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小川 哲著『スメラミシング』の感想

神と物語を主題に置いた短編集
基本的には短編集と長編であれば長編の方が好きなのですが、ちょっと認識を改めないとなと思うほどに良い短編集でした。紀元前から未来、文明を育てて収穫を得ようとする壮大な話から、密室で文通する少年の心の話までとにかくふり幅が広く、そのふり幅を一冊の本に持たせられるというのは、短編集ならではの美点なのではないかと思いました。以下にそれぞれの感想を書いていこうと思います。

七十人の翻訳者たち

物語にした途端、真実は雲散霧消するというのが、物語で語られているというのが面白いですね。物語は現実を恣意的に特定の形に収束させた人工物であり、どこまで行っても現実を正しく記述できないことは物語を紡ぐ人にとっては重要なんじゃないかと思ったりしました。また、物語を進化論的に分析して、原典を導き出すという発想が面白いし、それが○○しているというのも面白い。延々と読んでられるのかもしれない。やってないけど。

密林の殯

室岡には他に誇れるものがないんだからほっといてあげて欲しい気はする。八瀬童子はフィクションかと思いましたが、どうも本当のようです。ただ、主人公は色々と呪われているので変なもん担いでないで、木辺みたいに生きた方が幸せなのかもしれないななどと思いました。お客様は神様ですっていうの本当にやめた方が良いなと思う。

スメラミシング

『愚かで勤勉な私たちは、』というマンガでは、常に向上し続けることが運命づけられた社会についていけなくなった人の受け皿に陰謀論が使われていましたが、『スメラミシング』ではコロナウイルスに対する晴らせない怒りを実体のある何かに向けるために陰謀論が使われていました。昨日見かけたXのポストでは、何かに怒りをぶつけることは娯楽だと説いている人がいました。個人的には理解できないですが、そういった側面もあるんだとしたら、陰謀論は特に理由もなく楽しむために信じられているこもあるのかもしれません。まぁ、何にしろみんな便利に使い過ぎですね。陰謀論。

Xで適当なことつぶやいてたら、神として奉られてしまった人と、その適当なことを良い感じに翻訳している人が主人公の作品。既存の宗教も意外とそんなもんなんじゃないかという気がしてしまいますね。

神についての方程式

ネタバレ無で読んだ方が面白そうな気がします。インドの大学で開かれた0に関するフェスティバルのルポがメインの小説。認知は世界を変えるというのはあり得そうな気がする。

啓蒙の光が、すべての幻を祓う日まで

壮大な話でSF感を大いに感じられる。繰り返しの先に答えを収穫できる日は来るんでしょうかね。自分たちではできないといいながら、それをなぞらせようとしているのであれば、なんどやっても無理なのではという気がしますね。論理の飛躍があるからイノベーションが起るんじゃないかと思ったりします。

ちょっとした奇跡

『啓蒙の光が、すべての幻を祓う日まで』との落差が凄い、めちゃくちゃ制限された状況に生きる人達の話、よくもまぁ普通の精神状態でいられるなぁという気がします。いずれという言う意味では我々の載った宇宙船も同じような運命だとは思いますが、イレギュラーで跳躍することはあり得ますからね我々。ただ、主人公の語り口調がなんかかわいくて、この話はこの話で好き。


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