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耳も心も狂わすコオロギ

8月ももう終わり。夜になると外では秋の虫たちの声が響きます。

いや、家の中からもコオロギの声が聞こえてきます⁉

妻が家の中のどこからかコオロギの声がすると言います。はじめはどこから聞こえてくるのかわかりませんでした。家の外なのか中なのか、お風呂場なのか脱衣所なのかトイレなのか。そのうち換気扇のファンのモーターの軸が擦れてリーンリーンと高い音を出しているような機械の音にも聞こえてきます。

一度家の外に出てみて、音源が外ではないことを確認します。やはり家の中から聞こえてくるようです。

機械音なのかコオロギなのか、まだ確証がないまま、そっとトイレのドアを開けてみると、ふと音が鳴りやみ、懐中電灯で照らしたトイレの物陰から小さなコオロギが出てきました。

日中はまだ暑いけれど、秋は確実に近づいてきているのですね。

この、「コオロギの声がモーターの音に聞こえる問題」はデジャブのようなものだと思い当たりました。

私が、UAE海上の石油掘削リグの現場で働いていたころ、リグの居住施設の出入り口から外に出たところで、コオロギの鳴き声のようなリーンリーンという音が聞こえてくるのに気が付きました。

私が埼玉で幼いころから聞きなれたコオロギの声にそっくりです。しかしここは草も木も土もない掘削リグの甲板の上。しかも何か月も前から港に着くこともなくずっと洋上の掘削現場に停泊して作業を続けているのです。

「コオロギなどこんなところにいるはずもない」と思いなおしました。

しかしそれからほぼ毎回、この出入り口を通るたびにやはりコオロギそっくりの声が聞こえてきます。

5日間ほどたってどうしても気になった私は、とうとう本格的にあたりを探してみることにしました。

すると、さまざまな機械が取り付けられているリグの甲板の目立たぬところに、外から下部デッキに空気を取り入れるためなのか、小さなモーターでファンが回っているのを見つけました。コオロギのような音はそこから聞こえてきます。

どうやらコオロギの声の主はこのモーターだったようです。そう決着をつけた私は、なんだかほっとしたようながっかりしたような気持ちでした。

しかしコオロギ音はそのあともずっと聞こえてきます。あまりにもコオロギの鳴き声に似ているので、もう一度だけ、くだんのモーターを見に行きました。相変わらずそこからコオロギそっくりの音が聞こえてきます。

どういうメカニズムでこの音がでているのだろうと、今度はじっくりモーターの入った箱を覗きこんでいると、なんとこの箱の隙間からコオロギが出てきたのです。しかも羽根をすり合わせて鳴き声まで出しています。

わたしはしばらく唖然としていました。幻聴・幻覚ではないかと思い何度も目をこすりました。
「本当にコオロギだったんだ。。。」

自分の耳と心をかき乱してくれたコオロギはその後どこかへ行ってしまい、二度とコオロギの鳴き声は聞こえなくなりました。

リグの上には地上の資材基地に積まれていたパイプ類がときどき大量に運ばれてきます。きっとそんなパイプの陰に隠れていたコオロギがパイプと一緒に船に乗せられて、リグまで運ばれてきたのでしょう。

幻聴でも機械の音でもなく、コオロギでした。リグの徹夜続きの仕事で疲れ果てていた私にとって、なんとも不思議な体験でした。

洋上掘削リグでの生活の様子は下記の記事の中の動画をご覧ください。そしてこんな環境でコオロギと出会った私の驚きをぜひ受け止めてください。


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