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失敗をも安心感に変えてしまうプロ

30年以上も昔のことです。もう打ち明けても大丈夫ですよね。

当時私は電車の駅からかなり離れた会社の寮に住んでいました。駅まではバスを利用していました。

バスは夜9時台が最終で、ちょっと残業したり飲んだりすると最終バスはでてしまって、元気がある時は40分近く歩いて、元気がないときはタクシーで帰っていました。

ある日、残業も飲み会もなく、久しぶりにバスに乗って帰ったときのことです。

いつもは曲がるはずの交差点をそのバスは曲がらずにまっすぐに進んでいきました。

「しまった!乗るバスを間違えたか!?」と、運転手の頭上の行き先を見ましたが、いつも乗るバスの行き先です。

「しばらく乗らない間に経路が変更になったのか?」とそわそわし始めたところで、バスはウィンカーを出して路肩に泊まり、運転手さんから一言、「道を間違えました。しばらくお待ちください。」と、まるでいつもバス停を案内するのと同じような落ち着いた口調でアナウンスがありました。

車内はちょっとざわつきましたが、みんなどうなるのだろうと運転手さんを見守ります。

運転手さんは運転席を少しだけ離れ、細いわき道を確認して、運転席に戻ると、だれの手も借りず、鮮やかな切り返しで、細いわき道にバスのお尻を入れ、あっという間に転回して、元来た道を交差点まで戻り、いつもの道に戻ったのでした。

大きなバスを見事に転回させたところで、乗客からは感嘆の声と拍手が起きました。

帰りのバスと言うこともあり、お客さんの心にも余裕があったのでしょう。でも、なによりも、運転手さんの全く動じないいつもの声でのアナウンスと、みごとな、文字通りの「切り返し」で、乗客の誰をも不安にさせなかったのがさすがだと、私も惜しみない拍手を送りました。

もちろん、失敗しないに越したことはないのですが、それでも失敗は誰にでもあるものです。取り返しのつく失敗ならば、引きずらず、プロとしてしっかりリカバーする。お客さんに不安を与えないその落ち着いた態度とテクニックに、私はバスの運転手ってすごいなと思うと同時に「頑張ってくださいね」と声をかけたくなりました。

そして他のお客さんと一緒に、非日常の体験をしたような、だれかに自慢したくなるような秘密を共有したような、そんな一体感を感じる出来事でした。

海外に行くと、わき見、無駄話、携帯電話など、「ながら」運転をたまに見かけます。いくら技術や経験があっても、乗客を不安にさせるような仕事ぶりはプロとしてはどうなのかなと思います。

わたしの出会ったバスの運転手さんは、人間味ある一面と、やっぱりプロだと思わせる見事な対応を見せてくれて、帰宅途中のわたしの疲れた心に温かさとワクワクをくれたのでした。

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