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Vtuberの自己と他者性、そして沙花叉クロヱ卒業

はじめに

沙花叉クロヱさんの卒業発表は、VTuber業界におけるキャラクターとその背後にいる配信者との関係性、またその成長と変化を象徴する出来事として、ハイデガーの「現存在(Dasein)」と「開かれた状態(Openness)」という哲学的概念を理解する上で興味深い事例です。
沙花叉クロヱさんの「卒業」は、それまでの物語を終わらせる「引退」を意味するものではなくて、「配信活動の終了」という特殊な形態をとりました。この点に着目します。

この卒業発表を通じて、VTuberという存在がどのように時間的に進化し、視聴者との相互作用を通じて自己を形成していくかを探ります。

1. 仮想キャラクターとしての自己

VTuberの「自己」は、まず仮想キャラクターとしてのアイデンティティに基づいています。キャラクターは、特定の性格、外見、バックストーリーなどを持ち、視聴者とコミュニケーションを取る中で、物語を展開させ、成長します。この意味で、VTuberは時間をかけて自己を形成していく存在であり、視聴者との対話を通じてその性格や行動を更新していきます。例えば、VTuberが配信中に視聴者からのコメントやリクエストに反応したり、視聴者の期待に応える形で行動を変えることで、キャラクターとしての「自己」が進化していきます。この自己は、配信者の意図的な設計や演技だけでなく、視聴者の影響も受けるため、自己が「観察可能で相互作用的なもの」として成長し続けます。

2. 配信者との関係性としての自己

VTuberは「中の人(配信者)」「キャラクター」の二重性を持つため、VTuberの「自己」は、この両者の関係性の中で形成されます。この二重性により、VTuberの「自己」は物理的な実体とは異なる形態を持ちながら、現実と仮想、自己と他者が交錯する複雑な存在となります。視聴者は、VTuberが配信者の個性を反映していることを認識しつつ、キャラクター自体に対しても感情移入します。ここで「自己」の本質が二重性によって成り立っており、視聴者と配信者との相互作用がVTuberの「自己」を深め、進化させていくのです。

ただし、昨今ではこの二重性は徐々に融合されつつあります。例えば、あおぎり高校では、キャラクター性がそのまま中の人の個性として採用されています。F元校長がVtuber業界の慣習を批判的にとらえていることもその一因であると考えられます。

3. 視聴者との共同創造における自己

VTuberの「自己」は視聴者とのインタラクションによっても形成されます。視聴者からのコメントやフィードバックに反応することで、VTuberのキャラクターは進化し、視聴者はその進化を共同で体験します。このような双方向的な交流によって、視聴者はVTuberの「自己」に関与し、自己の進化に影響を与える役割を果たします。ハイデガーの「現存在(Dasein)」の概念に照らすと、VTuberは他者(視聴者)との関係性を通じて自己を理解し、成長していく存在と言えます。視聴者はVTuberに共感し、共に物語を作り上げることで、VTuberの「自己」の一部となります。この過程でVTuberのキャラクターは、視聴者との相互作用を通じて「他者性」を受け入れながら自己を形成していくのです。特に「配信」というコミュニケーション形態では、顕著に「他者性」を受け入れられやすい環境が整えられています。初配信と現在の配信とで口調やキャラクターが異なるというのも、この視聴者との共同創造によって自己が形成されている事例になるでしょう。例えば、ホロライブの儒鳥風亭らでんさんは、「にぎやかし・ネタ枠担当」「破天荒キャラ」を売りにデビューを果たしましたが、次第に「まじめな一面」が垣間見えるようになり、視聴者や他のタレントにキャラクターを創造されるという事例があります。これはまさしく視聴者との共同創造といえるでしょう。

4. VTuberの自己と「開かれた状態」

ハイデガーの「開かれた状態(Openness)」は、自己の限界を認識し、他者の視点を受け入れる柔軟性を持つことです。VTuberは、視聴者からのフィードバックや期待を受け入れ、自己の進化を続ける存在です。視聴者の期待に応えたり、予想を超える行動を示すことで、VTuberは自己を「開かれた状態」に保ちながら成長します。この「開かれた状態」によって、VTuberは自己を超えて進化し、視聴者との関係を深めていくのです。
例えば、前述したらでんさんの自己の変化は、まさしく「開かれた状態」を保っていたからこそ生じるものであります。

結論

VTuberにとって「自己」とは単に仮想的なキャラクターとしてのアイデンティティだけでなく、配信者の個性、視聴者との双方向的な関係、そして自己の成長を反映した動的な存在です。VTuberは視聴者との相互作用を通じて自己を形成し、変化し続ける存在であり、ハイデガーの「現存在」や「開かれた状態」といった哲学的概念を通じて、自己の進化を実現しています。この自己は、視聴者と共に成長し続ける存在として、VTuberが持つ魅力の源泉となっています。


VTuberと通常の人間の自己認識の違い

VTuberと通常の人間の自己認識にはいくつかの重要な違いがあります。主に、VTuberは仮想キャラクターとして存在し、その自己認識が物理的な体験と異なる形で構築されるのに対して、通常の人間は物理的な実体と感覚に基づいて自己を認識します。しかし、VTuberにとってもそのキャラクターや視聴者との関係が自己認識に大きな影響を与え、進化するため、自己の形成という点では共通する部分もあります。

1. 物理的実体の有無

通常の人間は、物理的な身体と感覚を通じて自己を認識します。自己意識やアイデンティティは、実際の身体的存在、感覚、環境との相互作用を基盤にしています。人間は、自分の身体が存在することを直接的に感じ、周囲との物理的なインタラクションを通じて自己認識を得ています。一方、VTuberは仮想キャラクターであり、物理的な実体を持たず、自己認識は主にそのキャラクターのアイデンティティと視聴者との関係に基づいて形成されます。VTuberは「中の人」としての配信者の意図を反映させつつ、仮想キャラクターとしての性格や行動を意識的に作り上げます。この「二重性」こそがVTuberの特徴であり、自己認識は物理的な存在を持たないがゆえに、視聴者とのインタラクションやキャラクター性に強く依存しています。

しかし、先ほど既述したあおぎり高校の例や、ホロライブ・デバイスの試みはこの二重性を解消しようとする試みであるといえます。そのため、二重性は弱まりつつあります。しかし、物理的実体を持たないため、自己のアイデンティティの形成を他者との関係に基づいて形成するという点では、「弱い二重性」は存在するといえるでしょう。

2. 自己の成長と進化の形態

通常の人間は、時間と経験に伴って自己認識が発展します。過去の経験と未来の可能性に基づき、自己の目標や価値観を更新しながら、自己を形成していきます。この成長過程は物理的な体験、感情、記憶を通じて現れ、自己の認識に影響を与えます。一方、VTuberは視聴者とのインタラクション、キャラクター設定の変化、あるいは配信内容によって進化していきます。VTuberの「自己認識」は、物理的な成長のようなものではなく、仮想キャラクターとしての設定や物語の進行によって進化します。例えば、視聴者の反応がVTuberのキャラクターに反映されることで、VTuberはそのキャラクターを更新し、新たな自己を築いていきます。この進化のプロセスは、視聴者との双方向的な関係性によって加速され、自己認識が常に新しいものに更新される点で、通常の人間とは異なります。

3. 自己のアイデンティティと「中の人」

VTuberの場合、自己認識は「中の人」(配信者)「仮想キャラクター」の二重の自己が交錯する形で存在します。仮想キャラクターとしての自己認識と、「中の人」としての自己認識は異なるが、それぞれが影響し合います。「中の人」の個人的な思いや意図がキャラクターに反映される一方、視聴者から見たキャラクターの印象がその「中の人」の自己認識にも影響を与えることがあります。通常の人間の自己認識は、他者の認識や評価も影響を与えますが、物理的な実体を通じて、社会的・文化的文脈でそのアイデンティティが形成されます。人間は自分の外的な存在と内面的な感覚が一致していることが多いのに対し、VTuberはキャラクターと現実の配信者という二重性の中で自己を見出している点で異なります。

4. 視覚的・仮想的自己表現

VTuberの自己認識は、視覚的な表現(アバター・衣装・動作)やキャラクター設定に大きく依存します。VTuberは、仮想キャラクターとしての見た目や性格が観客にどう映るかを意識的に構築し、そのキャラクターを通じて自分を表現します。これにより、自己認識はそのキャラクターの魅力や進化に深く結びついています。通常の人間の自己表現は、外見、言動、社会的役割、内面的な感情や価値観に基づきますが、VTuberの自己表現は仮想的に演出されたキャラクターを通じて行われるため、そのアイデンティティは視覚的、物語的、時に即興的な要素によって動的に形成されると言えます。

5. 他者との相互作用の重要性

人間は他者との対話や社会的交流を通じて自己認識を深めますが、VTuberは視聴者との双方向的なやり取りを通じて自己を認識します。視聴者の反応や期待がVTuberのキャラクターにフィードバックされることで、VTuberは自己を進化させ、新しい自己を築いていきます。このように、VTuberの自己認識は視聴者とのインタラクションを通じて形成されるため、視聴者の反応や支援がVTuberにとって自己の確立に大きく関わっています。

結論

VTuberと通常の人間の自己認識には、物理的実体の有無や成長のプロセスにおいて顕著な違いがあります。VTuberは仮想的な存在であり、視聴者との双方向的な関係やキャラクター設定に基づいて自己を認識し進化していくのに対し、通常の人間は物理的な体験と感覚を通じて自己を認識し、成長します。しかし、VTuberも視聴者との関わりやキャラクター性を通じて進化し、自己認識を形成していく点で、自己の成長と他者との関係が重要であるという共通点があります。


視聴者との相互作用による自己の認識と他者性

1. 視聴者としての他者

視聴者はVTuberにとって最も直接的で重要な「他者」の一つです。視聴者はVTuberに対してコメントや反応を通じてフィードバックを提供し、その意見や感情がVTuberのキャラクターや物語に反映されます。この相互作用によって、VTuberは視聴者との関係を深め、自己の成長や物語の進行を共に進めていくことができます。例えば、SNSでのハッシュタグやファンアートによって、視聴者はVTuberに対して自らが認識しているキャラクターの「自己」を提供します。場合によっては、ファンアートがそのまま配信のサムネイルや歌ってみたのMVに利用され、VTuberの自己がさらに進化するでしょう。
視聴者との相互作用は、VTuberが「他者」としての視点を受け入れ、自己を進化させるための契機となり、視聴者が送る反応に対して応えることで、VTuberは自己を形作る過程を経ることができます。このように、視聴者はVTuberにとって「他者」として、共感を共有しながら自己の認識を広げる重要な役割を果たします。

2. 他のVTuberとしての他者
他のVTuberもまた、VTuberの「他者」として重要な存在です。VTuberの活動は、しばしば他のVTuberとのコラボレーションや交流を通じて行われます。これらの交流は、キャラクターとしての「他者性」を拡張し、視聴者との相互作用とは異なる視点を提供します。例えば、VTuberが他のVTuberとコラボレーション配信を行うことで、互いのキャラクターや個性が交錯し、新たなダイナミックな関係が生まれます。このようなコラボレーションを通じて、VTuberは他者(他のVTuber)との関係を形成し、それが自己認識に影響を与えることがあります。また、他のVTuberと競り合ったり、協力することで、自己を超えた新たな可能性を探索することもあります。
例えば、星街すいせいさんとさくらみこさんは相互作用によってキャラクターを確立しています。星街すいせいさんの「スイコパスキャラ」は、さくらみこさんとの配信で効果を発揮することからもそれがわかります。

3. コンテンツの他者性
さらに、VTuberの存在は単独のキャラクターに留まらず、他のメディアコンテンツやイベント、ゲームの中での自己の立ち位置とも関わりがあります。これらの外部コンテンツもVTuberにとって「他者」として作用します。例えば、VTuberが出演するゲームやストーリーにおけるキャラクター、VTuberが参加するイベントなども、VTuberのキャラクターとしてのアイデンティティ形成に影響を与えます。例えば、ホロライブでは「ミコダヨー」の着ぐるみをイベント中にねり歩かせることで、さくらみこさんに対する新たなイメージを確立しました。

4. 「他者性」の重層性
VTuberにとって「他者」は一元的なものではなく、視聴者、他のVTuber、コンテンツのキャラクター、さらには仮想世界全体にわたる広がりを持っています。VTuberは、この重層的な「他者性」の中で自己を認識し、変化していきます。視聴者や他のVTuberとの相互作用を通じて、VTuberの自己は進化し、視聴者はその進化に影響を与えると同時に、VTuberは他者として自己を反映させることになります。

結論

したがって、VTuberにとっての「他者」とは、視聴者だけでなく、他のVTuberや外部のコンテンツ、さらには仮想空間内のすべての要素を含む広範なものです。これらの「他者」はVTuberの自己形成に深い影響を与え、自己を認識する過程において重要な役割を果たします。ハイデガーの「他者性」の概念は、VTuberと視聴者や他のVTuberとの複雑な相互作用を理解するための有効な枠組みとなります。

沙花叉クロヱさんを事例として

1. 自己の変化と「現存在」

ハイデガーの「現存在(Dasein)」は、自己が時間の中で進化し、過去、現在、未来を通じて自己を問い直す存在であるという概念です。この「現存在」の哲学的枠組みは、VTuberである沙花叉クロヱさんの卒業発表においても十分に適用できるものです。彼女の卒業発表は、VTuberとしてのキャラクターとその背後にいる配信者の自己がどのように時間的に進化していくか、そしてその進化が視聴者との関係にどのように影響を与えるかを示しています。

• 時間的自己の成長
沙花叉クロヱさんは、VTuberとしてのキャリアを通じて成長し、その過程で視聴者や他のタレントとの関係を築いてきました。彼女の卒業発表は、その成長の一つの終息点を意味し、視聴者との「時間的な共有」がどう変化するのかという問題を提示します。卒業は、VTuberとしてのキャラクターの物語の一区切りを示すものとなり、視聴者はその過程を共に歩んできた「過去」としての意味を再認識します。ハイデガーが述べたように、自己は過去を振り返り、未来を見据えつつ成長を続ける存在であります。クロヱさんの卒業は引退ではなく、配信活動の終了であり、その他の活動を継続するという「未来志向」の一環であり、視聴者と共に歩んできた時間が一区切りを迎える瞬間として捉えられます。彼女の卒業形態は、視聴者との間で共有された時間の進行とその中での成長を象徴する出来事であり、VTuberとしてのキャラクターが過去と未来を通してどのように意味を持つかを浮き彫りにしています。

• 「開かれた状態」としての卒業
ハイデガーの「開かれた状態(Openness)」は、自己の限界を認識し、それを超える柔軟性を指します。この哲学的概念をクロヱさんの卒業に照らして考えると、卒業発表は彼女が自己の限界を認識し、それを超えるための一歩としても見ることができます。彼女は配信活動に体力的・精神的な限界を感じていたという証言があります。となれば、配信活動の終了という卒業形態は、クロヱさんのキャラクターや配信者としての活動における新たな可能性を開き、視聴者との「開かれた」関係が新しい形を取ることを意味します。このように、卒業という出来事は、自己の成長を新たな方向へと開かれることを象徴し、その後の進化を予感させます。視聴者との関係が「閉じられた」ものではなく、「開かれた」ものとして維持されることで、クロヱさんの卒業は、自己の進化と視聴者との相互作用の中で新しい段階へと進むことを可能にします。

2. 他者性と視聴者の役割

ハイデガーによれば、自己は他者との関係を通じて自己を形成する存在です。この視点を基に、沙花叉クロヱさんの卒業発表を考えると、視聴者や他のVTuberといった「他者」との関係が、どのように彼女の自己形成に影響を与えてきたのかを再確認することができます。視聴者とのインタラクション、また卒業という重要な出来事を通じて、クロヱさんの自己は進化し、視聴者との関係もまた変化していきます。

• 視聴者との双方向的な関係
VTuberは視聴者からのコメントや反応を受けてキャラクターや物語を進化させていきます。クロヱさんの場合も、視聴者とのインタラクションが彼女のキャラクターに与えた影響は大きく、その関係が積み重なることで自己の進化が促されました。彼女の卒業発表は、このインタラクションが新たな段階に移行する瞬間であり、視聴者はクロヱさんの「他者性」、つまりキャラクターとしての存在を超えて、配信者としての人間としての存在に改めて向き合うことになります視聴者はキャラクターとしてのクロヱさんと、配信者としての本人との二重性を受け入れ、彼女の変化に共感します。視聴者は、キャラクターのストーリーやその進化だけでなく、その背後にある配信者としての個人の成長や変化にも深く関与することとなり、視聴者との絆が新たに構築されていきます。
また、「卒業」そのものが、視聴者との双方向的な関係を構築してきた証明になります。


結論

沙花叉クロヱさんの卒業発表を通じて、VTuberという存在がどのように時間的に進化し、視聴者との関係を通じて自己を形成していくかが明らかになります。ハイデガーの「現存在」と「開かれた状態」という哲学的概念は、VTuberがどのように自己を問い直し、成長していく過程を理解するための有効な枠組みを提供します。また、視聴者との関係性における「他者性」の重層性も、VTuberがどのように進化し、視聴者との深い絆を築くのかを示す重要な要素です。卒業という出来事は、VTuberの自己と視聴者との関係の変化を象徴するものとして、VTuber業界における成長と進化の一環を示しています。
 

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七尾えるも
この度はチップをありがとうございました。