もう「自分が好きな人生を選ばない言い訳」を、やめる。
先日、自分の好きな人生を選ぶために、すべてを捨てて、新しい人生に飛び込んだ友人に会った。
帰り道、その日芽生えた揺れ動く想いを忘れたくなくて、この気持ちを文章に残しておこう、と思った。
後から振り返ったら恥ずかしくなってしまいそうだったけれど、ここに書いたことが叶った時、「あの時、書いておいてよかった」と思えるように、言葉にしておこうと思う。ふわふわとした意識の中で、たしかに芽生えた、強い想いについて。
いつも前を向かせてくれる、彼女の生き方
料理人で、休みの日が全く合わない彼女とは、数ヶ月に一度、わたしが休みを取る形で継続的に会っている。
その日もわたしは平日に休みを取って、お互いに気になっていたお店を何軒か回り、久しぶりに丸一日、一緒に過ごしていた。
彼女と一緒にいると、自然と仕事やこれからの生き方の話になる。
彼女はわたしの友人の中で一番早くに結婚していて、同時に自分の夢も叶えている、同世代の中で「もっとも早く、すべてを手に入れた人」だった。
「もっとも早く」というのは、言葉そのままの意味で、彼女が楽をしたとか、正当ではない道のりを辿っていたとか、そういう意味合いは一切ない。
むしろ彼女はわたしの知っている友人の中では誰よりも苦労している人で、彼女の努力する姿は、ここ数年間、わたしの心の支えにすらなっていた。
他人のSNSを見て心が苦しくなるような時も、彼女の投稿だけは毎日見ていた。彼女が努力している姿を見ると、「よし、わたしも頑張ろう」と素直に思うことができた。
わたしのもやもやした心を浄化して、いつも前だけを向かせてくれるのが、彼女だった。
そんな彼女は、好きなことを仕事にしているから、休みの日の趣味や勉強も仕事につながっていて、「趣味がないのが悩み」だと言う。
これは、彼女の口からよく聞く言葉だった。
趣味があまりにも多く、どれも中途半端なわたしにとっては、仕事と趣味の境界線がなく、人生の時間のほぼすべてを好きなことで埋め尽くしている彼女の生き方が、ほんの少しだけ、眩しく感じることもあった。
言われる前から、彼女が誰か、わかってしまった。
この日、最後に訪れたのは彼女の行きつけのお店だった。
彼女が親しくしている店員さんがお店を辞める前の最後のイベントで、この日わたしたちが会った一番の目的は、ここを訪れることだった。
駅から15分くらい歩いたところにそのお店はあった。
少し薄暗い、店内。
木の扉を押して開けると、目の前には背丈の高い、緑や白、紅色の華やかな草花が、テーブルの上に飾られている。
扉を開ける前からお店の中が賑わっているのがわかるほど、明るいエネルギーが外まで溢れていて、なぜか少し、扉に触れるのを躊躇した。
彼女の後に続いてお店に足を踏み入れたとき、わたしはその店員さんがどの女性なのか、すぐにわかってしまった。
その人は一際明るく、店内に響く高い声で、店内のお客さんたちと楽しそうに談笑していた。
小柄な人だった。オーバーサイズのベージュのブラウスと、わたしが普段履かないような、ゆるっとしたパンツを身につけている。
彼女はまるで、明るい芝生の上を思うまま駆け回る子山羊のような、そんな軽やかで健康的な印象を受けた。
「あ〜!来てくれて、ありがとう!」
わたしの友人に対して明るい笑顔で話しかける彼女を見た瞬間、「あ、この人、素敵だ」という感情が、心にすとんと落ちてきた。
想像していたよりも若く、近くでよく見ると、わたしとそんなに歳も変わらないように見えた。
憧れの人の、憧れの人。
なぜか女性から目が離せなくて、ワインを飲みながら、グラス越しに彼女の動く姿を眺める。
一杯、二杯とグラスが空になっても、わたしはずっと、視界の隅でその姿を捉えていた。
しばらく彼女に釘付けになっていたら、友人がぼそっと呟いた。
「わたし、あの人に出会って、自分ももっと頑張れるんじゃないかって、思ったんだよね。」
夏にソムリエの資格を取ろうとしている彼女は、おいしいものをただ一緒に食べていた時の彼女とは、全く違う空気を纏っていた。
「あの人、わたしと一歳しか違わないのに、ソムリエの資格持ってて。こうしてお店で働きながら、自分の好きなものを作って、伝えて。彼女に出会って、わたしにもできるかもしれないって、初めて思ったの。」
目が違うんだ、と思った。
今、目の前にいる彼女は、自分の好きなものを仕事にしていて、誰かの幸せのために、日々自分の身体を最大限に動かし、命を燃やしている人の、顔だった。
そんな彼女が、憧れている人。
わたしはたぶん、このお店に来た時から、わかっていた。
彼女の口からその言葉が出てこなかったとしても、今と同じような感情を抱いていたのだろうな、ということを。
きっとあの人は、このお店を辞めてもずっと、多くの人に愛され続けるのだろう。
どこにいても、何をしていても、彼女の周りにはたくさんの人が集まって、その空間には笑顔が溢れているのだろうな、と。
その人には、それほど人の心を強く惹きつける、何かがあった。
泣き出しそうになるくらい切実な、剥き出しの想い。
わたしも、彼女みたいになりたい。
自分の存在そのままを、好きだと、価値だと思ってもらえるような、そんな人になりたい。
強い感情が心を大きく揺さぶって、頭がくらくらした。
お昼から立て続けに飲んでいたワインのせいかもしれなかったけど、それ以上に、燃えるような感情が心の底で蠢くのを、全身で感じていた。
もっと、自分が好きな自分になりたい。
自分が好きだと、素敵だなと思う人たちに、好きだと、素敵だなと思ってもらえるような、自分になりたい。
その感情に気づいたら、もう、いても経ってもいられなくなった。
気づくとわたしは、ふつふつと湧き上がってきた想いを、彼女に向かって語り出していた。
「自分が好きなものや人、空間の魅力を、自分の言葉で伝えていきたい。」
「もっとできることを増やして、好きな人たちの、役に立ちたい。」
酔いがわたしの感情の蓋を緩めたのか、するすると言葉が口をつく。
どれも、つるんと剥き出しの本心だった。
ほとんど泣き出しそうになるくらい、切実な、想いだった。
彼女はそんなわたしの言葉を、うんうん、と優しく頷きながら聞いてくれた。
もしかするとお互い、ほどよく酔っていたのかもしれない。
彼女もこれからやりたいことや、最近考えていること、未来の話を、ゆっくりと語り出した。
「いつか一緒に、何かできるといいねえ。」
ワイングラスを傾け、最後の一口を流し込むのと同時に、彼女は穏やかな目をしてそう言った。
その言葉が、なんだか胸にじいんと染みた。
努力したい。努力しよう。
好きな人たちのために。自分の好きな、自分になるために。
心が千切れそうになるくらい強く、何度も、何度も心に言葉を刻んだ。
好きなことを仕事にしない言い訳を、していた。
今までわたしは、「自分が好きなこと」は趣味にして、「誰かの価値になること」を仕事にする、そんな風に、好きなことと仕事にすることを、分けて考えてきたんだな、と、この夜を通して気づいた。
だけど、彼女のように、好きなことを仕事にする友人たちが周りに増えてきてからは、古傷がたまにズキズキと痛むような小さな違和感が、時折心に芽生えてくるのを感じていた。
わたしもいつか、好きなことを仕事にしたい。
そんな、夢とも希望ともつかない想いが、だんだんと積もって、もう、無視できないくらいに大きくなっているんだな、と思った。
「本業に、集中しなきゃ。」
「まずは誰かのためになることをして、社会に貢献しなきゃ。」
そんな想いを心にぎゅうぎゅう詰め込んで、たしかにわたしは、努力を続けてきた。
だけど今のわたしの中には、「それってただの言い訳だったんじゃない?」と鋭く問いかけてくる、自分がいる。
好きなことを仕事にしない、言い訳。
好きなことでは食べていけないという、諦め。
そんな、逃げ腰の自分に都合のいい、偽りの感情たちが、自分の本当の想いを心の奥底に閉じ込め、蓋をして、わたしはそれに、気づかないふりをしていた。
わたしはもう、好きなことを仕事にすることができる、ということを、知っている。
どちらか一つを選ぶ必要なんてないことも、両方を選べないのは自分に努力が足りないからだということも、知っている。
「できるか、できないか」じゃなくて、「やるか、やらないか」の二択であることを、そろそろ認めるべきなんだ。
もう一人の自分が、真っ直ぐな目をして、わたしにそう伝えていた。
「心が動いた」瞬間を信じて、自分の好きな自分を生きたい。
人生は、まだまだ長い。
二十代の折り返しと言ったって、人生百年生きるとしたら、まだ、四分の一にしか満たない。
だとしたら、わたしはこれから、何者にもなれるんじゃないだろうか。
新しいことをはじめるのも、知らない世界に飛び込むのも、もう遅いなんてことは、ない。それだって、年齢を盾にした、正当化に過ぎない。
本業で成果を早く出さなきゃいけないからとか、お金にならないからとか、そんなものは、ちっぽけすぎる言い訳だ。
もちろんこれが夢や理想で終わらないためには、地道に日々の小さな変化を積み重ねていくしかないし、その地味な苦しさに、今まで以上に、わたしは打ち勝たなきゃいけない。
だけど、それ以上に、今、心が大きく動いている。
心が動いたら、やる。
そこには、やらない理由なんてない。
それが口癖だったわたしは、しばらくどこかに行っていたみたいだ。
だけど、ようやくここに、戻ってきてくれた。
そう思ったら、心に春風が勢いよく吹いてくるみたいな、新鮮で、眩しいくらい明るい気持ちがこみ上げてきた。
いつからでも、いくらでも、自分の好きな自分になることはできる。
好きな生き方を、選ぶことができる。
「頑張ろう。」
さっきまで目の前に座っていた彼女の言葉と、自分の声が重なる。
その時ふと、もしかするとみんな、必死にもがいているのかもしれないな、と思った。
そう思うとなんだか心強く感じて、わたしは春の夜道を、いつもより大きな歩幅で、歩いた。
この気持ちを忘れないように、身体に染み込ませるように、一歩一歩、力強く。
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