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連載小説「オボステルラ」 【第二章】9話「くだもの」1


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第二章の登場人物


くだもの


 「ナイフちゃん! もう今日からはゴナンには、接客させないからね!」

翌朝、リカルドは強い口調でナイフに迫った。

「リカルドさん、だから俺は…」
「『トップを取る』とかはもう、いいから!」
何故か、女装バー『フローラ』のトップを取ることに執念を見せるゴナンに、リカルドは釘を刺す。

「大体、今の『フローラ』のトップって、あのヒマワリちゃんだよ。彼を追い越すのは、なかなか難しいと思うなあ…」

容姿端麗で胸に大きめの詰め物をして、気さくに何でもずけずけ話してきて、多少やっかいなお客さんでも上手にあしらうヒマワリ。それにはゴナンも同意せざるを得なかった。

「それに、ゴナンは僕と旅をするためにここに来たんでしょ。そのための準備に、時間をかけて欲しいな」

にっこりと諭すリカルドに、ゴナンはハッと気付いた。

「…そうだね…、そうだった…」

「……ようやく分かってくれたみたいで、よかったよ」

隣でナイフが残念そうな顔をしているようだったが、リカルドは気にしないようにした。

「…にしても、こざっぱりしたわね、デイジーちゃん」
と、ナイフはゴナンを見て感心している。それに対し、リカルドが「そうだろう!」と得意げに胸を張る。

「今まで素肌にベストだったから、あまり違う装いになると落ち着かないかなと思ってね! シュシ草染めのカットソーにベストを合わせてみたんだ。バンダナと合うように、ズボンのベルトは革でなく布製にして、こう結べるタイプ。フリンジがちょっと出るんだ。慣れないベルトより、この方が扱いやすいんだよね」

「…うん。革のものは、仕組みが難しかったから」

「ズボンも今までのと似ているけど、カラ草の繊維入りだから少し伸縮性があって、動きやすい。色もカーキでいい感じだろう? で、ベルトにこのナイフをこう、この革の留め具で腰のところにつければほら、カッコいい」

「…うん、ナイフをすぐ取り出せて、使いやすいよ」

喜々としてコーディネートについて語るリカルド。残念ながらゴナンは、着やすさ使いやすさしか気にしていないようだったが、まあリカルドの気が済むのならそれでいいのだろう。
「今日もこの服とナイフを大事にしまいこんでいたから、無理矢理着せたんだよ、ああ、大変だったなあ」
「…そう、…それは、ご苦労様…」
悦に入っているリカルドに、「楽しそうなら何よりね」と冷たい視線のナイフ。そこに、ゴナンが申し訳なさそうにしてくる。


「ナイフちゃん…。ラウンジに出ない代わりに、裏方でも雑用でも何でもするから…」

「あら、いいのよ、別に。もともと違法で働かせていたわけだし。あ、でもちゃんと2日分のお給料は出すからね」

「え、いいよ。ずっとリカルドさんと座ってただけだよ、俺」

「それで十分よ。この男、普段はカウンターで一人飲むばっかりなのよ。ラウンジで指名付けて飲むなんて、初めてだったんだから」

じろり、とリカルドをにらむナイフ。リカルドは目線をそらす。

「でも、食事もベッドも、あんなによくしてもらったのに…。あ、俺が宿代としてお金を払えばいい?」

「……」

食事はともかく、生まれて初めて寝たベッドの心地よさが、かなり印象的だったようだ。寮のベッドなんて格安のものをつめこんでいるのにと、ナイフは少しだけ申し訳ない気持ちになる。

「…デイジーちゃん、お金は使わずに大事に節約しているんでしょう? 大丈夫だから。もしお返しをどうしてもしたいというなら、リカルドからふんだくるから安心して」

「だったら、俺がリカルドさんに…」

「…ゴナン」

ナイフが優しく語りかける。

「…ゴナン。もしかしたらあなたは今まで、家族に甘えたことがないのかもしれないわね。あなたはもう立派な15歳の男子だけど、まだ子どもで、そして今はリカルドが保護者なの。子どもは保護者に甘えていいのよ。ここは、甘えなさい」

「甘える…」

ゴナンがチラリ、とリカルドを見る。ニコリと優しい微笑み。

「そうよ、甘えて甘えて、すねにむしゃぶりついて、吸い尽くして、おまえウザイって悪態付いて反抗してやんなさい。そういうことしたっていいのよ」

「うう、ウザイ、は傷つくなあ…」

甘える…。今まで自分は家族に甘えてきたのか、甘えたことがなかったのか、それすらゴナンにはよく分からなかった。
「…わかった。甘えるのを、してみる」

「…ふふっ。そうね」

 ごく素直なゴナンの反応に、ナイフの優しい眼差し。リカルドはその様子を見守りながら、ゴナンがあの何もない村から出てきて初めて出会った人物がナイフで本当によかった…、と、心の奥で感謝をしていた。

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 さて、今日はゴナン待望の、武器屋巡りである。リカルドは軽装でマントは羽織らず、黒の長袖の上衣に黒のズボンの服装だ。

「武器屋は屋台街の奥に何件かあるから、食べ歩きしながら行こう。おごるよ」

 あいもかわらずニコニコ顔を絶やさないリカルド。

「いいよ、お腹空いたら自分の物は自分で買うから」
「そんなこと言うと、結局君は何も買い食いしないじゃないか。気にしないで。ほら、僕は保護者だから」

 どうやら、さっきナイフが言った「保護者」というのが気に入っているようで、子どもの様に喜んでいる。

「ゴナンは、好きな食べ物も嫌いな食べ物も特にないんだったね。ああ…」
と、すぐそばの果物が売ってある屋台を見た。
「お屋敷様のところで食べたマルルの実は気に入っていたね、買ってあげるよ」
「え、いいよ。すごく高級な実で、リカルドも滅多に食べないっていってたやつじゃん」

 ピンク色の果肉がねっとりとした、濃厚な甘さを持つ、マルルの実。値段を見てみると、他の果物の20倍近くの価格が付いている。

「もったいないよ。こっちのゴンの実がいい。干ばつ前は、村の近くの森にもなっていたやつだから」
そう言って、横に並べてある手のひらサイズの赤い果実を指さす。
「いいよ。食べたいものを食べなよ。ええと…」
表示してある価格を見て、いつもの穏やかな薄笑みで屋台の親父に声をかける。
「ね、これ4個買うから、ちょっとまけてよ。この子が好物なんだ。田舎から出てきたばっかりなんだよ」
「なんだよ、仕方がねえなあ~。いい兄ちゃんだな」
親父は笑顔で応じてくれた。

(…アドルフ兄ちゃんが言ってた、『言い値で買うな』ってやつだ…)

 ゴナンは少しキラキラした目でリカルドを見上げていた。

「? そこのベンチで食べよっか」

 屋台街には、食べ歩きがゆっくり楽しめるようベンチが多く置いてある。その一角に陣取った。

「あ、俺が皮むくよ」

そういってゴナンは、懐の袋から例の鋭利な石を取り出して、器用にゴンの実の皮をむく。

「…ゴナン…、だから、ナイフ使ってよ…。せっかく買ったし、昨日キレイに研いでもらったじゃない…」
「うん…、この石がつかえなくなったら使うよ」
「そう…」

 この石にも愛着があるのかも知れない、とリカルドは微笑ましく見守っていた。はい、と手渡されて食べる。皮をむいた跡は少し粗いが、しゃくしゃくとしたフレッシュな甘さが、妙にリカルドの記憶に残った。


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