連載小説「オボステルラ」 【第二章】5話「新しい日々」1
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新しい日々
「えっ、それでいきなり一緒のベッドに寝るって、ヘンじゃない?」
少し甲高い声が、昼間の「フローラ」に響いた。
「ね、ロベリアさん、そうだよね?」
「ヒマワリちゃん…、ヘンだとか、言っちゃダメだよ」
店内では、ゴナンともう2人のキャストとで、女装バー「フローラ」のラウンジの掃除をしている。
1人はヒマワリと名乗る、なかなかの美少年だ。歳はゴナンより少し上だろうか。身長はゴナンと同じくらいで、線が細く声も高めで、化粧をしてドレスを着ると女性にしか見えなくなる。白に近い銀髪に、灰青の色素の薄い瞳を持っており、肌や髪の色素の薄さが似ていたから、化粧の仕方は彼に教わった。
ロベリアと呼ばれたもう1人は、40歳は超していると思われる男性。日中に見ると普通の品のいいおじさんという感じで、ヒマワリいわく「役所に勤めてそうな雰囲気」。茶髪の短髪で、夜はかつらをかぶり化粧をしてラウンジに出る。「女装が好きで、毎日気分によってかつらや服を変えるのが楽しい」からだそうだ。街での暮らし方がまったく分からなかったゴナンに、あれこれ世話してくれたのが彼だ。
もちろん2人とも源氏名で、本名は知らない。ゴナンは寮でこの2人と同室だったため、仲良くなった。
「…そうかな、ヘンかな?」
ゴナンは生まれてこの方、ベッドも部屋もないような家で家族雑魚寝の環境で育ってきたので、その感覚がよく判らない。
「一緒に過ごしたのは1ヵ月くらいの、赤の他人でしょ? 家族でも親戚でもなく。その人を追っかけてきてはるばる田舎から出てきて? デイジーちゃん、大丈夫? 何か騙されてない?」
ヒマワリは、センターで分けた銀髪をかきあげながら、ゴナンに心配そうな視線を向ける。
「リカルドさんはいい人そうだったじゃないか。なんだか学者さんて感じだったね」
ロベリアが低い声で答える。
「…そう、学者なんだ。鳥と卵の研究をしてるって」
「鳥と卵ぉ? なに? 料理人?養鶏?」
キョトンとするヒマワリ。
「…いや、あの、言い伝えの…」
「ああ…」
ヒマワリとロベリアの反応は鈍い。この街では、そんなにメジャーな言い伝えではないのだろうか。そのままゴナンは無言で2人の反応を見ていた。
と、階段から、今起きたらしいリカルドがやってくる。疲れがたまっていたのか、随分遅い目覚めだ。いつものように、黒い長袖の上衣に黒いズボンをはいている。
「こーら、僕は怪しい人ではないよ、えーと、ヒマワリちゃん?」
「ハイ、ヒマワリ、デス。リカルドさん、デイジーちゃんを騙したりしたら、私が許さないからね!」
じぃっとヒマワリを見るリカルド。
「…驚いた。お化粧してなくても、美しいんだね。これで男だとは信じがたいな」
「アリガト。素材もいいんだけど、努力してますから。メンテナンスもいろいろ大変なんですヨ。ぜひ今夜は指名してネ」
何をどうやってるかは企業秘密だけどね、とウインクする。
「え…と、ロベリアさんは、その、落ち着いた雰囲気ですね…」
「はは、無理に褒めなくてもいいですよ、リカルドさん」
ついリカルドも敬語で話してしまう。大人の男性、という感じのロベリア。
「女装が自分に似合っているわけではないのは自覚してます。でも、やっぱり好きなことをして生きていかなきゃあね。この年齢になって、やっと解放されたんですよ、私は」
「そ、人生を謳歌してるって感じ、ロベリアさん。指名のお客さんも多いんだよ~。人生相談の人がほとんどだけど。今夜、指名して、リカルドさんも何か相談するといいよ」
そう散々営業をかけて、ヒマワリはゴミ捨てのために裏方の方へと行った。リカルドは、ずっと無言のゴナンに話しかける。
「…どうしたの?」
「いや…、鳥と卵の話って、街の人はあまり知らない感じなのかなって」
「ああ…。みんなその言い伝えの話は知ってはいるけど、人によるかな? 気にしているか気にしていないか、信じているかどうか」
「ふうん…」
ある意味、人生をかけて村を飛び出してきたゴナンにとって、2人の反応は少し拍子抜けだった。そんなゴナンを見て、リカルドはあることに気付く。
「…あれ、そういえばゴナン、僕があげたあのバンダナは? 気に入らなかった?」
ゴナンは、村で着けていたものと同じ、土色のくたびれたバンダナを巻いている。
「…いや、なんだか使うのがもったいなくて、大事に取ってる…」
「え、いいよ、使ってよ! 使ってくれないと、意味がないじゃない!」
「でも、汚れたらいやだし…」
「汚れたら洗えばいいし、もし破れたりしたらまた新しいのをあげるから。そういえば、服も村で着てたのと同じじゃないか」
「うん、まだ着られるから大丈夫だよ」
「いや、着替えも買おう、これから買いに行こう。ね、バンダナは新しいのを着けてね。準備しよう。すぐ行こう。ナイフちゃん、ゴナンを連れ出すから、よろしく!」
リカルドはいそいそとゴナンを連れて、2階の部屋へと出かける準備に上がる。
「……本当に、昨日から何なのよ、あの人は…」
大声で呼ばれて顔を出したナイフは、ため息交じりに呆れ顔。まだ昼はオフモードで化粧をしておらず、切れ長の目が魅力的な、筋肉質の精悍な男性といった雰囲気だ。
「ちょっと可愛がりすぎじゃない? あの年頃の男の子には、うざったそうだけどなあ…」
ゴミ捨てから戻ってきたヒマワリも引いている。
「ねえナイフちゃん、あの人、大丈夫な人? いるかどうかも分からない鳥と卵を追っかけている夢見る学者で、旅先で出会ったばかりの15歳の男の子囲って溺愛して、って、すごく危ない人に見えるんだけど…」
「囲ってって…。まあ、他の分野で学者としてのキャリアはきちんとある人だから、心配はしないで。鳥と卵に関しては、この10年近く、何も進展はないみたいだけどね…」
ナイフもラウンジに出てきて、掃除のために上げていた椅子を降ろしているロベリアの手伝いをする。
「…ああ、でもこの前、巨大鳥の本物を見たって言ってたわよ」
「へえ…、本物をねぇ…。ますます怪しい…」
ヒマワリはさらに引いている。そんな様子をみてロベリアは楽しそうに笑っていた。
↓次の話
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