連載小説「オボステルラ」 【第二章】10話「くだもの」2
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「…あれ?」
屋台街のベンチに座ってゴンの実を食べながら、往来の人々を眺めていたゴナンは、ふと気付いた。遠くの方に、見たことのある人が歩いているような…。
「…リカルドさん、あそこにいるの、あの、鳥に乗ってた女の子じゃない?」
「…えっ?」
言われた方向を見るが、リカルドには分からない。
「え? どこ?」
「あっち、歩いて行ってる。追いかけよう…!」
ゴナンは視力がいい。そのまま、見失わないように凝視しながら、駆けて追いかけ始めた。
「ゴナン…! 人混みに気をつけて…!」
リカルドも慌てて後を追う。3ヵ月前に巨大鳥に乗っていたあの少女が、今この街に? やはり南に来たのは正解だった。ということは、この近くに鳥がいるのだろうか? 背負っていた物は卵だったのか? 少女を捕まえれば、その疑問がすべて解決する…。
ゴナンは少女の姿を見失うことなく、徐々に距離を縮めていった。背中に楕円形の袋を背負い、仕立ての良さそうなキャメルカラーのジャケットとスカートを身に纏って、背筋をしゃんと伸ばして歩く、小柄なシルエット。しかし、その少女に追いつこうとしたとき、少女は別の人物に声をかけられていた。
「おい、お嬢さん、その背中の物を見せな」
(あれは…!)
ゴナンが少女のすぐ近くで足を止め、リカルドも間もなく追いついてきた。
少女に声をかけているのは、昨日『フローラ』に来た、帝国人と思われるいかつい男性4人だ。彼らは、相手が小柄で華奢な少女であることに気を払うことなく、少女が背負っている袋の肩紐をがしっと掴んだ。
「何をするのです。無礼ですよ」
鈴のような凛とした声で、毅然と立ち向かう少女。
「その背中のものを見せろ、渡せ、さあ!」
理由も言わず高圧的に、少女から袋を奪おうとする男達。かなり強引だ。
「離しなさい、なぜ貴方にわたくしの荷物を渡さなければいけないの?」
少女はぐっと引っ張り返すが、とても力では叶わず、体ごと引っ張られる。「きゃっ」
少女は声を上げるが、これ見よがしに腰に剣を下げ武装した帝国男の迫力に、周りの人々も助けに入るのを躊躇している。
そこにゴナンは飛び込んだ。
「おい! 何やってるんだ! おまえら、強盗だったのか?」
少女と男性達の間に割って入る。強盗と大きくゴナンが叫んだことで、周りの人々もひそひそと話し始める。
「やあ、淑女に対してその態度は、いただけないのでは?」
リカルドもゴナンの隣に出てきて、少女の肩紐を掴んでいる腕をぐぐっと握った。痛さで手を離す男性。リカルドはいつもの、穏やかで少し冷たい微笑みを浮かべている。
「泥棒だって、もう少しスマートなやりようを考えると思うよ?」
「お前は…、昨日、見た顔だな…」
そのうちの一人、ゴナンを指名しようとした男性が、ゴナンに気付く。
「なんだよ、時間外までご指名かい。お熱なことで」
「どう思われたって構わないよ。それに今は、僕のことはどうでもいいんだけど」
そう言ってリカルドは、少女をそっと後ろに隠した。ゴナンがその横に寄りそう。
「帝国人というのは女性を大事にしない国民性だと聞いているけど、こんな往来でこの所業とは、本当に噂通りなんだね」
「なんだと…!」
煽られた男達は皆、剣に手をかける。
「おいおい…、こんな陳腐な挑発で剣を抜くのか? 一体、何なんだ」
「その娘は、帝国の領土内を飛び回った巨大鳥に乗っていたという娘と、体格がそっくりだ。その背中に持っているのは卵だろう…!」
「……!」
この帝国の男達の口から鳥と卵の話が出たことに、ゴナンとリカルドは驚いた。
「…卵?」
そう首を傾げて呟く少女の様子をリカルドは確認して、また少し挑発気味に声をかける。
「巨大鳥の背に人が乗るとは…、随分夢のある素敵なお話だね。その上、卵が欲しいから剣を抜くだなんて、いい大人の男性が行う行動としては狂気の沙汰だよ。お嬢さん、この物騒な男達はこう言っているけど、その背中のものはなあに?」
「…これは、わたくしの旅の荷物よ」
そう言って少女は袋を下ろし、布を外した。そこには、総レザーで仕上げられた、高級そうな楕円形のバックパックがあった。その中央に小さく施されているエンブレムに、リカルドはチラリと目を留める。
「これはわが家で代々引き継がれている革袋だから、風雨で汚れないようにカバーをかけていたの。それだけよ」
「……だそうですが?」
リカルドは冷笑を湛えながら、男性達への圧を強めた。彼らは舌打ちをし、剣から手を離しその場を去ろうとする。
「はあ、このまま無言で帰るのが、帝国の流儀なのかな?」
そう声をかけるリカルドに、リーダーらしき男が苦々しい顔で「…悪かったな」と小さく詫びて、その場を後にした。
「……ふうっ。何だったんだ、いったい…」
危機が去って、リカルドは安堵のため息を漏らした。今日は自分の剣を持っていなかった。もしあのまま剣を抜かれていたら、すこし危なかったかも知れない。
周りで見守っていた人々も、口々に帝国人に悪態をつく。
「…大丈夫だった? お嬢さん」
リカルドは、背後に控えている少女に声をかけた。毅然とした態度を崩さなかった彼女だが、少し震えているようだ。と、横で守っていたゴナンが、スッと少女へ手を差し出す。
「…ほら、あっちの方で休もう」
(…おや…?)
意外にゴナンが物怖じせず、スマートにエスコートするのを、リカルドは驚きを持って見ていた。
「…ええ、ありがとう」
そう言って少女は差し出された手をとる。そのまま、屋台街の脇のベンチへの方へと向かった。
(あのバッグの紋章、それにこの娘の服装…)
リカルドは、この少女の出で立ちに気付いたことがあった。
↓次の話
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