連載小説「オボステルラ」 【第三章】1話「旅は穏やかに」(2)
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食後、片付けをしながら、寝床の準備である。
「…ところで……、あなたたち、野営でも一緒に寝るなんて、窮屈ではないの?」
ナイフが呆れたように、リカルドにそう尋ねた。
立てられているテントは3つ。ナイフ、ミリアとエレーネ、そしてリカルドとゴナン。王女であるミリアをエレーネが護衛する意味もあるので、この2人が同じテントで寝るのはまだ分かるが、ゴナンは自分のテントを持っていたはずだったが…。
「ゴナンのは簡易テントだし、僕のはもう1人くらいなら寝られるしね。まあでも、流石に寝袋に2人は入れないから、仕方が無いな」
寝袋まで一緒のつもりだったのかと、ナイフはさらに呆れる。
「寝袋は今日もリカルドが使ってよ。この辺りは冷えないし、布で大丈夫だから」
「僕こそ大丈夫だから、ね」
リカルドはそう、意味ありげにゴナンに念を押す。彼に打ち明けた、リカルドの「ユーの民」の事を言っているのだろう。
定められた寿命までは絶対に死なない、そして寿命で死んだらその周りに幸福をもたらすというユーの民。だから自分は多少、夜冷えても今、死ぬことはない、そういう意味を含んでいる。
「……」
ゴナンは少し複雑そうな表情で頷く。ゴナン以外では唯一、リカルドの事情を知るナイフは少し息を吐く。
「……それはいいけど、リカルド。あなた、そもそもゴナンとの距離感がおかしいのよ…」
「え? そうかな?」
リカルドは不思議そうに答える。ゴナンがうっとうしく感じていたり嫌がっていないかをナイフは心配しているが、彼は特段、気にしている様子はなさそうだ。
性格が暗いわけではないが無口で無愛想、他己的で自分の欲や主張が極端に少ないゴナン。
そして、表面上は穏やかで朗らかな人物に見えるものの他人に対しては壁を設け、あまり人に深入りすることもなかったリカルド。
そんな彼がゴナンをここまで気に入ってしまったのがとても不思議なのだが、好意を持った相手との距離感の詰め方が恐ろしく不器用なリカルドを、ゴナンはあっさりと受け入れている様子だ。
(親子や兄弟のような関係でも、友人でも恋人でもない…。面白いコンビだこと)
哀しい運命に身を置いてしまっているリカルドにとって、ゴナンの存在とこの変化は、これまで乾ききっていた彼の人生を少し豊かにしてくれるものだろう。ただ、リカルドの行き過ぎには注意してあげないと…、とナイフは密かに目を光らせている。
と、そのリカルドが、ゴナンに提案をした。
「ゴナン。明日はツマルタにだいぶ近づくけど、もし可能なら、食べる分以上のウサギを獲ってみない? 他の獲物でもいいけど、とにかく、肉」
「いいけど…。どうするの? 干し肉にして、保存食にする?」
「ああ、それもいいね。でも、街の近くで獲れれば、血抜きしただけのものでも大丈夫かもしれない。それか、皮まで剥いだ方がいいかなあ。たぶん、ツマルタで売れると思うんだよね。あそこは職人とか工場で働く人とか、ガッツリ飯を好む男性が多い街だから、肉は重宝されるんだよ」
「へえ…、売れるの?」
ゴナンの瞳が少し興味深げに輝く。
「だったら、街に着く直前でしめたほうがいいかな…。それとも、生きたまま届けた方がいい? あ、干し肉も、ストネの街に着く前に保存用に作っていたのをたくさん持ってるよ。ウサギもあるし、チビーの干し肉もある。街では必要なかったから、食べないまま残ってる」
「そうなんだ、それも売ってみようよ。ものは試しだよ。薬草茶も意外にいいかもね。あそこはお酒やタバコのやりすぎな男性が多いから…」
リカルドのそんな提案を、ゴナンは瞳を輝かせて聞いている。ほとんど表情が変わらないゴナンだが、瞳の輝きやほんの少しの雰囲気で、意外に感情がわかりやすい。ミリアも楽しげに、エレーネと寝床の準備を始めている。リカルドの無茶振りに応じて着いてきたこの旅だが、こういうのも悪くはない、とナイフは思い始めている。
「ナイフちゃん」
火の始末をしようとしていたナイフのところに、ゴナンがやって来た。この地域は温暖なので、夜の火の番の必要はなさそうだ。
「どうしたの?」
「あの、お願いがあるんだけど…」
少しモジモジしながら、お願いを言いづらそうにしているゴナン。まだまだ、人に甘えることが苦手な様子だ。
「なあに? 何でもおっしゃいなさい」
「……うん。あの、俺に、体の鍛え方を教えて欲しいんだけど…」
おずおずとした表情でナイフにそう依頼する。
「あら、リカルドが教えてくれるのではないの?」
「うん、そうなんだけど…。リカルドは剣の基本は教えてくれるけど、体の作り方はナイフちゃんに聞いた方がいいかもって。ナイフちゃん、すごい格闘家なんだろ?」
「……」
「リカルドは、意識して体を鍛えたことはないっていうから」
ナイフは、自分のテントの方で機嫌良く寝支度を調えているリカルドを、遠目でジロリとにらんだ。剣の鍛錬で一番肝心なところを自分に振ってくるとは、無責任も甚だしく感じるが…。
「……リカルドは何の苦労もせずに、体をちょっと動かせば自然と筋肉が付いてしまう体質なのよ。元々の骨格も大きいし、ずるいわよね。その分、確かにノウハウは知らないかもね」
「うらやましいな…」
とにかく大きくて強い体に憧れているゴナン。ナイフは優しく微笑みかけた。
「教えるのはいいけど、やるのは朝からがいいわね。いきなり夜に鍛錬を始めると眠れなくなってしまうわよ。ぐっすりたっぷり寝ることも、体を大きくするのに大切なのだから。寝不足厳禁」
「……うん、わかった! 早く寝る」
瞳を輝かせて立ち上がるゴナン。その真っすぐさが、ナイフには清々しくまぶしい。
「だったら、リカルドの高級寝袋で寝なさい。きっと、もっと効果的よ」
「うん、そうする!」
そう言って、リカルドのテントの方に駆けて行くゴナン。自分が寝袋で寝る旨を伝えると、リカルドが嬉しそうにその準備を始めた様子だ。ゴナンのとても素直な反応に、ナイフの母性がぐぐっとくすぐられる。
ただ…。
(多分ゴナンは、限界を超えても頑張りすぎてしまう質のような気がするから、少し気をつけて見ていないとね…)
そう考えながらも、15歳のまだ体が細い男子が始めるべき筋肉の鍛錬の流れを脳内で組み始めるナイフ。彼女自身が格闘の鍛錬に専念していたのはもう遙か昔のことだが、こういうことはすっと思い出せるものだ。ナイフ自身も少しワクワクした心持ちで、片付けを続けた。
↓次の話↓
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