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短編小説『まだ、ここにない青空』
雨は読書によく似合う。
雨音、少し暗い室内に電灯、しっとりとした雰囲気。
よく晴れた日に、晴れた空を思い出したりしないけれど、雨の日に、晴れた空を想うのは素敵だ。
すぐそばにいても、特に好きかどうかわからない人が、もうすぐ旅立つとわかって、実はすごく大切だったのがわかるように。
「ないがある、あるがない」
これは、最近、部屋がわかれたばかりの兄の口癖。
口癖というか、困ると口から出てくる、不思議なおまじない。
一つ違いの兄は、部屋がわかれたのに、なぜか私の部屋に入り浸り、私のベッドを好きな本で占領し、私が本を読んでいると邪魔してくる。
また来てたのか。と、私は思う。
来るときは、猫のように音もさせずに、やってくる。
「何か、おまじないが必要なことでも起きたの?」
「現代社会の参考書が、ない」
「あ、これ」
ベッドに見慣れない本があったので、つい、手にとってパラパラ見ていた。
「お前が犯人か!」
「ごめんごめん」
「なんなら、お前が俺に代わって、宿題してくれてもいいんだぞ」
「え、ほんとう?」
私が声を弾ませると、兄はあきれて眉を寄せる。
「宿題を代わってくれといわれて、目を輝かすやつなんて、お前以外、俺は知らない」
「いやだって、この参考書、面白いから。感想文みたいな宿題だったら、ぜひ」
「ぜひじゃない。ぜひじゃ」
兄は私から参考書をとりあげた。
私が宿題を代わりたいと言ったから、兄はもとは乗り気じゃなかった宿題がしたくなったのだろうか。
「あるがない、ないがある」
私が言うと、兄は得意げに口の端をあげて笑った。
「きくだろ、このおまじない。この俺が考えた」
「おにいちゃんが考えたものだったのか。なかなかいいね。尊敬しちゃいそう」
「尊敬してもいいぞ」
いつも我が道を突き進む兄を尊敬はしているのだが、そう言ったあと私のベッドに寝転んで漫画を読み始めたので、なんだか台無しになった。
兄は、デザイナーを志していて、来年からは専門学校なのだが、いつしか自分でお金をためて、海外留学するつもりでいるらしい。
今はまだ見えもしない時の先で、兄の壮大な夢が「在る」に変わっているといい。
兄のおまじないを、兄のために胸で繰り返す。
そして私は、雨がけぶる窓に目を向け、未来の青空を思い浮かべた。