連載小説「オボステルラ」 【第二章】35話「鳥か、卵か」(1)
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鳥か、卵か
「ミリア!」
「わたくしは大丈夫、ゴナン……」
真っ青になりながらも、ミリアは気丈にそう答えた。にじり寄ろうとするゴナンを、ヒマワリは冷たい表情で一瞥する。
「ゴナン、首の傷、ちゃんと手で押さえておいたほうがいいよ。血がまだ止まってない」
「え?」
ふと自身の服を見ると血が滴っている。慌てて首に巻かれた布の上から自身の傷口を押さえるゴナン。
「あ、ありがとう…」
「命は、お大事に」
思わずお礼を口にしたゴナンに笑顔もなくそう言って、またロベリアに顔を向けるヒマワリ。
「ヒマワリちゃん…?」
「寮をいくら探しても出てこないから、もっと違う場所に隠しているかと思って行動を見張ってたんだけどね~。まさかお店に隠しているとはね」
舌打ちをしながら、ロベリアにそう話すヒマワリ。リカルドが思わず尋ねる。
「どういうこと? 君は、ロベリアさんが卵を持っていることを知ってたのか?」
「そ、帝国で卵らしきモノを盗み出した男がこっちに入国したって情報を、とある筋からもらってね。やっと見つけたと思ったら、女装バーなんかに勤め始めるから焦ったよ~。こういうお店、入るのも初めてだったから」
リカルドは確認するように、ナイフの方を見る。
「…確かに、ヒマワリちゃんが入ったのはロベリアちゃんの少し後だったわね…」
「……そうか…」
ナイフもかなり意外そうな顔をしている。人間洞察力に優れているナイフすらだましおおせるとは。しかし、このヒマワリという男…。
「…いや、焦ったという割には、女装バーのキャストとしての振るまいが完璧すぎやしないか? あっという間にナンバーワンを取ってしまうなんて」
「…そう、そうなのよ!」
リカルドが思わず漏らした感想に、ナイフも同意する。「ま、それは天性の才能としか、いいようがないかな」とヒマワリはまんざらでもない顔。
「仕事中にこそこそ抜けてたのも、ゴナンのお見舞いの時に2階の部屋を荒らし回っていたのも、もしかして卵探しだった?」
「そーいうこと。卵のことをあんまり騒ぎにしたくなくて、こっそり盗み出して終わりにしたかったから、こんなに手間のかかる方法をとってたのにネ。あの男達が強硬手段で来ちゃったから、私も仕方なく」
そう言って、ヒマワリはまた、ミリアの首に当てている武器に力を込めた。
しかし、ロベリアは叫ぶ。
「卵はもう渡してしまったのだから、今、君のやっていることは意味がない!」
確かにそうだ。なぜヒマワリが今このタイミングで、ミリアを人質に取るようなことを行っているのか誰も理解ができなかった。しかしヒマワリは、ニヤリと口元を歪ませる。
「ロベリアさん。私の目はだませないよ。さっきのアレは、偽物デショ?」
「……!」
「卵はもうちょっと大きいよね? 思うにさっき渡したあれは、このミリアさんのバッグに石でも詰めたものだったんじゃないかと思うんだけど」
「え……?」
ヒマワリの腕の中で、ミリアが驚く。
「ミリアさん、出かける時はちゃんと部屋の鍵かけなきゃね。私も忍び込んで、一通り家捜しさせてもらってるけど。バッグ盗まれたの、気付いてなかった?」
「……。いいえ、全く……。他の荷物は、部屋にあったから……」
そういえば、とリカルドは思い出す。
ミリアに、自身が部屋にいる際は内鍵をかけるよう念を押したが、外出時に鍵をかけるようにとは伝えていなかった。あまりにも当たり前すぎてのことだったが…。
(王女の世間知らずを、甘く見ていた……)
そう反省するリカルドの前で、ロベリアは平静を装おうとしつつも額にびっしりと脂汗を湧き立たせている。それが、ヒマワリの言うことが事実であることを示していた。ヒマワリはふう、とため息をつく。
「あいつらも詰めが甘いよね~。中身をろくに確認せずに去って行くなんてさ。でも、偽物だと気がついたらまたこの店に来るよ。バカなことをしたもんだね。このお店を巻き込みたくなかったら、素直に本物を渡せば良かったのに。大体、その場で袋を開けられたらどうするつもりだったのさ」
「……」
「奴ら、戻ってきたらどうするかな。もっとひどいことになるんじゃない? 私だったら、お店に火をつけるかな。そうしたら流石のロベリアちゃんも、卵を隠し場所から持ち出さざるをえないデショ」
「ヒマワリちゃん、バカなことはするな!」
リカルドが叫ぶ。その動きを、ヒマワリは目で制した。
「ロベリアさん。私もさっきの男達と一緒。卵のためには、人の命の1つや2つどうだっていいの。でもあなたはそうじゃない、優しいから」
ミリアもろとも、ロベリアの方に近づくヒマワリ。
「さ、ミリアさんを殺してほしくなければ、店に火をつけて欲しくなければ、本物の卵を出して。そうすればあとは穏やかに、この店で大好きな女装をしながら暮らせるんだから。あなたは、それでいいじゃん。それが、あなたが選ぶべき人生だよ」
これまでの明るい振る舞いが嘘のように怜悧な目線を、ヒマワリはロベリアに向けた。
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