毒舌 すっぽん三太夫 「『ら抜き』言葉も今や多数派 “正しい日本語”漂流の果て」
二〇一六年に遡る。
あの年の九月のこと。文化庁の発表はいささか衝撃だった。
ついに「ら抜き」言葉が多数派となったという。言葉もまた時代とともに変化するものなのだから、あらゆる「正しい日本語」も、時間の流れのなかでは所詮は暫定的なものでしかないのかもしれない。
それを十分に理解したうえで、しかしどうしても気になってしまうものがあった。
「づつ」なる表記である。
これが都内から地方まで広範囲に増殖著しい。
表記や標識では決して多くはないが、とりわけ駐車場の入り口などで眼につく。
機械式駐車場へ入る際の発券機の脇などにこんな表示がある。
「一台づつ…」
ある時期以降、地下駐車場や入庫ゲートの前に貼られたこの表示では、いつの間にか、「一台づつ」が目に付くようになった。
そして、高速道路…。
ETCゲートの入り口や出口にもまた「一台づつ」と看板が立つ。
もとより、数台まとめて入庫できる間口でもないのだが、場合によってはオートバイなどが入場することも考慮しているのかもしれない。ご丁寧に「一台づつ」との指示がそこかしこに目に付くようになったのだ。
これが気になって仕方ない。
「一台ずつ」ではないのか、と。
一度眼につくと、次々に意識に飛び込んでくる。郊外の大規模スーパーの駐車場をはじめ、今や洗練された繁華街・六本木を代表するビルの地下パーキングまで、公営私営を問わず、ら抜き言葉同様、今や「づつ」こそが多数派ではないかと思えるほどに展開されている。
当初はいちいち、駐車場の管理人に告げていたのだが、言われているほうも、えっ、そうでしたっけ、と一様に確信がもてないそぶり。
辞書を引いても、最近では「づつ」でも誤りではないとまで記しているものもある。
もちろん、言葉は生き物だから、変化して当然。いよいよ「ずつ」が「づつ」になってきたのだ。昭和生まれの小生もいよいよ前世代になりつつあるのだ、との覚悟を決めていた先頃、どうにも我慢ならない場所にさしかかった。
中央高速道路長坂料金所である。清里への行楽や八ヶ岳への登山などでも利用することの多い料金所だが、このETCゲートの脇にやはり、「一台づつ」の看板が立っているのが目に入った。
またか、と大きくため息をつきつつも、ゲートを抜けた小生の血圧は一気に上昇した。
一般道に接続したフェンスに、車中から見えるように大きく、こう謳われていた。
「一流のいなか町」と。
八ヶ岳への玄関口である北杜市は「一流のいなか町」を準公式標語なみに、あらゆる場面で謳っている。
それを見て、余計なお世話も甚だしい正義心がうずいてしまった。
「一流のいなか町」に「一台づつ」はヨロシクないな、と。これを指摘せずに見過ごせば、このままでは…。
車を停め、ご苦労にも料金所脇の中日本高速道路の詰め所に立ち入った小生はこう告げた。
「三流のいなか町になってしまうじゃないの」
きょとんとする所長以下、職員一同に、誤字のある看板をなんとかしたらどうかと詰め寄ると、気の利いた職員が会話の傍らで、すでに辞書をくくっていた。
「あっ、ほんとだっ」
辞書を廻し読む所長以下、職員一同。
あはぁー、と声にならないうめき声を上げる所長以下一同。
地域の統括事務所のある甲府にすぐに連絡して報告します、との返事。
なにしろ、場所は北杜市、一流のいなか町―であると同時に、すぐ裏手には、国語学の碩学、故・金田一春彦の名前を冠した図書館まであるのだ。
金田一先生も草葉の陰から、さすがに「づつ」では嘆かれておられるでしょう、としったかもいい繰り言を声高に叫び、詰め所を出た。
それから一年…、再び夏がやってきた。
再び、八ヶ岳へと、長坂料金所を降りた。と、そこに懐かしの看板。おっ、と一年前の風景はと看板を見やれば、なおもあのまま。
一般道に出る手前の信号機脇には、またもや、一流のいなか町との大きな標語。これはいけない、と再び詰め所へ。
あなたたち、この一年間、直してないじゃないの、と問うと。
「甲府のほうにはちゃんと報告したんですが…」
「ちがうちがう、報告をしても仕事は終わらないの、それは一流じゃないの」
我が身の常々の仕事ぶりを棚に上げて、図々しいにもほどがある猛々しさで詰め寄った。
その場から甲府の本部に電話をかけると、「看板を取り替える予算が…」と、なにやら切実さを訴える。
「看板取り替えないで、誤字の部分だけ、上から何か貼ればいいじゃない。だって、ここは一流のいなか町なんだよ。これじゃあ、北杜市の玄関である高速の出口で、二流だって思われちゃうじゃないの」
調子づいてきた小生は、かつての道路公団改革までを持ち出し、甲府を説得。
その直後、長坂料金所の看板には、「ず」が貼り付けられ、無事に修正がなされたのである。
山梨随一の別荘地を抱える北杜市は今や、別荘だけでなく移住人気も高い。
一流のいなか町として、観光・登山客から別荘住人までを迎える人々が皆、「一台ずつ」高速を降りていくのである。
あれから七年…。長坂インターの看板で上から修正された「ずつ」のシールは経年変化ゆえか剥がれ落ち、再び「づつ」へと戻ったのだった。
戻るべくして戻ったのだろう。そして誰もそれに違和感を感じないのだから、それもまた、支持されているのだと、そう見なすべきなのかもしれない。
言葉が変化するものだとすれば、それもまた是なり、か。