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連載小説「オボステルラ」 【第三章】1話「旅は穏やかに」(1)
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第三章
「消えた少年」
1話 旅は穏やかに
その大きな体の男性は、加減することなく細身の男を殴り倒し、蹴りつける。
(だめだ、これ以上やっては、ダメだ…)
しかし、体は止まらない。体格差も力の差も歴然だ。しかし、手加減ができない。
(こいつさえいなければ…、今も…)
両目からは涙が溢れている。自分が今、どんな表情をしているのか分からない。誰か、誰か止めてくれ、でも誰も居ない。それはそうだ。自身が陥れて、誰も辿り着かないようなこの路地の奥へ、こいつを導いたのだから。
(こいつを、消してしまえれば、きっと、全て、終わる…)
その男の拳は、一層力をためて、足元の男へと向けられた…。
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「ミリア」
ゴナンがミリアに小声で合図した。ミリアは頷き、肩までの深緑の髪を揺らしながら、木の棒で草むらをバタバタと叩く。ガサガサ、ガサガサっと草むらの中から音がして……。
「……かかった……!」
ゴナンが急いで駆け出した。その先には、小さなくくり罠。ここにウサギがかかったのだ。
「とれたわ! すごい! ゴナンの言うとおりに、ウサギが動いた!」
ミリアも嬉しそうに駆け寄ってくる。ウサギを罠の方へ追い込む役を担っていた。
「これで3羽…。街から持ってきた保存食もあるし、今日はかなり豪華な晩ごはんになるな」
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罠にかかったウサギを手早く袋に入れて、ゴナンは満足そうにそう言った。相変わらず無愛想だが、楽しそうな瞳の色。ミリアもワクワクしている。
「猟って矢で射るだけではないのね。罠で捕れるなんて、すごいわ」
「これができないと、俺たちは食べ物が手に入らなかったから…」
少し照れくさそうにゴナンが答える。そして、少し遠くで見守っていたエレーネに声をかけた。
「あの、獲れた…ので、戻ります…」
「ええ、わかったわ」
ニッコリ笑うエレーネ。ゴナンはまだ、エレーネに対しては緊張モードだ。ミリアはその様子を少し不思議そうに見つつ、エレーネにたった今成し遂げた手柄を話している。エレーネはすっかり、ミリアの「お付き」感が板に付いてきた。
「ミリア、先に戻っててよ。ちょっと作業してから戻るから」
「? ええ、わかったわ」
ゴナンは手を振って2人を見送る。エレーネはゴナンの気遣いに気付いていた。袋の中でまだバタバタと暴れ回っているウサギをしめて血抜きし、さばく様子を、ミリアに見せないための配慮だろう。
「ゴナン、少し東の方に小さな水場があったわ。そこがいいのではない?」
エレーネはそう声をかけて、テントの方へと戻っていく。ゴナンは無言で頷いて、指示された方向へと駆けて行った。
ストネの街を旅立って2日目。一行は徒歩で、ツマルタの街へと向かっている。この旅で皆に共通する目的は、巨大鳥とその卵を追うこと(厳密に言えば、ナイフ以外だが)。
「龍のように大きな鳥の姿を見た者には不幸が訪れる、でもその卵を得た者は、幸せになれる」
世界各地で、ほぼ同じ言い回しで残るこの伝承の研究をするため旅をしていた学者・リカルド。そこに、貧しい村で育った少年ゴナンが合流し、そして卵で願いを叶えたい家出王女・ミリアと、そのお付き役に引っ張ってこられた女性・エレーネ、さらに護衛役としてリカルドが頼み込んでナイフ、と、なんだかんだと5人のパーティとなって、新たな旅が始まっている。
次の街へは、乗合馬車を使えば1日でつく距離ではあったが、万が一、巨大鳥が空を飛んでいた場合に見落とす恐れがある。リカルドの予想では、この地域を周回している可能性もあるのだ。
そのため、荷運び用に1頭だけ馬を借り、徒歩で向かうことにした。馬は鞍付き。もし巨大鳥を見かけたら、誰かが乗ってすぐに追いかけることもできる。ストネ・ツマルタ間は草原が広がるエリアで、穏やかな道のりであることも、徒歩旅に決めた理由の一つだった。
さて、夕方。各々テントを立てて、外で焚き火を囲んで晩ごはんだ。
「……なんなんだ、この豪華な野営食は…」
リカルドは目の前にズラリと揃った食事を前に、黒曜石のような瞳を感動で輝かせていた。
銀に近い金髪に、淡い琥珀色の瞳を持つ細身の少年・ゴナンは、いつものように無表情ながら、少しだけ得意げだ。
貧しい村で生まれ育った彼にとっては、猟や草の採集はお手の物。ゴナンがさばいてきたウサギ肉とそこらで採ってきた野草をナイフが上手く調理して、ソテーとスパイスの煮込みにしている。骨で出汁をとりスープも作った。そして、街から持ってきたパタ粉のパン。「消化にいい薬草だよ」とゴナンがそこらの草むらからパパッと見つけた薬草茶もある。
「1人、狩りができる人がいるだけで、食事の充実度が変わるわね…。私が昔、放浪していたときは、味気ない保存食ばかりかじっていたわ」
ナイフがスープを取り分けながら呟く。鋼のように鍛え上げたブロンズ色の肉体を持つナイフは、体は男性でも心は女性。女装バー『フローラ』のオーナー兼ママで、店に滞在していた一行の面倒を見ていたこともあり、自ずと一行の母のような立ち回りになっている。
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ミリアが、深緑色の髪を揺らして首を傾げた。
「昔って、どのくらい昔? ナイフちゃん、とても料理上手なのに」
「……ちょっとだけ、昔よ」
そうにっこり笑うナイフ。このあたりは、あまり深掘りしてはよくない。リカルドがクスクス笑い、ナイフが彼を睨む。
「普通、野営が続くと痩せてしまうものだけど、この調子だと太ってしまいそうだわ…」
金髪を揺らしながら食事を勢いよく食べるエレーネが、思わずそう口にした。見た目によらず、よく食べるタイプのようだ。
「この辺りが運良く、獲物がたくさん捕れるだけだよ。たぶん、もっと少ないところもあるから……」
ゴナンがウサギ肉にかぶりつきながらそう話す。エレーネが「へえ、そうなのね」とゴナンに微笑むと、「……はい……」とまた、言葉少なにうつむいた。容姿端麗で誰が見ても「美女」と形容するであろうエレーネに対して、ゴナンは未だ緊張が解けない。
そんなエレーネの隣で、やはりパクパクと美味しそうにウサギ肉の料理を食するミリア。そして、エレーネに対してまだ、先ほどのウサギを獲ったときの感動を伝えている。野ウサギ追いをする王女さまなんて、規格外にも程があるわね、とナイフは微笑みながら見守っていた。が、ふと疑問に思う。
「ねえ、ミリア。あなた、王城から一歩も出たことがなかった王女様なのよね? こんな風に屋外で、その場で獲った食べ物を食べたり、外で寝たり、その…、水浴びや用を足すのも外だったりするのは、大丈夫だったの?」
この国で最も高貴な身分であるはずのこの少女、野営にも躊躇うことなく、むしろ楽しみながら参加している雰囲気だ。そして今でこそ仲間たちがいるが、城を飛び出してすぐは、巨大鳥の背に乗ってたった一人、野営の装備も持たず野宿していたというのだ。しかも3ヵ月も。
ミリアはナイフの問いに、目を輝かせながら頷く。
「ええ。城を出るときに備えて、お城の図書室で予習をしていたもの」
「…予習……?」
「街の風俗のお勉強をするふりをして、サリーと一緒に、街でどう暮らすかとか、旅の仕方とか、もし宿も何もないところで寝ないといけなくなったらとか、木の実や草なんかで何を食べられるかとか、そういうことをシミュレーションしていたの」
「シミュレーション…」
「それに、自分で自分のお顔を洗って髪をすく方法とか、自分一人で服を着替える方法とか、お化粧とか、サリーと一緒に遊んでいる振りをしながら練習したのよ」
「…え、そこからなのね……」
サリーとは、今、王城に残っているという、ミリアの『本物の影武者』の名だ。彼女には、自分が家出したい旨を伝えていたというし、随分と仲が良いようだ。
「でも、やっぱり実際に外に出てみると、想像とも全く違うわね。最初は、お湯を浴びられる場所がないことに戸惑ったもの。食べられる野草も探そうとしたけど、本に描かれている絵と実際の草は全然違って、わからなかったわ。だから、ゴナンがぱっぱと草を見つけ出すのを見て、わたくし、感動してしまって」
そう、背筋をスッと伸ばして振り返り話すミリア。並の貴族の令嬢ではそれだけでもめげてしまいそうだが、特に堪えている様子はない。この国の王女様は、なかなかの胆力の持ち主のようだ。
「王女様にしておくには、もったいないわね」
「まあ、ナイフちゃん。わたくしは、サリーに王女になってもらえるよう旅をしているのよ」
ナイフの呟きにミリアは姿勢正しく答えた。隣でエレーネが思わず吹き出す。
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