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連載小説「オボステルラ」 【第二章】20話「熱」(2)


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第二章の登場人物



 ゴナンが薬で寝てしまったのを確認して、リカルドはナイフとお店のフロアに降りてきた。

「よくよく考えたら、村でたくさんの死を目の当たりにして、大切な家族も亡くして、自身も死の一歩手前まで衰弱して、徒歩で何ヵ月もかかるような辺境から1人で出てきて、見る物触れる物全てが初めての街で、最初に辿り着いたのがこの女装バーで、化粧して女装して接客して、って展開を考えると……。体調を崩してしまうのも、当然と言えば当然か…」

「そうね、平気そうにしていたけど、実はかなり無理をしていたのかもしれないわね。ゴナンは表情に出にくいから。私も見過ごしていたわ」

「いや、僕も、ずっと一緒にいたのに全然気付かずに、連れ回してしまったしな…」

まだ時間は昼前。店内は照明も付けておらず薄暗い。そのラウンジのソファに人影を見つけて、ナイフは「きゃっ」と驚いた。

「あら、ロベリアちゃん、どうしたの…?」

見ると、すでにカツラを付けたロベリアが、ソファ席で前屈みに座っていた。リカルドは少し警戒の目を光らせる。

「……あ、ナイフちゃん。ごめんなさい、驚かせて。ちょっと、1人で考え事をしたくて」

今日は水色のボブヘアのカツラを被っているロベリア。ただ、つけ方が甘く、化粧もしておらず、合わせているドレスもチグハグだ。

「…ロベリアちゃん、何か悩み事でもある?」

ナイフはロベリアの隣に座る。彼は視線を下の方に落とした。

「悩んでいるように、見える?」
「ええ、昨日、ミリアの荷物を勝手に触ったりだとか。あなたらしくない振る舞いが気になって」
「ミリア…。あの丸いバッグのお嬢さんか……」

と、ロベリアがはっと思い出す。

「あ、そういえばさっき、そのミリアちゃんに、この街の両替屋の場所を聞かれたから教えたけど、よかったかな…? 1人で出かけたけど」

「……え?」

そういえば、部屋の外からゴナンの様子を見ていたミリアが、いつの間にかいなくなっていた。部屋に戻ったものと思っていたが…。

「しまった…。誰か大人と一緒に行きなさいと、きちんと言っておくべきだったわ…」
「大人しそうで悲観的な女の子かと思いきや、なかなかの行動力だね」
クスクスと面白そうに笑うリカルド。

「笑い事じゃないでしょ。すぐにでも迎えに行かないと…」

と、ナイフが慌てて店の入口に向かおうとしたところで、ミリアが外から飛び込んできた。

「きゃ!」
「あ、ナイフ、ちゃん。ただいま!」

ナイフに「ちゃん」付けするというお店ルールを遵守するミリア。ナイフはミリアの両肩をぐっと掴んだ。

「ミリア! あなた1人であんな大金の両替に出かけるなんて……、……ん?」

と、ミリアの背後に立つ人影に気付く。

「……? あなたは、どなた?」
「ええと、私は、エレーネよ」

背の高い、美しいその女性は、少し戸惑ったように自己紹介をした。

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 エレーネと名乗った、その女性。
金髪の長髪をキュッと一つにまとめ、瞳は濃い碧眼で、切れ長な瞳のかなりの美女だ。年齢は20代半ばくらいに見える。すらりとした肢体に、腰にはレイピアらしき武器、そして旅の荷物らしきものを背負っている。ミリアはがっしりと彼女の手を握っていて、引っ張ってこられたという感じだ。

「エレーネさんは、何のかた?」

 そう首を傾げるナイフの横を通り、ミリアはエレーネの手を取ったまま、リカルドの方へと進んだ。

「リカルド、思いのほか早く見つかったわ。この方と一緒なら、あなたたちの旅に同行してもいいでしょう?」

「は?」

「だって昨日、男性2人の旅にわたくし1人ではダメだとおっしゃっていたじゃない」



 見つける、とは、旅の女性の同行者のことだったのか…。とリカルドは頭を抱えた。そもそも、この“連れてこられた感”満点のエレーネの戸惑った様子がとても気にかかる。リカルドはいつもの少し冷たい微笑みを浮かべて、彼女に尋ねた。

「ええと、エレーネさん? あなたは見たところ旅人のようだけど、ミリアの知り合いか何かかな?」
「いいえ…。さっき、両替屋で初めて出会ったのだけど…」
「……」

微笑みながら、またミリアに視線を向けるリカルド。

「ミリア…。さっき初めて出会った女性を、旅の同行者にすると引っ張ってくるとは、何事なにごとだろうか……?」

「リカルド、この方は大丈夫なの。信頼できるわ」

 ミリアが自信満々に言う姿に、リカルドは困り果てた。「不運の星」とやらのことは信じてはいないが、とはいえ正直、ミリアがかなり「引きが悪い」タイプの人間であることは、昨日痛感しているからだ。本人には言わないが…。

「…どういうことだろう、エレーネさん…」

リカルドは、落ち着いて話ができそうな女性だと見込んで、エレーネに尋ねた。

「あ、ええ。どうして出会ったのかというと、両替屋でこの子がアステール金貨を両替しようとしていたのだけど、手数料をぼったくられそうになっていたから、横から訂正したのよ。危なっかしくて、見ていられなかったから…」

「あ、ああ、それは…。ありがとう。すまない。僕らがついていくべきだったんだが」

「それで、両替屋を出たこの子は屋台街に向かっていたんだけど、この子が持つ大金を狙っている輩の目線を感じたから、危なっかしくて、付いていったのよ。そのまま、一緒にいる感じね」

「……」

危ない、紙一重だったんじゃないか…、とリカルドは頭を抱える。

「リカルド。1人で飛び出したのは反省しているわ。でもエレーネは、私が何かお願いしたわけでもないのに守ってくれたの。とても信頼できる人だわ」

「ミリア…。そうやって、大金を持っている君にいい顔をして恩を着せて取り入って、後であわよくば…、という人である可能性もあるんだよ。そういう人間は、ただ奪おうとしてくる人間よりも数倍、やっかいなんだから」

ミリアをたしなめるようにそう言った後、エレーネの目線に気づき、「あ、失礼」と詫びるリカルド。

「いいえ、気にしないで。私もあなたと同じ意見よ」

「……」

 その反応を見るに、何となく大丈夫な人のような気もする。受け答えも穏やかな女性だ。何より、ナイフが警戒していない。彼女の人を見る目は、鋭いから。
 探るような目線で見るリカルドに、エレーネは微笑みを返した。


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