嫌われない発信(エンスージアズムを高める)
最近note離れてたけど、周りがわたしとの距離感がわからなくて、やたらついて来たり、監視されたり指図されたりして、でもそれをそのまま書くと、またSNSに書くなとか言われるので、何を書いたらいいのかわからなくなってました。
それと今年はじめたことが多すぎで、ひとりの時間が短くなって、色々の雑務作業を短い間にばーっとしなくてはいけなくなったんだけど、体調が良くなかったり寝られなかったりして結局なんも出来なくなっていました。
そこで、みんながいる時間に仕事の入力作業を「あえて」持ってきました。
入力作業中にVtuberのおしゃべりが入ると、その声の音入力しちゃうんだからやめてくれって嫌味に言いました。。
おかげで、入力作業は予定より早く終了。
これで、note書いたり製作に時間が取れそうだ。
何だかんだで、珍しく全員がいつもより数時間早く寝てしまったので、諦めていた、Number_i INZMの解禁放送までリアタイ出来てしまった。
このテンションで、いっきにnoteの方ではなく人形制作の方が進んで、また入力作業が発生、今度は書く作業がなくなりました。。(2日後に書いてるけど)
さて、ここですごく自分の考えが変わってきたことに気づきました。
わたしはメンタルの調子を崩し、ずっと「嫌われることを平気で言う」人になっていました。その結果、SNSに嫌われる文章を投下し陰口をたたかれたり、ファンダムの作り方がわからず頭を抱えていました。
味方になってくれた人も、すぐ離れてしまったり。話を聞いてくれる人はごくわずか、でした。
嫌われる勇気ってアドラー心理学で出てきますが、仲間を失えと言っているわけではありません。自立して、親元を離れ仲間を探せと言っているのです。
自立するためには、周りに「協力者」が必要です。協力者には嫌われてはいけないです。
例えば売り上げでなく自治体などの支援金だけで運営している、は自立ではない、というのがアドラーの「嫌われる勇気」。
仲間や協力者、ファンには、嫌われない努力が必要なんです。
小さい頃から芸能事務所に入っている人たちは、そこをかなり教育されているようですね。。仲間を尊敬せず嫌っていると、チームが機能しなくなる。そういう人たちの中で切磋琢磨していれば、嫌われたら仕事が来なくなること、ファンを離さない方法など、芸事を磨くだけでは足りないことを、身に着けるようになるのか。。
わたしのような作家でも絶対必要なのに。芸事を磨いただけでは、仕事は来ない。せっかくファンになってくれた人を離さない努力、人として魅力的になることは、一般人でも必要です。SNSなどでの発信でも、必要なのは、嫌われない努力。一度離れた人は、二度とこちらを見ることはないです。
そんなこと、もう散々わかっていたのに。
常に合格点以上の結果を出すだけでなく、普段の言葉使いや所作、行動に気を使い、仲間への心遣いも忘れない。そこまでしてやっと、魅力的な人になるんだな。
つい、「結果」のみに捕らわれてしまっていた。
うちらはSNSネイティブじゃないから~、なんて言い訳したくなるけど、人間全員ネイティブじゃない。生まれてから覚えたことだ。
30年以上ネットやってるんだから、出来る筈なんだ。
ということは、普段の所作や行動で、魅力的になる努力を怠っていたってことだよね。。
ということを、この半年でまざまざと見せつけられたのでした。。
嫌われてもいいじゃん、って思っていたけど、嫌われたからメンタルやられるような扱い受けた、ともいえるわけでして。。鏡の法則じゃん。
どんなに忙しくても、ファンとの時間を作るとか、ものすごい努力をしている。言い訳もしないし、結果出しても「もっと上もっと上~」
自分がどれだけちっぽけな人間か、まぢで気づいてしまったよ。
とにかく、出来る限り、出せるものは出します。
結果を気にするより、己の所作を気にします。
見てしまった以上は、こちらもそれ以上のものを出します。ふぅ~。。
まあ、noteやってたから己の無様に気づいたってのもありますね。
文章化って、自分の正しい道への近道なのは間違いないです。
とここから次の日になるんですが、
わたしはまだまだ、そうなりたくない未来が来たりする。
例えば今日は、人とあまり絡みたくないなあ、マウントするの見たくないし、ネガティブな情報にばかりアクセスする人だしなあ。
なのに、ある出来事がありまして、わたしが出てこざるを得ないことになって、ネガティブな言葉を吐き捨ててきて。それにひとこと返信したら、激怒してしまったのです。。。マウントしてるんじゃねぇみたいなこと言われたんですが。
なので、もう言葉が通じないのでしゃべりません、って言ったら大声で怒鳴られました。それを別の人が止めようとするから、止めたら倍返しで愚痴が飛んでくる。だからイヤだって言ってるんだってば。
結局鏡なんだよねぇ。マウントしてるから、マウントに敏感になってるだけなんだよ?
神社仏閣の知識を得れば清められる、みたいに考えてる?けど、そんな言葉を荒げるってことは、清められてないじゃん。
言葉で制しようとする、ということは、自分のことが絶対で、他人が自分を讃える言葉以外出してほしくない、と他人(わたし)を変えようとしてるんだよね。でも、人は他人を変えることは出来ないんですよ。。
人の言葉って、鏡そのものだから。聞いた人によって意味が変わるものです。
誰が何を言ったって、あなたがマウントへの執着をやめない限り、他人の言葉はすべてマウントしているように聞こえてるんだよ。
わたしは鏡の外に出られました。
仕事もかなりすいすい進むようになりました。
もう数年以内に夢叶えないといけないから、迷ってる時間ないっす。
なんか今日見た動画で、「周りの人とうまくいかないけど、その人から離れられない場合に出来ること」ってありまして。
そういう時には、出来る限り、自分の正直な思いを口に出すとか、出来ないことは、はっきり断ると、少しはましになる、と聞きました。
確かに、うまくいっていない時って、言葉が役に立たないのです。何を言っても通じない。そういう時でも、「今日は都合が悪いから行かない」なら聞いてくれます。
わたしの現在の状態は、自分の願望は叶えてるけど、周りとは全然うまくいってない。以前はそれを無理矢理同じ軌道に載せようとしていましたが、やめたんです。
その理由は「人は変えられない」もあるけど、もう健康年齢もあとわずかだし、この世で願望を叶える時間に終わりが近づいてるので、自分の願望だけに集中したくなったのです。
そこでやってきた言葉が、エンスージアズムを高める、というものだったのです。すごいな。相変わらず、引き寄せてるわ。
題名にあるエンスージアズムを高めるとは、情熱、熱意を高めるって意味で、アーティストは絶対必要だし、会社や事業者、一般人だってみんな必要。
これがないと、人は行動出来ないし、これがあれば、出来ないと思われることだってできる。
ナポレオン・ヒルの「思考は現実化する」の成功哲学ですが、自然に、健康的に、無理なく楽しく成功させるために必要で、エンスージアズムをコントロールすることで、行動や言葉に夢を乗せ、成功へと進める。
つまり、成功するために必要なのは、がむしゃらに頑張ることじゃなく、パワーを自然な状態でコントロールすることでした。
そういう意味では、あの三人はとてもうまくやっているのではないか。
やれることはやる、出来ないことは無理にしない。夢は口にする。健康でいることは何よりも大事。
そうやって生きていれば、アイデアもわくし、仲間も出来るし、言葉に想いが乗る。
周りがついてこなかったり、言葉に情熱が乗ってないということは、エンスージアズムが高い状態ではない。わたしは健康をなくしてる状態なので、健康になるが最も大事で、夢に向かう軌道修正として必要なんだろう。
だから、健康ではないと言ってる場合じゃなく、健康になるための努力は目に見える形にしないとねえ。。
まあ、ナポレオン・ヒルも、軌道は常にチェックしてって言ってるし、人間は間違うものって言ってるし。間違ってれば直せばいいのです。この世にいれば、いつだって成功に向かって進めるのです。
こんなに「自然に、健康的に」が大事だ、って言ってるのは知らなかった。改めて、読みますわ。
あと、「エンスージアズムを阻むもの」(情熱を奪うもの)には気をつけろ、ともあります。これについては、思うところがあるので、また次の機会に書きます。ただし、ナポレオンヒルはすべて克服出来ると言ってますが。
カジュアルに言うと、ドリームキラーに出会ったら欠点を教えてもらえるチャンス、なんだそうだ。批判でさえ応援になるとは、このことか。