ひき逃げされた時の話
高校生の時に信号無視をした男が運転する赤いスポーツカーに引かれたことがある。男は、車を降りることなくそのまま立ち去った。
朝の通勤通学時間での出来事だったため、わたしの周りにいた大人のみなさまが警察に連絡してくれたり救急車を手配してくれた。自転車が大きくひしゃげてしまったことをわたしはその時1番心配していた。一見無傷で元気そうだが、きちんと病院で検査をしなければいけないということになった。生まれて初めて救急車に乗った。
搬送された先は、あそこはヤブ医者だと地元でも有名な病院であった。
まだ早い時間だったので一般の外来患者は居らず、薄暗い病院の中を車椅子で移動した。車椅子も初めて乗ったのだが、なんだか大袈裟なのではと思った。自分で歩けると言ったが、ダメだった。
レントゲンを撮るからこれに着替えてね、と服を渡された。よくある紐で留めるタイプの前合わせの服だ。
わたしはなんの迷いなく、前後ろ逆に着た。
漫画のおぼっちゃまくんに出てくる、びんぼっちゃまのようだった。首はつまり、背中側はがら空きである。
当時のわたしはその様子を特におかしいと思うことはなく、紐を結ぼうと試みた。当然だが結べない。手が届かないのである。これはもうレントゲンを撮ってくれる人に頼めばいいや。そう思い、その格好で機材のある部屋にそそくさと向かった。
突然びんぼっちゃまが入室したことに、レントゲンをとる準備をしていた女性は度肝を抜かれたと思う。笑いを堪えながら
「…前と後ろ、逆です」
と言った。
「ああ、だからか」
紐が結べないことにやっと合点がいく。
大きな怪我などはしていないが、気は大きく動転していたのかもしれない。
レントゲンの結果どこにも骨折などはなく、脳波にも異常はなかった。ワイパーの形に頭皮が腫れ、首が痛くなるのは何日か経ってからであった。
その後何度か犯人検挙のため、警察署へ行った。父が車関係の仕事をしていた。その娘なら車に詳しいだろうという警察の方の期待をよそに、馬鹿の一つ覚えのように赤いスポーツカーだった、と繰り返すわたしにガッカリしていたような気がする。ナンバーも、いつか事故にあった時は語呂合わせで覚えてやる!と息巻いていても、所詮は見ちゃいなかったのである。完全なる役立たずであった。
最終的にどうなったかといえば、わたしを引いた犯人はわりとすぐに見つかった。日本の警察は凄いなぁと本当に感心したのを覚えている。その犯人が私を引いた時と全く同じ赤いスポーツカーに乗って、最中をお詫びの品に持ってきた時は、なんてデリカシーがないやつwと思った。
母は怒り、犯人の男を追い返していた。
その後犯人がどうなったのか、どういったやり取りがあったかの詳細は省くが、わたしといえば、新しい自転車でまた元気に通学することとなった。
社会人になってからは健康診断が年に一度ある。レントゲンも項目に含まれている。
「間違えようがないわ」
正しく着替えたわたしは、レントゲンを撮りに向かった。
(今現在、個人情報保護などの観点から住所などは教えたりしてないかもしれない。今からもう何十年も前の話である)