし、気管切開をしている場合には、鼻や口より近いところにバイパスの穴が開いているので、そこから出てきます。・・というか、口まで上げられない人が痰を出せるように気管切開をしている場合が多いと言えます。

<「痰」の吸引回数を減らすには>

痰の量は、気管支拡張症などの呼吸器疾患、喫煙歴、気道内の保菌状態などによって多くなることがあります。
これを減らすには、何より原因となる状態を改善することに尽きます。
つまり、呼吸器疾患の治療をしっかり行って状態をよく保つことや、普段から痰が肺にたまってゴロゴロいいやすい方はしっかりリハビリを行って、呼吸器感染をおこしにく状態を保つことなどが大切になります。

ちなみに、
「自動車に乗せると痰があふれてきて、吸引が頻繁になって大変!」
というお話を聞くことが結構あります。
成人の方では、デイサービスの送迎車に乗っている間、子どもでは学校への送迎中などに、「普段はこんなことないのに!」というほどに吸引が必要になるケースは、珍しくありません。

このようなことがなぜ起きるかというと、普段出し切れずに肺や細い気管にたまってしまっている痰が、自動車の振動によって身体の中で動き、気管切開の近くまで上がってくるからです。
言い換えると、このような現象が起こる方は、普段から出し切れていない痰が慢性的にたまっている状態が続いているので、積極的なリハビリを必要とする状態にある、とも言えます。

ところで、
「自動車に乗せたら吸引が多くてしんどそうだから、乗せないでおこう」
という発想で、お出かけ自体を減らしてしまう方がおられたりします。

しかし、吸引回数が減った理由が分泌量の減少ならいいのですが、この場合はさらに肺や気管にたまって悪循環になることが考えられますので、お出かけを控えることはあまりお勧めできません
身体を動かしたり振動させたりする時にのみ吸引回数が激増する方については、本来はもっと普段から身体を動かしたりして、痰をためないようにコントロールしておく方が良いのですが、それも難しい場合では、自動車に乗っている間に吸引が激増していること自体が、排痰のためのリハビリの意味をなしている、と言えなくもないからです。

【気管カニューレより上側からの「唾液」や「鼻汁」】

上で述べた痰とは異なり、気管カニューレより上側からの唾液や鼻汁は、本来あまり気管内に入ってくることはないものです。
唾液は、健康な成人では1日1リットル以上分泌されていると言われていますが、このほとんどを無意識のうちに飲み込んで処理していて、通常なら気管側には入らず、食道の側に流れていきます。
鼻汁も、鼻をかんで外に出したり、あるいは無意識のうちに鼻をすすって飲み込んでいたりして、通常なら気管に入ることはありません。

しかし、気管切開を要する状態の方の多くで嚥下機能が低下しています
そのため、本来なら無意識のうちに食道側に飲み込んでいる唾液や鼻汁が間違って気管の側に垂れ込んでしまい(唾液誤嚥)、それが気管カニューレからの分泌物となり、吸引する必要が生じます

実は、経験上、
「気管内吸引の回数がめちゃくちゃ多くて大変なんです!」
と言われる方のほとんどは、誤嚥した唾液の吸引が頻繁に必要なケースが大多数です。
痰に比べて、唾液は粘り気が少なくて泡が多いなどの見た目の特徴があり、そういったものが頻繁に吸引で出てくる場合には唾液誤嚥を強く疑います。

【「唾液」や「鼻汁」を減らす薬】

唾液や鼻汁の吸引回数を減らす方法は、いくつか考えられ、一つ目の可能性は、唾液や鼻汁の分泌量を減らすことです。
分泌の総量が減れば、気管に間違って垂れ込む量も減り、結果的に吸引の回数も減らせる・・ということを期待するわけです。

実臨床の場で試すことがある薬は、以下のようなものです。

<抗アレルギー薬>

抗ヒスタミン薬抗ロイコトリエン薬など、アレルギー性鼻炎に使う薬は、鼻汁などが多い状態にアレルギー的要素が関わっている場合には一定の効果をあげる場合があります。
ただし、抗ヒスタミン薬の中には痙攣を起こしやすくするものもあるため、てんかんを合併していて抗痙攣薬を内服している方などでは、使用に関して医師とよく相談する必要があります。

<抗コリン薬の内服薬>

抗コリン薬とは、自律神経の副交感神経を抑える薬で、消化機能亢進による腹痛や、過活動膀胱による頻尿など、色々な病態に使用される薬があります。
そして、抗コリン薬の副作用に唾液分泌量の減少に伴う口渇があります
これを逆手にとって、唾液を減らす副作用を期待して抗コリン薬を使っちゃおう、というわけです。

ただし、本来の薬の目的とは異なる使用になるため、以下の点には注意が必要です。

・保険がきかない可能性がある
保険診療は一定のルールに基づいて行われているため、薬には保険で使用して良い場合と、そうでない場合があり、本来の目的以外の処方は保険の対象にならず、自費になることがあります

・本来の薬の効果や、他の副作用が現れてしまう
例えば、ブチルスコポラミン臭化物(ブスコパン)という薬は、消化機能亢進に伴う腹痛や下痢によく使われる抗コリン薬で、動き過ぎている腸を抑えることで効果を発現します。
ですから、腸の動きが正常な方の唾液を減らすためにこの薬を使用した場合には、腸が動かなさすぎて便秘になることが考えられます。
また、抗コリン薬全般に、尿閉閉塞隅角緑内障の悪化などの副作用があるため、使用の際には注意を要します。

<抗コリン薬の塗布薬>

抗コリン薬の内服薬では、効果は全身に及びますので、唾液を減らす以外に全身の副作用を心配しなければなりません。
それに比べて、抗コリン薬を唾液腺の近くの皮膚に塗り、薬の効果が唾液腺以外に現れないようにすることができれば、副作用はかなり軽減できます。

事実、「スコポラミン軟膏」という抗コリン薬の塗布薬はこれまでの研究で、唾液が多いことによる症状を緩和する可能性と、重大な副作用の頻度は低いことが知られており、いくつかの診療ガイドラインにも選択肢として記載されています。

しかし日本では、皮膚から吸収されるタイプの抗コリン薬「スコポラミン臭化水素酸塩三水和物」が薬として認められておらず、塗布薬として普通に処方することができません
そのため、あくまで医療機関が、試薬(研究に用いる薬品であり医薬品とは異なる位置づけ)としてスコポラミン臭化水素酸塩三水和物を手に入れ、研究の位置づけとして軟膏を患者さんにお渡しする、という選択肢しかありません。

当クリニックではこういった対応はまだできないため、スコポラミン軟膏の研究を行っている医療機関で対応してもらえないか相談するしかありません。
しかし、効果はかなり大きいことを実感しますので、ぜひスコポラミン軟膏が日本でも薬として処方できるようになってほしいと願っています


・・というわけで、薬の説明だけで結構長くなってしまったので、今回はここまでに・・。
次回は、薬以外の唾液と鼻汁への対策方法について、詳しく解説したいと思います。

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