ほっけ弁当がコースディナーになることがあるから、料理の可能性は未知数なのだ
「あけるな!キケン!」
そう書いて、心の底にしまってある記憶がある。
うかつに思い出したり、お酒を飲んだ勢いで他人にペラペラと話したりしないように、心の奥の方にしまってある。
誰にだって、あると思う。ひとつやふたつ。
これは他人には話せないな。って過去。
心の奥底に、鍵をかけてしまってある過去。
その過去を、「あけるな!キケン!」の張り紙をひっぺがしてこじ開けて、noteに書いている。
正気か?わたし。
でもこうして書いてみると、それほど悲惨でもなくて。
たぶん、悲惨な部分は心の奥底にしまっている間に、モヤがかかり、鮮明に思い出すことができなくなっている。
出てきたものは、そう悪いことばかりではなくて、なんか意外だった。
不要な記憶は排除して、自分の糧となるものだけが残っているのだとしたら、人間ってのはなかなかよくできた生き物だなと思う。
わたしの暗黒期。
つくばで食べたごはんとその記憶。
1. わたしのレシピノート
わたしには1冊の、大切にしているノートがある。
実家を出る前に、母から教えてもらった料理をメモしたレシピノート。
17年前に流行った消えるボールペンで書かれたページは、一部消えかけている。
母の料理は、酒「しゃー」、みりん「じょ」、しょうゆ「しゅーっと」とかで、メモが取れないやつが多い。
だから、たくさん教えてもらった料理のうち、ここにあるのはほんの一部。
しかもなかには、「いい具合に味付けする」なんてメモもあるから致命的。
いい具合に味付けて。それができたらメモいらんねん。
レシピとしては欠陥だらけ。しかも母に教わったほとんどの料理は載っていない。
でもそれこそが、母が教えてくれた料理ともいえる。
色と、匂いと、味と、勘と、記憶でつくる料理。
そして新しいページには、わたしがつくる、「これ!」という料理のレシピ。
いろいろ試して一番いい具合に仕上がった、家族に大人気のフォカッチャ。
いつものちぎりパン。
夫が好きなチキン南蛮。
この夏わたしがはまった、なすの焼きびたし。
家族のために、わたしがつくる料理のレシピを少しずつ、書きたしている。
このレシピノートは、「家事手伝い」をしていたときにはじめたもの。
新卒で就職した監査法人を3年目で退職して、それからしばらく、職業「家事手伝い」として、両親のもとでゆったり過ごしていた期間があった。
夕方になると母と一緒に洗濯物を畳んで、買い物に行き、夕食の食材を買う。それから一緒に台所に立って、一緒に夕食をつくりながら、料理のことを教えてもらう。なんとも、わたしらしい日々だった。
母に教わりながら夕食をつくっていると、父がカウンター越しにちょいちょい覗きにくる。
そして、どこで仕入れたのかわからない料理のうんちくをたれて、去っていく。
料理しーひんくせに。そのうんちく、ほんまかいな。なんて思っていたけれど。
いま思うと、父の行動がなんだか微笑ましい。
お父さん、嬉しかったんかもなー。楽しそうに母から料理教わってんのが。
毎日がそんなふうに穏やかに流れていった。
そんなときに、なぜだったか、母が骨折した。
確か足。足の指?やったかな。
おりよく、「家事手伝い」は新米主婦代行に昇格した。母に味見をしてもらいながらではあるけれど、教わった料理をいつの間にか、ひとりで作れるようになった。
そうして、つくばに旅立った。この母の味が詰まった、レシピノートを引き連れて。
2. 愛か、お金か。
愛があるけど、お金がないか。
お金があるけど、愛がないか。
どちらか選べと言われたら、どちらにしますか。
これは究極の選択のように見えて、実はそうでもない。わたしにとっては。
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