第4話『Liar』

 お昼を告げるチャイムが今日も校内に響き渡る。 
 直前の授業が移動教室だったせいか、タイミング悪くお昼時を直撃してしまった。


 日替わり定職へと急ぐ丸坊主の集団が横切っていく。余裕があるのは購買組だ。足の早いサッカー部が限定販売を独占するのが例だ。後続車には、食堂組の第2波が待ち構えている。
 すぐ横のクラスから、薫る弁当。いい匂い。

「はあ~、やっと終った……」

「今日の生物ダルかったね…」

 普段なら問題なくチャイムの五分前に終了して、教室に帰還できるのだが今日は男子のひとりが教師の逆鱗に触れたのだ。
 ただでさえ堅苦しい教師にその男子は三回も注意をされ、挙げ句、雷を落とされたのである。

「あああああっ!! マジで磯崎ないわ! マジないわ!」

「ナイのはアンタだよ、呉井……」

 射ぬかんばかりの眼差しで問題の男子をねめつける千佳を「どうどうっ」となだめる。ぐーっと鳴るお腹を押さえる。

「ほんと、なんで男子ってバカなんだろ」

「ほんと、千佳の先輩を見習って欲しいよね」

「ばっ!? べつにまだ私のってわけじゃ――って、じゃなくて!」

 ひとり赤面している千佳を「そんなことよりお腹減ったぁー」とユキは放置する。

「わたしもぺこぺこだよ」

「さっきも菓子パン食べてたじゃん」

「運動部には、菓子パンなんてつまみにもならないよ……」

「いや、菓子パンはつまみじゃないだろ」

「ミドリもそう思うよね~」

「いや、さすがに菓子パンはつまみではないね」

「ええっ!?」

 驚愕めいている千佳に逆に困惑の眼差しを送りながら、そういえばと辺りを見回す。

「アイは?」

「さっき担任に呼ばれてたよ」

「ふーん、何だろう」

「逢い引きだったりして……アイだけに」

「千佳うるさい」

「すいません」

 千佳のボケを適格に突っ込む雪音のコンビネーションに「おお」と感心していると、もう教室だ。
 すぐさま弁当のもとへ参じる千佳を尻目にミドリはすぐに弁当を広げることはない。

「どうした?」

「あー、ごめん。今日、約束あって…」

 意味深にごもるミドリをみて、二人は察したらしく、「「あー」」となにやら面白くなさげな顔で咀嚼する。
 ひらひらと裏手をよこしながら、千佳が湯上がったタコみたいに手を振る。

「そっか-、そうだよねー」

「彼氏と昼飯、リア充め……爆死しろ」

 なにやら物騒なことを雪音が言っている気がするが、それはそれとして。

「はあ~、ミドリもついに彼氏持ちかぁ」

「佳代も頑張らないとね」

「ちょっ!? 雪音ってば~!」

「んじゃ」

「いってら~」

「ヘンなことすんじゃないぞー」

「しーまーせーっん」

 ニヒヒと返してくる千佳たちを背に足早に廊下を渡る。
 べつに急ぐ必要もないけど、なんとなく早く教室を抜け出したかった。
 けれど運とは難儀なもので、もう大丈夫と思ったときにひょっこり顔を出す。
 前方から遅れて帰ってきたアイと鉢合わせた。

「あれ、ミドリ。今日は食堂?」


 不思議そうにみつめるアイに、ミドリは危うく肩を跳ね上げるところだった。

「いやー、ちょっとね……」

 この前のこともあって、アイに対してだけは警戒を抜けきれていない。
 アイは数秒考えて、千佳たちと同じように察すると、にやりとガッツポーズをした、

「あ、そっか。――ガンバレ!」

 なにを頑張るのか、は想像に任せておいて、曖昧に返事を濁して早足で別れた。

「……っ」

 背後から吐くような声はきっと気のせいだろう。壁に反射された声がくぐもったように聞こえるだけだ。
 曲がり角で急激に進路変更をして、走った。


 下足に履き替えて、いつもの道、いつもの場所へ向かう。
 茂みを潜り階段を上れば、ガチャンっ。聞き慣れた鈍音が満天の空を曝け出した。
 旧校舎の屋上。もう何度目かのそこに、ひとり少年が座っていた。

「あっ、きた」

 フェンスを潜る風音に垂髪を揺らして、少年はこちらを振り返る。

「――買ってきてくれた?」

「もーっ、あの自販機遠すぎるんだけどっ」

 くいくいっと手のひらをひろげる少年に、紙パックをほうり投げる。

「まあ、いまどき珍しく紙パック専用だしね」

 投げられたそれをタイミングよくキャッチして、少年がストローの口を開けた。ピンク色のパッケージにちょこんと申し訳なさそうに入った『イチゴミルク』ロゴは汗を掻いて、少年の指腹になぞられる。
 小動物が両手でものを抱くように、ちゅるーと淡いピンクの唇に啜られた液体が、ストローを通って喉を潤していく。

「―――」

 その一連の流れが、なんだか視てはいけないもののような気がして、ぼっと顔が火照る。

「……なに?」

 あんまりにもまじまじと見つめていたので、少年が訝しいものを見る目で見つめ返す。

「呑みたいの?」

「――いや、エロいなぁって……」

 率直な意見を述べると、あからさまに少年が顔を歪めた。一歩距離を退いて、吐き捨てる。

「……ミドリ、キモい」

 少年の名は矢墨レン。

 私たちは、恋人になった。


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