状況が悪化してくると打つ手が減ってくる。
石油開発の掘削オペレーションに携わってきて思うのは、事態が悪い方向へ進展すればするほど、私たちの取りうるオプションは減ってくるということです。
反対に事態が悪化する前、オペレーションが始まる前であれば、取りうるオプションはたくさんあるということです。
掘削時に大切なことの一つに、地層圧のマネージメントがあります。
開発油田であればある程度油層圧力の状況を予想することができるので、例えば、近所に別の生産井があって掘削するエリアの圧力が下がっていると予想されたり、反対に圧入井があって、付近の圧力が上がっていると予想されたりして、そのままでは掘削が困難であると考えられれば、あらかじめ掘削開始の少し前から、付近の生産井や圧入井を止めて、油層圧力を掘削の安全圏内に戻しておくという対応が考えられます。
また、鉄管を坑内に降ろして地層圧を遮断するためのケーシングデザインに余裕を持たせた設計にしておくこともできます。
逸泥 (掘削中の循環泥水が地層中に逃げてしまうこと) した際に逸泥を止めるマテリアルや、キック (地層流体が坑内に流れ込むこと) などが起こった際に泥水比重を上げるケミカルを、あらかじめ十分用意しておくこともできます。
掘削中でも、圧力をモニタリングするツールを付けたり、圧力変化の兆候を詳細にチェックしながら掘り進み、圧力変化の兆候が現れたら、すぐに対策を講じれば、極端な逸泥やキックは避けられます。
要するにリスク分析をして、取りうるオプションを洗い出し、その準備を十分ととのえておけば深刻な事態を迎える前に危険を回避できるわけです。
リスク分析も不十分で、準備を怠って高圧層や低圧層に掘り込めば、取りうるオプションは限られ、暴噴などの事故を起こしたり、井戸を仕上げることができずに廃坑ということもあり得ます。
これは石油開発におけるリスク分析とリスクマネージメントの大切さのほんの一例ですが、私はこの考え方はいろいろなところで適用できると思っています。
例えば、政治・外交の世界では、今この時点の世界情勢をみて、「隣国からの攻撃を受けそうだから反撃能力を持つしか無い」とか「核で脅されているから対抗して核を持つしか無い」などの議論を政権与党内から聞きますが、これはなんというか、リスク分析やリスク回避のオプションの洗い出しをさぼり、情勢がここまで悪化する前に取り得る行動や対策をとってこなかった、まるでポンコツ技術者の言い訳のように聞こえなくもないです。
特に世界をリードして、平和のイニシアチブをとる気概があるというのなら、なおさら、こんな議論を自ら言い出すとは自分たちの外交能力の無さを自ら認めているようにも聞こえます。
そして、現時点でも本気を出せば、取りうるオプションはまだまだあるのだと思います。事態がさらに悪化していくと取りうるオプションが減っていくのは石油掘削と同じです。本当に戦争を避けたいなら、本当に平和を望むなら、やれることは何があるのか、知恵を出し合って考えていきたいですね。
相手が、核抑止や防衛力増強で抑止が効くような相手と信じられるのなら、戦争準備の前に打つ手があると考えるのが順当ではないでしょうか?反対に理性が働かない相手なら、力による抑止の理論も意味がないということだと思います。