連載小説「オボステルラ」 【第二章】39話「鳥か、卵か」(5)
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催涙の煙のダメージでうずくまるロベリアを見て、ヒマワリが卵が入っているらしい袋を持っているのを確認し、抜剣してヒマワリを取り囲む男達。
「……おまえは確か…、ヒマワリ、だったか。あの店のキャストの。お前も卵を狙う1人だったのか」
店に来ていたリーダー格の男が、ヒマワリに声をかける。
「あんた達、探し人してるにしろ、店では演技でも楽しそうにした方がいいよ。怪しすぎ。それに、中身を確認せずに去るのもよくなかったね。いろいろ詰めが甘すぎるんだよ。頭の固い軍人さんはこれだからね」
「……それに関しては耳が痛い。反論できないな」
そう言いながらも、男達はヒマワリに剣を向けじりっと近づいていく。
「だが、今、本物の卵を持っているのが、お前のような華奢な男だ。こちらは軍人が10人。ここからはもう、どうにでもできる」
「……」
ヒマワリは、自身が持つ卵の袋に一瞬、視線を移した。
「……ね、皆さん、そこでちょっと待って。確認がある」
そう言うと、おもむろに袋をどさっと地面に置く。荒々しい動作に、一瞬たじろぐ男達。ヒマワリは首を傾げる。
「何? どうしたの、おじさんたち」
「おい、もっと丁重に扱え。それを渡せ」
「ちょっと待っててってば」
その凄みのある言いように、男達はつい、彼の言う通りに待ってしまう。ヒマワリは袋を下げて卵の姿を露わにした。乳白色の美しい卵だ。帝国の男達だけではなく、リカルドもゴナンも、ナイフさえも、ごくりと息をのむ。
ヒマワリは無表情で、腰のバッグから手のひらサイズの円柱状の物体を取り出した。少し回して操作すると、その物体から発光する。発光石の照明のようだが…。
「へえ、手持ちタイプの発光石の照明だね。こんな小型なもの、初めて見たよ。それなのに光量が強いね。仕掛けはどうなっているんだろう?」
見慣れない機械に、リカルドが思わず興味を持つ。ヒマワリはリカルドに一瞬だけ視線を向け何かを言おうとしたが、やめてすぐに手元に視線を戻した。ゴーグルを額に上げて、発光石のライトを横から卵にくっつけて、卵をじっと見ている。
「…………」
ヒマワリは少し眉をひそめた。そして、卵を袋から完全に取り出し、両手で「よっ」と持って立ち上がる。キョロキョロと何かを探しているようだ。
「?」
「あ、リカルドさん、ゴナン、そこ、ちょっといい?」
ヒマワリはリカルドの脇に来る。大きな岩にゴナンを座らせていたが、ヒマワリはアゴでゴナンに退くように示す。
ムッとしつつも何となくゴナンが言うことを聞くと、おもむろにその岩に、卵をぶつけようと振りかぶった。
大人しく彼の挙動を見守っていた男達は、一気に戦慄した。
「お、おい……!」
「やめろ! 割るのか……?」
その驚きように、リカルド達は何が起こるのかと身構えた。ヒマワリは男達の反応を一瞬、気に留めたが、構わず卵を岩に投げ落とす。
と……。
ガキン、と鈍い音がして、卵は砕け散った。いや、これは…。
「え……、石?」
ナイフが呟く。ヒマワリの足元には、美しく輝く乳白色の石の破片が散らばっていた。
「どういうこと? この石が、『卵』なの?」
「違うよ、ナイフちゃん。これは石で作られたニセモノ。卵じゃない」
「え、じゃあまた、ロベリアちゃんが…?」
そう言ってロベリアの方を見るが、彼もまた、愕然としている。
「……そんなはずはない…。これは、本物のはずだ……」
ナイフは男達に尋ねようとしたが、彼らもまた、動揺していた。
「どういうことだ? 我々の元に搬入されたのは、確かに『これ』だった……」
「まんまとニセモノ掴まされてたってことだよ」
ヒマワリは腕を組み、憮然とする。
「軍が押さえていたものだから今度こそ本物だと思ったのに、またハズレか…。大体、そちらの国の軍では『卵』がちゃんと卵かどうかのチェックはしないの? 本当に、詰めが甘すぎる!」
地団駄を踏んで男達に八つ当たりするヒマワリ。リカルドはかがんで、乳白色の石のかけらをつまんで観察した。
「これは…、ミルクゲートの石だね。西方の国で採れる石だ。確かあちらの方には、巨大鳥の卵に祈りを捧げるような宗教がある地域があったから、もしかしたら、そこで使われていた宗教の道具かご神体かもしれないね」
「そう! 卵にしては異様に重い! ロベリアさん、よくコレ持ってこの距離走れたよね! それにちょっとよく見ればすぐ分かる、これはニセモノのニセモノ! 『ニセモノの本物』は、悪意を持ってもっと本物らしく作られているんだから」
ヒマワリは腹立たしげにまくし立て、足元の石のかけらを踏みしめてさらに粉々にする。リカルドは圧を込めて、ヒマワリに尋ねた。
「これまで何度もニセモノを見て来たかのような口ぶりだね…。そんなに巨大鳥の卵のニセモノが出回っているの? 僕はいろんな国を旅しているけど、そんな話、噂どころか冗談でも一度も聞いたことがないな…」
「……」
うっすら冷たい微笑みを浮かべながら迫るリカルドを、ヒマワリはじっと睨んだ。そしてふう、とため息をつく。
「……ま、用もなくなったし、私はドロンしますネ。サヨウナラ、もう会うこともないと思うけど」
「ドロン?」
そう言ってヒマワリはゴーグルを装着し、また服の中に手を入れて胸を掴んだ。男達はギョッと動揺しているが、見るのが2度目のリカルド達は早めにヒマワリから遠ざかる。
片方残っていた『胸』を取ると、男達の方に投げつけた。催涙の煙があたりを包み、男達は皆、目を押さえ、咳き込み、立っていられなくなった。
「ヒマワリちゃん……!」
リカルドはそう叫んだが、煙の範囲が広く姿が見えない。そして、煙が晴れてしまった後には、彼の姿はどこにもなかった。
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