あなたが轢かれたの?




中学校の帰り道…

僕は坂道をノーブレーキで走り降りる自転車に思いっきり轢かれた。



僕が通っていた中学校は急な坂道の上にあった。

そのさらに高台には高校があった。

だからその高校の生徒達は、登校時はキツい坂道を自転車を押しながら登ることになるが、帰り道は一気に坂をビュービューと走り降りるってなもんだ。

電動自転車に乗ってる奴は、必死に自転車を押す生徒達を高みから眺めていたに違いない。



ある日僕はいつも通り、中学校からその坂道を歩いて帰宅していた。

この坂道を歩くときは後方に注意を払わなければいけない。

前述の通り、次々に自転車が走ってくるからだ。


ある程度ブレーキを軽く踏みながら下っていくまともな生徒もいるが、大概の人が何故かノーブレーキという爽快感の誘惑に負けている。

その日も坂のてっぺんに君臨する高校から、颯爽と自転車で走ってくる女子高生の姿があった。

おいおいまたかよ…いつものことすぎてそこまで気に留めることはなかった。

面倒だが、こちらが避けさえすればいいだけの話。


上の方から下ってくる自転車の進路を予測して、当たらないであろう最小の距離で避けてみた。

すると、その女子高生も同じタイミングで僕の避けた方向へと進路を変える。

自転車同士がお互いを避けようとして同じ方向に避ける時のあれだ。


それなら次は右へと避ける…しかし女子高生も右に避ける。


それなら左へ避ける…すると女子高生も左に避ける。



右へ…左へ…右へ…左へ……






あっ⁈これぶつかるぅ‼︎



ぶつかる‼︎



キキーー‼︎


どーーーーーーーーーん‼︎





その瞬間、僕は坂のてっぺんからノーブレーキで走ってくる自転車に思いっきり轢かれた!




その衝撃でぐらぐらにふらつく足元!



しかし、どうゆうわけか?


この瞬間、僕は謎の体幹の強さが発揮され、なんとその場に転ぶことなく倒立してみせた!



一方、女子高生はというと



僕を思いっきり轢いた衝撃で自転車から派手に転び、坂道の端っこへと身を投げ出されていた。


慌ててその場に駆け寄ると、女子高生が小さな声で呟いていた。



痛い…痛い……



轢かれたはずの僕の方が遥かにぴんぴんしており、轢いたはずの女子高生が道端に倒れ込んでいる。

この時、何故か僕の方が悪いんじゃないか?という考えに囚われた。



いやいや、今一度整理しよう。



僕はただ帰り道である坂道を歩いて帰っていただけだ。

すると坂のてっぺんの方からノーブレーキ猛スピード自転車にタックルされただけなのだ。

僕は絶対に何も悪いことはしていない!

大丈夫だ!



それなのに、傍から見たら僕が自転車を思いっきり突き飛ばしたように映っていた。


倒れている女子高生に声をかける。



「大丈夫ですか⁈」



絶対おかしい、普通この言葉は轢かれた奴がかけられる言葉のはずなのに。


何故僕は今、思いっきり轢いてきた加害者の安否を確認しているんだろう?


そんな僕の声に対して女子高生が答える。



「大丈夫…んっ…大丈夫…んっ…本当にごめん…君の方は大丈夫……?」



ダメージ的にこっちが悪いみたいやん。


倒れてる人に対して、大丈夫でした?と必死に声かけてる奴の方が加害者に見えるやん。


こんなやりとりをしている周りにも、他の下校中の生徒はいたのだが、意外にも全員スルーして帰って行った。


このような時の周りの目とは意外にも冷たいものだ。


そんな中ただ一人、声をかけてきてくれた人がいた。


それはたまたまその場を通りかかったおばちゃんだった。



明らかに事故が起きたと分かるその様子を見て、声をかけてきてくれた。



「君たち何があったの?」



その問いに対して僕が答える。


「先程下校していたら、坂のてっぺんから自転車で走ってきたお姉さんに僕が轢かれまして…」


「あなたが轢かれたの⁇」



おばちゃん驚愕。

それもそのはず。

だって轢かれたはずの僕が倒れることなく堂々と立っているのだから。

やはり傍からは僕が女子高生を容赦なく轢いたように映っていたのか。



ある程度事情を話した後、おばちゃんは僕の足のことをえらく心配してくれた。


「ちゃんと歩けるの?」

「ちょっと痛いですけど、全然歩けますね。」

「痛むの?無理したらダメよ?」

「いや、本当大丈夫なんで。」

「でもそのまま歩いて悪化したら大変でしょ?」

「ほんと大丈夫です。ありがとうございます。」

「ちょっと待って!今からタクシー呼んであげるから‼︎」

「ええ⁈」



おいおい大事なってきたぞ?

タクシー呼んでもらうほどの怪我ワシしてへんぞ?


流石にタクシーまで呼んでもらうのは申し訳ないと僕は必死に断った。


「本当、歩いて帰れますから!タクシーは大丈夫です!」

「いやいや、もう呼んだから。」


いつの間に?

この数秒間、タクシー呼ぶほどの大怪我じゃないねんけどなーと1人で考えていて気づかなかったのだろう。


もう数分後にはタクシーが来るらしい。


そして間も無くタクシーが到着。



ほんまに来たやん。



後部座席の扉が開き、おばちゃんと一緒にタクシーに乗り込む。


下校中にしては異様な光景だったのだろう。


僕たちが乗り込むその瞬間、周りの生徒達から一斉に注目を浴びることとなった。


そして何より驚いていたのが、加害者である女子高生だ。



ええ?そこまで酷い怪我だったの⁇



と言わんばかりに驚愕と不安の混じった表情を浮かべていた。



いやいや、本当に大したことないんだって‼︎



学校から家まで、タクシーで下校する。


こんな経験は後にも先にも、この一度きりしかなかっただろう。


運転手さんに伝えた行き先を辿り、程なくしてタクシーはウチの前に到着した。



わざわざ心配してくれたおばちゃんに対して、これ以上にない感謝の気持ちを込めて何度も頭を下げた。


「本当にありがとうございました!」


「いえいえ、大したことしてないわよ。家で安静にしてなさいね!」


その言葉を残して、おばちゃんを乗せたタクシーは去って行った。



カッコいいなぁ…


見ず知らずの中坊にここまでしてくれるなんてなぁ…


そういえば、名前も聞いていなかったなぁ…


今回のお礼をさせてもらいたいのに、連絡先だけでも聞いておくんだったなぁ…



そんな後悔が残ったまま、僕はぶつかられた足を押さえてウチの中へと入った。




そして翌日



朝教室に入ると、昨日件が軽くその日のトレンドになっていた。



「どうやら昨日ナンジョウが女子高生に酷い怪我を負わせたらしい。」



いや違う違う違う‼︎


被害者、被害者ーー‼︎


どうゆう経路を辿ってその噂に行き着いたんや⁇


やっぱり昨日のあの場は、僕が危害を加えたように映っていたのか。


完全にぶつかられた側なのに。


噂って怖い。



その日僕は一人一人に事情を話すこととなり、なんとか誤解を解くことができた。


中には、"ナンジョウが昨日タクシーで下校していた"という情報だけ流している奴もいた。


もはや目的が分からん。



僕の人生で起きた唯一の交通事故。


坂道ダッシュ自転車を耐えてみせる僕の謎のフィジカル力(りょく)。



あの時親切にしてくれたおばさま。


その節は本当にお世話になりました!




























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