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ドイツ滞在記~【紛失データ哀悼記③】マルタ・ミヌヒン「本のパルテノン」~Marta Minujin「Parthenon of Books」

本のパルテノンの話、の前に。

 データ復旧業者に持ち込みをすべく改めて問い合わせたところ、2つの業者から「Rスタジオ」という復旧ソフトをお勧めされる。これで出なければ業者でも無理とのことである。実質、お勧めしつつの門前払いである。復旧業者のサイトに出てくる「データ復旧率」とうのはあくまで請け負った中での話であり、今回の私のようなケースは「復旧できなかった率」にカウントされない。
 ですよね。90何パーも復旧できるわけねえっすよね。
「10年後に復旧技術が上がって復旧できるようになるとかってあり得ますかね・・・?」というド素人の質問に、「これで出なければ、もうデータが存在しないということですから・・・」と丁寧に答えてくださった窓口の方、ご対応ありがとうございました。自業自得でやさぐれておりますが、対応には満足しております。復旧ソフト、ためしてみました。ほかのソフトで出なかった画像まで確かに出てきました。けれど欲しかったデータは皆無でした。
 諦めがつきかけては、寝入りばなに後悔におそわれて悶々とするという状況が続いており、「何かで読んだ喪の作業ってのがこんなんだった気がする・・・」と思い出したりしている。なんであの時点でデータを振り返らなかったんです自分?と自分に問いかけては胃がきゅううううううとなる。泣きそうになるのに涙が出ない代わりに吐きそうになる。
「データ哀悼記」は喪の作業である。私自身の記憶がふっとぶ前に、なんとしてでも書き上げなければと、16ギガのSDカードに胸をかき乱されながら思うのである。


ドクメンタの記録その1「本のパルテノン」

 「本のパルテノン」に到着すると、すでにそこには長蛇の列ができており、私はその最後尾に並んだ。日本人はよく並ぶと言われがちだが、ドイツ人だって並んでいる。ベルリンでは日本人の経営するラーメン屋に並んだ。けれど高速バスのターミナルや電車では「ドイツ人並ばねえな」と思う。スーパーのレジは人手不足なのか、頻繁に長蛇の列ができている。それでもレジの従業員は慌てない、急がない。急いでいるのかもしれないが、日本式のレジパートさんを見慣れている自分には、だいぶゆっくりしているように見える。まだ結構かかりそうだと思いながら、大量の商品を抱えた人の後ろにペットボトル1本だけ持って並んでいたりすると、「先どうぞ」と譲ってもらえたりする。そういうことがよくある。似ているようで微妙に違う、日独の行列事情である。本のパルテノンの行列には、ドイツ人だけでなく、アジア系の人間も多かったように思う。

 「ドクメンタ14」で検索すると、「本のパルテノン」の前で笑顔でポーズを決める彼女の写真が出てくる。レーザービームも跳ね返しそうな個性的で重量感のある近未来的なサングラスを身につけた、白金色の髪を肩まで垂らした女性である。年齢と髪の色のせいか、私の頭の中では黒田夏子さんとイメージがかぶっていたのだが、改めてお二人を画像検索したらだいぶ違った。おそらく自分の中で「年輩でめちゃくちゃかっこいい女性」という枠の中でまとめられたせいで、自分の中でのイメージが似通ってしまったのかもしれない。
マルタミヌヒンは1943年生まれ75歳、黒田さんは1937年生まれの81歳である。えっ、黒田さんもう80になられてたんですか、と今ググってびっくりしている。abさんご受賞時が75歳であった。あの衝撃からもう6年経ってるとか嘘でしょう、と自分の年齢を数えて青くなる。abさんご最高でした。累成体明寂の復刊はよ。

 話が脱線しすぎているが、今回書きたいのは「表現の自由」の話である。
 マルタ・ミヌヒンの「本のパルテノン」が「表現の自由」と「民主主義」を体現したものであることは前回述べた。だが、私はこの作品を見ながら、これをどう受け止めるべきか考え込んでしまったのである。
 マルタ・ミヌヒンがブエノスアイレスに「本のパルテノン」を建てたのは、軍事政権による独裁が終わった年、いわゆる「汚い戦争(Guerra Sucia)」が終わった年である。軍事政権下のアルゼンチンでは、「表現の自由」は権力によって抑圧されている状態であった。アルゼンチンのカトリック教会までもが軍事政権に協力し、教会内では「国を愛せ」という教育が行われ、それに反対する者、その疑いがあると判断された者は捕らえられ、拷問され、殺害された。1876年の軍事政権によるクーデターから、それが終わるまでの1983年の間に殺害された人は三万人にのぼると言われている。
 と、いうのはすべてたった今ウィキペディアで調べて書いたことなので、興味のある人は鵜呑みにせずに自力で調べていただきたい。
 そういった背景のあったアルゼンチンと今の欧州とでは、状況が全く違うのではないか――。
 ドイツの観光地カッセルに建てられたパルテノンを見ながら、私はそんなことを考えていたのである。
 なにより、欧州ではシャルリーエブドの事件があった後である。
 ちょうどそのころ、ツイッター廃人(ROM専)の私は「表現の自由」に関する様々な意見を目にしていた。日本語で流れてくる情報では、「表現の自由」ということを訴えながら、ヘイトスピーチすら表現の自由だとするような声も少なくなかった。インターネット上の情報ばかり見ているので、情報源が偏ってはいるのだが、マイノリティを迫害したりヘイトスピーチをする自由なんてない、というのが私の立場である。そして、ヘイトと諷刺は全く違う(けれどそれをシンプルに区別することはなかなか難しい)と考える。
 シャルリーエブドのイスラム教に対する嘲笑的な書き方、最近ではイタリア地震に対するイラストが批判を呼んでいたが、ああいったものが諷刺であるとは、私は思えなかった。テロには屈しない。ペンは暴力に屈しない。けれどそのペンの暴力性は批判されるべきであるし、むしろ私の興味はそちらにあった。暴力的な表現と表現の自由とのきわどいバランスについて、である。
 日本にいると、イスラム教徒というものをぼんやりとまとめてくくってしまいがちだが、イスラム教徒といってもさまざまである。外から見て顕著なのは女性の服装だが、ヒジャブだけの人もいれば、全身を布で覆い隠す人もいる。日本では、ISやタリバンなどの情報が際だって報道されがちだが、ドイツでは当たり前の隣人という感覚である。当然だが、仏教徒は遙かにマイノリティである。神道となるともはや日本の土着宗教である。
 たとえとして適切かどうか心許ないのだが、仏教の流派を名乗る極端な新興宗教を批判するために、チベットから日本までひとくくりに「仏教徒」として批判されたら理不尽だろう。欧州では、数が増えてきているとはいえ、アジア人はまだまだマイノリティである。逆に脅威を感じられるほどの数ではないからこそ、今のところ「アジア人ヘイト」といったものが露骨に表に出てきていないのではとも思う。(移民に対するヘイトやそういった排他デモなどはあり、もちろんその中に日中韓も含まれているのだろうが、アジア人だけをねらい打ちにしたものは現時点では見えない、かつては日系人に対する差別もあり、また個別ではアジア人差別と感じることもなくはないが、大きな「排他運動」は見られないという意味で)
 トランプ政権に変わってから、アメリカでもヒジャブをかぶった女性への攻撃があったと聞くし、ドレスデンでは毎週のように排他デモが行われている。そういう時代において、欧州において「表現の自由」と「民主主義」を訴えるこの芸術は、どういう意味を持つのだろうか・・・。
 列に並びながら、私はそんなことを考えていたのである。

 ドクメンタが終わってから、私はカッセルに行くきっかけを与えてくれた知人にこの疑問をぶつけてみた。それに対する彼女の返事を見て、私は少し考えを改めた。改めた、というか、考えを進めることができた。

 それについては、最後に書こうかと思っている。が、行き当たりばったりで書いているので次に書いてしまうかもしれない。
 ドクメンタ全体に対してのひっかかりもあることはあるので、個別の作品についての情報をさらってから、最後にまとめて書いたほうがいいかなと考え中である。

 さて、配布された禁書だが、どんな風に配布されたかというと、ビニールにパッキングされた状態足下に大量に置かれた本を各自が拾っていくという形であった。上の写真がその光景である。ナチ時代に焚書や発禁処分にされた本10万冊とのことだったが、10万種類もの本があるわけではなく、同じ本がかなり大量に並んでいた。カフカ多すぎ、トワイライト多すぎ、と思いながら、本の配布場所と化したパルテノンの中に入る。
 さて、この本だが一日に配布する冊数を決めているにも関わらず、おひとり様何冊までというルールがない。今回の本の配布に限らずドイツは日本と比べてこういったルールや整備が非常に雑である。少なくとも自分にはそう見える。ルールがないならないで、各々の良心とマナーで適当な冊数になるのかしら、と思いつつ周りを伺うと、みなさん遠慮も容赦もなくお持ち帰りしていらっしゃる。
 その量はえげつなくないですか・・・と大量の本を持ち帰る人たちの背中を眺めつつ、一旅行客にすぎない日本人の私は3冊の本を選んだ。
 内容もわからず持って帰って、ベルリンに戻ってからドイツ語教師に見せると、1冊はスペイン語の共産党宣言、ほか2つは英語の本であった。ドイツ語の本を選び損ねるとはこれいかに。
 共産党宣言めっちゃあったなあ、と思いつつ、日本まで持って帰ってきた三冊の本を前に、ナチ時代に焚書が行われたというベルリンのベーベル広場に思いを馳せたりしている。

「紛失データ哀悼記」記事一覧はこちら↓
https://note.mu/nanami_s/m/m246d394331b8

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