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『精霊の残り火』序章

「この星と歌う、最後の歌を」外伝 ~後日譚~
『精霊の残り火』

序章

ひた、ひた、ひた、、、

背後には気配があって、湿った足音さえして、何かがついてきている。
こわばった体をひねり、振り返ってみても、誰もいない。
蒸暑い夏の宵。
狭い一本道。両脇はブロック塀と民家。電信柱の街灯は、ひとつだけ不規則な点滅をしている。

ほっと胸をなでおろして先を急ごうとすると、小学生くらいの背丈の何かが、背後から抱き着いてきた。
濡れた青い、小さな手が、お腹のあたりで交差している。
驚いて乱暴に振り払うと、手も、湿った気配も、すぐに消えてしまった。

気のせいだと思いたいのだが、何かが触れた部分はどこも、服が泥水で汚れていた。

汚れた姿で歩きたくはないのだが、人のいる場所に出て安心したくて、足早に大通りに出ると、なぜか臭い雨が降り注いできた。
あちこちの下水のマンホールのフタが、噴水のような汚水によって持ち上げられている。
それを避けようと曲がった車が、バランスを崩し、蛇行したままこちらに向かってくる。
「危ねっ!」
声がしたかと思うと風にさらわれ、体が宙に浮く。
すとん、と、着地する音がしたのは、車が足元を通り過ぎたあとだった。

「大丈夫か?」
大天使ミカエルの絵にも似た、驚くような綺麗な顔立ちで、青年はいたずらっぽくニカッと笑う。
一瞬のことだったので、混乱して事態を把握できていなかったのだが、風と思ったのは長身のこの青年で、宙に浮いたのは彼がジャンプしたから。
気のせいだろうか、青年が長身なのを差し引いても、ビルの三階あたりまで軽々と飛んでいた気がするのだが。
それから、彼にお姫様だっこをされていたのに気が付いて、気恥ずかしくなる。
「おっと、ごめんな。いきなり抱き上げて。今おろすから」
そっと静かに地面におろされて、つい、彼に見惚れてしまう。彼は、周囲に目をやって、険しい表情で眉根を寄せた。
「なんだこの状況は。また何か起きてるってのか?」
ひとり呟いてから、こちらに向き直り、
「あんた、気を付けて帰ってくれな。この大通りは、できたら避けたほうがよさそうだぜ。じゃあな!」
人懐こそうな笑顔を残して、手を振って去っていく。
彼がいなくなるのを見送ったあとは、生ぬるい風が吹いてきて、なぜか背筋がぞっとした。


長身の青年こと、不破 隼人は、この街のどこで異常が起きているのか、大通り沿いのビルの屋上にあがって確かめる。
よく目をこらして、この大通りの一部だけで済んでいるのを把握すると、携帯電話を取り出した。
「あ、海斗。今、俺も遭遇したぜ。廉さんと浩太さんの言ってたのと、同じやつだ」

つづき↓
第一話 https://note.com/nanohanarenge/n/n9651d66a6c63


本編「この星と歌う、最後の歌を」はこちら


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