およげ!たいやきくんのように。
人生は、選択の連続だ。
24歳の時、誰もがそれはやめておいた方がいい、と考えるような選択をした時、ある人はわたしにこう言った。
「その選択が正しかったことになるように、頑張ればいい。選択に正解も間違いもないんやから。」と。
それからわたしは、その言葉を信じて、頑張ってきた。
あ、なんか違うなって気づいても、頑張り続けたらこの選択は正しかったと思えるらしいってことを、信じて走り続けた。
その結果、得られたことはたくさんあるけれど、その間の人生が、他の選択をしていた場合よりも幸せを感じられていたかどうかというと、それはよくわからない。
一度した選択に縛られて、違和感を感じたまま、その選択を正解にするために走り続ける。
引き返すほどの決定的な事象が起きたり、やってみたけど辞めざるを得ない事情ができたりすれば、軌道修正できるからまだいい。
あながち周囲からそれなりの評価を得て、うまくいっているような風が演出されていると、ひとり違和感を感じたまま、だましだまし人生の大切な時間を過ごせてしまうから手に負えなくなる。
ちょっと心が病んでしまって、自分の人生を見つめ直すために年内は休業することを周囲に伝えて、お休みに入って、これで3回目。また年内に始まる仕事の依頼が来た。
「え、あの仕事なら受けようか。」そうなっている自分が、もはや怖い。
心の声を聞いてみたけど、心の中になんか2人いる。
ほんとうのわたしと、働きマンのわたし。2人の意見が違いすぎて、困惑してる。
だんだん、ほんとうのわたしだと思っている方の声の主は、幻だったんじゃないかとさえ思えてくる。
1回目の依頼は、勤務場所が比較的わたしの自宅に近いということ以外は、これまでの職歴との相関性が全くないやつだった。どこをどうみても、興味も持てないし、意味不明。それでも一度、検討させてくださいといってボールを受け取るのだから、どうかしてるぜと思う。
この仕事をわたしに依頼してくる方も、どうかしてるぜ。
仕事内容を調べたら調べるほど、興味がなさすぎて笑っちゃうくらいちんぷんかんぷんだった。事前勉強がかなり必要そうなのもあり、今のわたしの精神では乗り切れなさそうなので何とか断った。
2回目の依頼は、職務経歴書にも堂々と記載している、3年近く携わったことのある業務の延長線上にある仕事だった。話を聞き、一緒に業務に就く予定の人が知り合いだったのもあり、二つ返事で受けてしまった。
これまで、新たな仕事を打診された時の「受ける、受けない」の判断軸が、「わたしに出来るか出来ないか」だったから、「やりたいかやりたくないか」とか、よく言われるような「わくわくするか」みたいな軸を持ち合わせていなかった。
1. ちょいちょいっと出来そうう
2. まぁ、出来そう
3. 頑張れば出来そう
4. かなり無理すればなんとかいける
5. ハイパーストレスこれ絶対むり
6. 戦力外で興味もない
このいずれかに当てはめて、4くらいまでなら受ける、5以降なら難色を示す。
と、だいたいこんな感じでやってきた。
さらにこれ以外に、特別枠っていうのもある。
特別枠. 戦力外だけど、働きマンななが興味ありに判定してきたやつ
今のわたしには出来そうにないけど、必死こいて挑戦して自分のものにする、っていう、負荷をかけながら成長することにかけるパターン。
1回目の話は6. 戦力外で興味もない、の判定で、なんとか断れた。
2回目の話は1. ちょいちょいっと出来そう、に分類されてしまい、二つ返事で引き受けてしまった。でも話終える前に、具体的な状況次第では6段階評価の後ろの方になる可能性をふと感じて、まずデータを見せてもらってそこで判断させてもらうことにした。
データは翌日には送られてきて、仕事用のPCの電源をつけて、前に座る。
すると、なんということでしょう。
心臓がバクつく。
見慣れたExcelファイルが、チカチカして、いつもはすぐに読み解ける関数が、ぐわんぐわんして、何も頭に入ってこなかった。
まじで、「オエッ」。
興味は湧くどころか、オエッオエッオエ〜。くわばたりえさんにも勝る、オエッオエッオエ〜。
やり慣れたこの仕事も、今のわたしにとっては6. 戦力外で興味もない、に変貌を遂げていた。
やば、これ受けるって言っちゃって、どうすんねん。
何考えてんねんまじで、どあほー!!
その日、変なテンションになりながらもなんとかお断りするまでの間、気分が沈み込み何もできなかった。ソファに座って、斜め下を見つめて固まっていた。
昼休みに遠い目をして公園のベンチに座っっているサラリーマンになった。
数日後、実は最近一回仕事受けちゃってん。断ったけど。って話を姉にしたら、驚愕してたよね。姉の時間使いまくってレクチャー受けまくってんのに、こっそり仕事受けてやんの。呆れるよね。
もう、なにがなんでも年内は、わたし、仕事受けない!と固く誓った。
で、今日、いま、いまさっき。
「年内は受託しないと聞いているけれど」という枕詞付きで、3回目のオファーが来た。過去にめちゃくちゃナイスな条件で超快適に仕事させてもらった、大変お世話になったクライアントからご指名をいただいたらしい。
率直に、嬉しい。そして、あの現場なら。と思うわたし。
わたしの決心って一体なんなの?
昨日まで、もう会計士登録抹消しようって思っていたのに。
仕事をしない自分に、許しを与えようと思っていたのに。
何がしたいのか。もうよくわからない。
世の中がいう、「わくわく」とかいうやつに、「わくわく」って何?ってイラっとするくらい、わくわくする仕事になんて就いてこなかったもんだから。
仕事ってのはつまらなくて当然で、つまらなくたってお金が貰えてありがたい。
通勤電車に乗らずに在宅でさせてもらえたら感謝。そのうえ一緒に働かせてもらう人がよかったら、圧倒的感謝。
ありがたや、ありがたや。
この考え方では、幸せになれないのでしょうか。
好きとか、わくわくとか、心に温かいものが満ち溢れてきて、もう思わず空を見上げて涙がこぼれてくるようなあの感覚を、知ってしまったから。
わたしの時間を高額買取してもらって、ありがたや、ありがたや。って思えなくなってしまってる。だけど働きマンなわたしの心が、「受けろ、受けろ、ありがたや、ありがたや。」と言ってくるから、わたしはまだ自分に許しを与えることができないでいる。
今まで一生懸命つくりあげてきたレールの行き先、あんまり好きじゃなさそうなんで、行き先かえていいのだろうか。
わがままじゃない?
わがままでいいねんってことなのかな。
じゃぁどこに行きたいのって、それもまだよくわかってないけど。
今の気持ちに素直に従って、急ごしらえしたイカダに乗って、帆を張り、自分の人生の旅に出てみたい。
およげ!たいやきくんのように。そう自分にエールを送ってみる。
たいやきくん、結局釣られて食べられるけど。
「その選択が正しかったと思えるように、頑張ればいい。選択に正解も間違いもないんやから。」
その言葉を、いまこそ心に刻んで、ちゃんと自分の道を選びたいなと思う。
こうして自分で選択していくことこそが、人生なのかな。
自分の人生を生きるって、なかなか難しい。