もし整備新幹線の営業権が入札制だったら

現行の整備新幹線の制度は「整備新幹線なんてどうせ事業採算が悪いので、JRに運営してもらえるよう譲歩しなければならない」という考え方に基づいている。さらに、JRの本州3社を上場させて完全民営化するという観点からも、JRの負担を軽減する動機があった。そのため、在来線の幹線で特急列車を走らせて赤字であっても、整備新幹線はJRが赤字にならない程度の線路使用料しか課さないし、しかも並行在来線の経営分離まで認めているので、JRにとっては、在来線特急をやめて新幹線に移行した方が得になる。

しかし、在来線の幹線が経営分離されると幹線と接続していたローカル線が孤立してしまい、維持することがますます難しくなる。並行在来線の普通列車だって、特急が走るからこそ特急で固定費をまかなって普通列車は回避可能費用だけで運行することが可能だったが、経営分離されて普通列車しか走らなくなったら赤字になるのは当然である。だからこそJRは並行在来線を経営分離したがるのだが、経営分離された在来線はどうなってしまうのだろう。JRの利益のためにどうして地元自治体ばかりが整備新幹線の建設費用に加え地域公共交通の維持費用まで負担しなければならないのだろうか。

JRは本来全国ネットワークなのだから、ローカル線への内部補助があって然るべきである。基本的に鉄道事業単体で採算が取れるのは都市間高速鉄道(新幹線)と大都市近郊の通勤路線だけだが、内部補助を認めないということは、新幹線と大都市近郊の通勤路線以外の鉄道は不要であると言っているに等しい。本当にそれでよいのだろうか。それなのに現行の整備新幹線制度のもとでは内部補助が機能せず、JRのクリームスキミングを促進する制度となっている。赤字ローカル線を維持するためには原資が必要で、その原資たる内部補助を復活させる必要がある。内部補助の原資はもちろん新幹線の収益である。現に、国鉄分割民営化の趣旨に即してローカル線の維持を最もきちんと行っているのは内部補助の原資が潤沢なJR東海である。ではどうやってこれらを結びつけるか。

そこで入札制である。入札制自体は別に突拍子もない話ではなく、英国国鉄が民営化して以来、営業権は入札制であり、たまに営業企業が交代する。そもそも特定のJRに無条件に新幹線の営業権を与えるのがおかしい。競争してもらって営業権の対価を多く払ってもらいたいところである。それに、整備新幹線の建設費用の一部は地元自治体負担なのだから、金を出す者が口を出すのは当然である以上、地元の公共交通の維持に資する企業を新幹線営業会社として選びたいと思うのは当然のことである。そのようにして得た資金をローカル線の赤字補填の原資とする。

しかし、単に金銭を再分配するだけでは必ずしも効率が良いとはいえない。鉄道路線はネットワークだからである。落札事業者の決定に際しては、単に金額だけの入札ではなく、地域の公共交通への裨益を評価項目に含めるコンペ方式にすべきだろう。営業権の対価の支払いが少なくても、ローカル線への内部補助を直接行っていれば結果的にローカル線に資金が行き渡るし、同一企業で一体として運営する方が便利だからである。

本来なら整備新幹線でない東海道山陽東北上越新幹線にも入札制を適用したいところだが、あいにくだいぶ前にこれらの路線はJR各社に買い取られている。これは、各新幹線の貸付料の設定が路線ごとの収益力の違いに見合わない不公平なものだったことや、本州3社の上場を促すためであった。新幹線保有機構が所有しているままなら、営業権を入札制にすることが容易だったが、今更国が東海道新幹線を買い戻すのは現実的ではない。

一方、整備新幹線を保有しているのは鉄道建設・運輸施設整備支援機構なので、保有する路線をどの事業者に貸し付けるかを選ぶことができる。素直に考えれば地元JRが最も有利なはずだが、新幹線営業権が既得権益である場合と潜在的な競争者がいる場合とでは緊張感が異なるので、ローカル線を維持しようという熱意が異なってくるだろう。

例えば北陸新幹線の場合、もともと北陸エリアの在来線を運営しているJR西日本が最有力候補だが、地域交通への貢献という点では富山地鉄や加越能鉄道や北陸鉄道や福井鉄道といった地元私鉄・バス会社によるJVも有力候補たりうる。また、みちのりホールディングスのようにバス会社の再建に熱心な企業が入札に参加するのもよいかもしれない。内部補助によるローカル線の維持で実績のあるJR東海が入札に参加するのでもよい。関西北陸間は航空路線と競合しないので、航空会社が航空路線を補完する目的で参入するのもよいだろう(ただし羽田富山間と羽田小松間は航空路線と競合するので、北陸新幹線の金沢以東への航空会社の参入は規制すべきかもしれない)。このような主体が新幹線の運営権を得れば、地元ローカル私鉄の維持が容易になる。もしJR西日本が北陸地方のローカル線を安易に手放すようであれば、地域交通への貢献という点で新幹線運営権の入札で負ける可能性がある。負けたくなければ金額でカバーするしかなく、その金銭は地元ローカル線に分配されることになる。

北陸新幹線の旅客流動は関東方面と関西・中京方面とに分かれるので、金沢以東と金沢以西とを分けて入札にかけるのがよいだろう。金沢以東ならJR東日本が有力だろう。もともと金沢以東では関東方面への輸送需要が優勢で、運転系統上、JR東日本が運営するのが最も効率的だからである。その代わり大糸線や並行在来線への内部補助も評価項目となる。この場合も、JR西日本と同様に、「大糸線や並行在来線の面倒を見ます」という形で勝ち取るのか、あるいは金銭で解決するのかのいずれかだろうが、いずれにせよ地元ローカル線の維持費に充当されることになる。もしJR西日本がこの区間をJR東日本に取られることを良しとしないのなら、応札金額を上げるか、あるいは地元ローカル線の維持に積極的に取り組む必要が生じる。JRは民間企業という建前があるので、国の作ったルールを与件として、他の民間企業と同じ条件に競争に参加すべきだろう。

入札制にすると最終的にはお金で解決できるので、結局体力のある会社が勝つ可能性があるが、地域交通維持のために内部補助してもらうという点では、体力のある会社にやってもらう方がよい。とはいえ、東海道山陽東北上越新幹線の営業権が固定されている以上、東海道新幹線の営業権を持っているJR東海に有利な仕組みであることは否めない。

入札といっても今までろくに鉄道を運営したことのない会社に新幹線を運行できるのかという懸念は残る。鉄道の現場の業務についてはやはりJRが抜きん出ている。となると現行の上下分離方式ではなく三階建て方式が必要になるだろう。

一番下が設備層で、これは鉄道建設・運輸施設整備支援機構の保有である。真ん中が業務層で、これは地元JRが担わざるを得ない。JR同士の競争であれば勝った方がやればよいが、それでも現場で働く人の所属会社が数年で変わるのでは安心して働くことができないので、少なくとも短期で変動しない程度には固定する必要がある。一番上は営業層である。これは設備層を構成する鉄道建設・運輸施設整備支援機構に線路使用料を支払い、業務層を構成する地元JRに業務委託費を支払い、営業収益を享受し、その利益から地元公共交通への内部補助を行う主体である。この営業層のみを入札制とするのである。

これらの三層とは別に入札を管理し、得られた収益を原資に地元公共交通への補助を行う主体も必要である。あるいは、鉄道建設・運輸施設整備支援機構が入札を管理するのでもよいが、線路使用料は建設費用を回収するための原資であり、入札による収入は地元公共交通への補助の原資なので、これらは会計上分離する必要がある。同一法人で会計分離するくらいなら、法人を分けてしまう方が簡単である。

入札制の場合、落札者がいなかったらどうするかも考えておかなければならない。整備新幹線建設前であれば、営業主体がいないなら建設にゴーをかけられずに終わる。建設済で営業中の路線の入札で落札者がいない場合、まずは再度入札を実施し、それでも落札者がいないなら随意契約、随意契約さえ成立しなければその路線は営業を中止する。とはいえ、不落で再入札なら地域交通への内部補助を気にすることなく最小限の金額で落札できるだろうから、これは現行の整備新幹線スキームと実質的に同じになる。新幹線のみなら利益が出る仕組みなので、地元JRがやらない理由がない。

既にある新幹線に入札制を導入するのは政治的に難しいかもしれないが、これから建設する路線なら政治的なハードルが低い。せっかくなので四国新幹線で営業権の入札を導入してみてはどうだろうか。落札企業がいて建設にゴーをかけられるなら建設すればよいし、落札企業が無いなら建設しなければよい。区間は岡山から高松方面、松山方面、高知方面の3つに分けるのがよいだろう。もしかしたら一部は落札者が出て建設にゴーをかけられるかもしれないし、一部は落札者が出ずに建設を断念するかもしれない。入札にあたっては、建設費用試算に基づく線路使用料と、JR四国またはJR西日本に運行を委託する際の業務委託費の数字を前もって提示する必要がある。

複数のルート案の出ている東九州新幹線においても、複数のルートで入札にかけて、落札企業のあるルートで着工すればよい。ルート選定にも市場原理を導入すればよい。たとえ政治的に決定したとしても、並行在来線問題を解決できる形で営業者が現れなければ絵に書いた餅でしかない。複数ルートが同時に落札してしまい、かつそれぞれ単独では採算が取れるが、他のルートと競合する場合には採算が取れないという場合には、落札事業者は一旦辞退するだろう。その場合、再度入札にかけるが、そのときには初回入札時に最も高得点の事業者のいるルートから順に入札にかける。すると、最も高得点のルートから順に落札者が出て、それを所与として事業採算に乗らないルートには応札者が出ないので落札しない。そうすることで、最も高得点のルートが実現することになる。また、複数ルートで採算が取れるなら複数やればよい。

西九州新幹線新鳥栖武雄温泉間に応用できるだろうか。入札制は地域の公共交通にお金が流れる仕組みではあるが、それはあくまでも競争圧力がある場合に限られる。競争相手がいなければJR九州が1円で落札するだけだろう。あるいは、佐賀県が満足する営業者が現れずに不落となる可能性もある。西九州新幹線の受益者は長崎県なので、長崎県や地元公共交通機関による第三セクターが入札に参加すれば競争が発生するかもしれないが、地元公共交通機関にそんなに体力があるわけではなく、結局長崎県のお財布で佐賀県にどこまで払えるかの問題になる。

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