連載小説「オボステルラ」 【第二章】8話「新しい日々」4
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厳つい帝国人風の客を気にしつつも、席に戻ってきたゴナンとリカルド。と、席に残っていたロベリアが、じっとうつむいていた。
「…ロベリアさん?」
「…!」
少し、ロベリアの様子が挙動不審だ。
「あ、ああ、デイジーちゃんの年齢のことは、黙っておくから」
少し焦った様子でそうリカルドに声をかけるロベリア。その不審な様子を、じっと見る。
「…ロベリアさんは、エルラン帝国出身ですか?」
「…なぜ?」
「その、飲むときのグラスの持ち方が…。あとさっき、『この国では』と言っていたのが気にかかっていて。帝国は、こういうお店に出られるのは20歳からですもんね」
グラスを持った後、クルッと180度回して飲むのが、帝国人が公の席でお酒を飲む際の習慣だ。
「…ああ、流石ですね、そうです…」
「あちらの国では、そのような『装い』はなかなか受け入れられないですもんね」
このストネの街や北の村がある「ア王国」は、比較的多様な文化や慣習にも寛容な大らかな気風があるが、隣国「エルラン帝国」は軍事国家で、国の気風も無骨で保守的だ。このような女装バーの営業も、帝国では到底ありえないだろう。だからこそだろうか、時にはそんな風潮から解放されに国境を越えて楽しみに来る人も少なくない。これも、国同士の紛争が収まっている今だからこそ、であるが。
「ええ、その通りです。私はもう、帝国には戻りたくはないですね…」
重々しい表情で、ロベリアはそう呟いた。と、場にそぐわない自分の表情に気付いて笑顔を作り直し、ゴナンに話しかけた。
「…デイジーちゃんは、その、すごく素朴、な村から出てきたばかりだよね。私達みたいなのを見て、驚かなかった?」
「うーん…?」
確かに、あの村から出てきた少年が初めて働く場所としては、ここはいろんな意味でエキセントリックだ。リカルドも少し気になった。
「まあ、村にはいなかったと思うけど、世の中の人は、男か女かではっきり分かれないこともあるって、アドルフ兄に聞いてたから…。あ、聞いてたとおりだって思った」
「アドルフさん、教育が行き届いているなあ…」
ゴナンはまだ世の中を知らないからか、何でも受け入れるというか、周りを見る目が至極フラットで、この店で働く人たちも「ごく普通」に見えているようだ。とはいえ、あんな辺境の村にいながら、アドルフの視野の広さには恐れ入るばかりだ。
「デイジーちゃんは街で暮らす上での常識なんかには苦労しているようだけど、読み書きも問題ないし、一般的な教養は身についているし、教育も何もないような村から出てきたばかりの子だとは、信じがたいな」
ロベリアが感心したように話す。
「それは、多分、彼のお兄さんのおかげだと思います。あとは、小さい頃に亡くなったという彼のお父さんも、学者だったらしいので」
「そうか…。でも、村にいたままじゃ、そんな教養も持ち腐れだったね。出て来れて良かったじゃないか」
そう笑顔で話すロベリアに、ゴナンは少し複雑そうな表情をした。
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結局、帝国人だと思われる4人の男性は、わずか1時間ほどで店を出た。
「わざわざ女装バーに飲みに来たっていうのに全然はしゃいでもいないし、妙にお店の中をジロジロ見回すしで、気味の悪いお客さん達だったわよ」
お店の営業終了後、リカルドはカウンターに残って、ナイフと話をしている。
「へえ…、でも、帝国の人って、そういう人も多いよね。飲みの席でも堅苦しい人。僕、北の村に行く前は帝国の方にいたんだけど、不思議だったよ。ストレスたまらないのかなあ」
「そうそう、せっかく私が付いてあげたのにさあ、もったいないよね」
寮に引き上げる途中のヒマワリが、リカルドの隣の席に座る。
「おや、時間外も付いてくれるの? 一杯おごろうか?」
「うーん、今日は時間外だから、もういいや。明日、また指名して席でおごって」
そうウィンクするヒマワリ。ちゃっかりしている。
「ヒマワリちゃん、あなた、ちょこちょこサボってるの、気付いてるんだからね」
「えー、サボってないよぉ。『女子』にメンテナンスするのに、ちょっと時間が必要なの」
そう言って、たわわな胸を揺らすヒマワリ。そういえば、昼間は『ここ』には何もなかった気もするが……。どういう仕組みになっているのだろうと、リカルドは真顔でヒマワリの胸を凝視している。
「……」
「……?」
「…無駄よ、ヒマワリちゃん。この男にそういうのは通じないから。見なさい、この真顔の冷めた目線。そういう感性が枯れきっているのよ」
「えー。つまんないなあ…。あっ、ずれた」
胸を揺らしすぎて、『中身』がずれてしまったようだ。あ、やっぱり詰め物か、と疑問が解決して、リカルドはナイフの方に目線を戻した。舌打ちをしてヒマワリは引き上げて行く。
「…そういえばさ、ロベリアさんって、ワケあり系?」
今日の彼の様子を思い出し、リカルドはナイフに尋ねた。
「ええと…、彼はね、ある日突然、『女装がしたくてたまらず、女房も子どもも捨てて帝国を出てきた』ってうちに飛び込んできたのよ。ドレスやらかつらやら、ものすごい大荷物抱えてね。なんだか覇気を感じたから、どうぞ、って採用したの。それ以外のことは知らないわね」
「覇気で採用…。それ以前に、何をしていたかとかは?」
「聞いていないわね。あまり興味もなかったし。普段はあの落ち着いた雰囲気だから、大丈夫と思って」
「…」
相変わらずである。まあ、ナイフの人を見る目に狂いはないのは間違いないが。
「でも、あのお客さん達が来たとき、ちょっと様子がおかしかったわね」
「あ、やっぱり気付いてた? 故郷の人に見られるのは、やっぱり抵抗があるのかなあ。それとも知り合いがいたのか…」
「多分、今日きりのお客さんだとは思うけど、もしまた来たら、気をつけてあげないとね…」
1度引き受けたらしっかり面倒を見るのが、ナイフである。そうやって、いざというときに守ってくれるからこそ、キャスト達も伸び伸びと働けていて、この店のあたたかな雰囲気が生まれているのだろう。
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結局、ナイフと遅くまであれこれ話してしまった。
部屋に戻ると、発光石のライトは付きっぱなしだが、ゴナンはすでに寝ていた。相変わらず、ベッドのとても隅っこに小さくなって寝ている。また中央に寄せてあげようとしたとき、気付いた。
(あれ、今日買ってあげた寝間着、着てないじゃないか…)
ゴナンの荷物の方を見ると、棚の上にキレイに畳んで、祀るかのように置いてある。明日はいやでも着せよう、と思いながらゴナンの体をずらそうすると、ゴナンの枕元にある物が目に止まった。
それは、今日、買ってあげたナイフ。
例によって「一番安いのでいい」と言われたが、刃の部分が丈夫な金属でできていて、持ち手の部分と鞘にカッコいい彫りが入っているちょっと良い品を選んで押しつけたのだ。大事に握っているうちに、もしくは惚れ惚れと見ているうちに、眠ってしまったのだろうか。
「刃物持って寝てると、危ないよ…」
そういってナイフを取ろうとしたが、ギュッと握って離さない。ふふ、と笑って、リカルドはゴナンの頭を撫でた。
(そうやって、だんだん、欲しいものを増やしていくんだぞ…)
しかし、甘やかしすぎそうで怖いな…、と、リカルドは自戒した。今までの人生の中で、感じたこともない感情だった。
↓次の話
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