連載小説「オボステルラ」 【第二章】25話「道、拓ける」(3)
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リカルドは、正面に座るミリアに向かって、なだめるように話し始めた。
「でね、ミリア。エレーネが同行するしない以前に、やっぱり君を旅に連れて行くのはちょっと、憚られるんだよ」
リカルドは、ミリアの目をまっすぐ見てそう切り出す。
「まあ、どうして?」
「一番は、僕には荷が重すぎる。それに、ゴナンとの旅もこれから始めるところで、この先の予定も何も決まっていない。君を満足させられるような旅ではないんだよ、きっと」
「……」
ミリアは、少し哀しげにうつむく。
「…そうね…。そもそも、わたくしが一緒に行くと、不運の星のせいで皆が危険な目に遭いかねないわ」
「いや、それは関係ないんだけどね。でも、確かに警備上の不安はある。見た感じエレーネは腕が立ちそうだけど、僕なんかただの学者で、腰に下げている剣もほとんど飾りのようなものなんだから」
「……」
ミリアは不満げな視線をリカルドに送り続ける。
「……もちろん、今、君が他にどうしようもない状況だっていうことは、分かっているよ。もし王都に戻るのなら、きちんとサポートするから…」
「……そもそも、お城は今、どのような状態になっているの?」
エレーネがミリアに尋ねる。
「影武者達が変わらず生活をしている状態なのかしら」
「……わたくしの影武者は1人だけよ。彼女にだけは、ずっと城を出たいという話をしていたわ」
「へえ、王女の影武者は1人だけなのか…」
リカルドは興味深げに、ミリアに尋ねる。
「ええ、普通なら2人以上設ける場合が多いのだけど、お父様の方針で、お兄様にもわたくしにも影武者は1人しかつけなかったの。本当は影武者の習わし自体も廃したかったようだけど、それは流石に周りが許さなかったそうよ」
「国王はなぜ、影武者を廃したかったんだろう?」
と、好奇心から尋ねてしまったが、リカルドはすぐに自分の口を押さえて自重した。
「……っと、僕のような一般市民に話す内容ではないね。失礼。今の質問は忘れて」
「……」
ミリアは、そのリカルドの言葉に、何かにはっと気づき、少しだけ思案した。
「…いいえ、構わないわ」
そう言って、ミリアはリカルドの質問に答え始める。
「一つは、『影武者をつくる』ことの負担の大きさね。誰が影武者になるかは秘されないといけないから、赤ちゃんを探し出すのも大変だし、かといってどの赤ちゃんでもよいというわけでもないの」
「はあ、なるほどねえ…。影武者になる赤ちゃんは、産まれることすら隠されていなければならないんだね」
「ええ。お父様とお母様も、影武者全員に対して我が子の様に接するのも大変でしょ。それに、成人するまでその影武者の人生を拘束することにもなるから…。成人後、影武者であったことを明らかにすると、周りの人の対応も難しいでしょ。そのまま、王家の中枢に役職を得る場合がほとんどなのだけど」
「アーロン王子の影武者は?」
リカルドはさらに、質問を続ける。王子は現在22歳なので、成人した4年前には影武者から解放されていることになる。
「お兄様の影武者は、ショーン家の末っ子だったの。もともとショーン家は騎士の家系だから、その後は王城の防衛にかかる部隊に所属したわ」
「へえ、ショーン騎士!」
リカルドの声のトーンが上がる。ショーン家は、ア王国では知らない者はいない、武家の名家だ。ショーン騎士といえば男子の憧れの的で、代々の戦での活躍は絵物語になっているほどなのだ。
「当代の息子たちも、ショーン兄弟として国外からも恐れられていると有名だよねえ。実はショーン3兄弟だったということなんだね」
「そうよ、末っ子のキールを妊娠した時点で、ショーン卿の奥さまは、我が子が男子だった場合に影武者にするため姿を隠して、出産を秘密裏に行ったと聞いたわ」
「へえ……」
リカルドの好奇心がとまらない。
「君の影武者のサリーは? やはり貴族の中から選ばれたのかなあ?」
「サリーは、わたくしの乳母の遠戚だそうだわ。ショーン家ほど著名ではないけど、やはり武家の出なの。非常時には王子王女の護衛的な役割を担う場合もあるから、そういう家から選ばれる例が多かったみたいね」
「へえ、それも初めて知るよ。なるほどね。影武者でも、ちゃんと『本当の名前』も最初からつけられるんだね」
「ええ、昔は、成人するまでは自分の名すら与えられなかったけど、この数代でそれは変わってきたそうよ」
リカルドの質問に次々と明快に答えるミリア。ゴナンと同い年のはずだが、やはり品格が違う。リカルドが好奇心の赴くままに質問している様子を、エレーネは少し心配そうに見ている。
「お父様が影武者を廃したかったもう一つの理由は、他国から『臆病者』呼ばわりされることへの抵抗感ね。こんなに手間暇をかけて徹底して王位継承者を隠す国は、他にはないから」
「なるほどねぇ…。今の国王様は、長く続いていた帝国との騒乱を収めた名君だからね。思想も改革派なのかなあ」
「ええ。お父様は普段は穏やかだけど、変革や譲れない部分へのこだわりはとても強いわ」
リカルドは普段だと絶対に聞けない裏話に、瞳を輝かせている。
「…でも、君が黙って出ていると言うことは、城は大騒ぎなんじゃないか? 国王にも王太子にも、内緒なんだよね?」
「ええ、そうね、おそらく……。でも、それは仕方がないわ。それにサリーがいれば、国は大丈夫だから。彼女なら、成し遂げる」
「……」
仕方がない、大丈夫と言い切れてしまう、そのミリアの固い覚悟が空恐ろしく、リカルドは質問を止めた。さらに胃が重くなっていくのを感じた。
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