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結婚祝いに、レシピラックに本を詰めて贈ったよという話

仕事で知り合って、プライベートでもときどきご飯に行く人がいる。なんとなーくですますとため口が8:2くらいで話しているけれど、ちょっと踏み出して友達って言ってもいいんだろうな、そう言ったらきっと喜んでくれるんだろうな、という仲の。

少し前に彼女から連絡をもらったとき、(たぶん、近々ご結婚されるんだな)と気づいた。そういう報告を、きちんとするひとなのだ。だから約束した日にお花を買っていこうか随分悩んだのだけど、その日は暑かったから、結局花屋の前は素通りしてしまった。
もぐもぐ食事を楽しみながら予想通り嬉しいおしらせを聞いて、お祝いに何を贈ろう? とそわそわ考えはじめた。やんわり尋ねてみたけれど、家電の類いは遠慮されてしまったし、お皿もマグカップも宛てがありそうだった。

次はカフェでランチしましょ、と約束した日が近づくまでの間、結婚祝いの品を悩みつつ出掛けた本屋で、すとんと思った。

やっぱり、私に一番できるのは本を選ぶことだ。

はじめは、レシピ本の詰め合わせがいいかもと思った。結婚後は少し遠いところへ行く彼女が、料理に力を入れたいと話していたから。でも、いざ探しはじめると、作り置きとか時短とか……もしくは修道院のレシピとか、ついそういう本ばかり手に取ってしまう。好きなんだけど、今回はちょっと違う。だからレシピ本は一冊に絞って、そのかわり新生活に使えそうで、たぶん他の贈り物とかぶりにくいだろうレシピラックに本を詰めることにした。

まずはレシピ本を一冊

土井先生の本をご家族にプレゼントされたというお話を聞いていたので、レシピ本ならお菓子かパンにしようかな……と考えるうちに、「ジャムとか作ってみたいですね」という話をしたことや以前お土産にすてきなクロワッサンをくださったことを思い出した。そこで選んだのが、福田里香『季節の果物でジャムを炊く』(立東舎)。『まんがキッチン』で知って以来、ひっそり好きな菓子研究家の方で、『いちじく好きのためのレシピ』(文化出版局)にはばきゅんと胸を撃ち抜かれました。

お次はレシピ本の隣に並べたい一冊を 

レシピ本は一冊だけ……と決めたものの、最初に思いついた「いろんなレシピ本をレシピラックにすきっと詰めて贈る」イメージを忘れられないでいた。『季節の果物でジャムを炊く』を選んでからも、しばらく596を割り当てられる本が並ぶ棚の周りをぐるぐる回っていた。
レシピ本を選ぶのは、結構かなり難しいことだ。そして私は食べるほうがうんと得意なので、たくさん選ぶには力が及ばない……とようやくふんぎりをつけて、私なりのセレクトとして石井好子『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』(河出文庫)を棚から抜いた。
書名がまずもう絶対的に素敵なこの料理エッセイは、はじめて読んだときも読み返すときも、私にとってはどこか不思議な手触りを感じる本でもある。バタをたっぷり入れたオムレツの、あの文章だからこそ感じるイメージがずっと好き。あの飾り気のないすきっとした文章に「バタ」とか「キャフェテリア」ということばが自然に綴られているのも、好きなところ。

その次は、ぱっと開いたところから読んでも楽しい本

はじめから、どこから読んでも楽しめる、目で見て楽しめる本を一冊入れようと決めていた。カメラが好きなひとだから、写真集もいいかなと色々見たけれど、しっくりくるものがなかなかなくて、Twitterで知って気になっていた本を見に向かった。丁寧で繊細で、何より情感のあるタッチで描かれた石の絵とその温度にちょうどいい、でも浪漫のある解説文が見開き一頁に配された矢作ちはる・内田有美『石の辞典』(雷鳥社)がとても素敵だったので、すぐこれにしようと決めた。自分用にも一冊買うつもり。
併せて、うつくしい鉱石の写真と物語を味わえる長野まゆみ『鉱石倶楽部』(文春文庫)を添えたかったのだけど、こちらは最寄りの書店では在庫がなかったので、いつか紹介したいなと思っている。

ならその後には、眺めても想像しても味わえる本を

鉱石倶楽部』が棚になくてしょんぼりしたので、『石の辞典』がぱっと開いたところだけを読んでも楽しい本ならば、もう少し物語性であったり想像がふくらむような本を一冊選ぼう、と考えた。
思いつくのは、やっぱりクラフト・エヴィング商會の本だった。王道に『クラウド・コレクター』?(でもあの本はハードカバー版を贈りたくなってしまう)、本好きとしては『おかしな本棚』?(でも、彼女の一冊目のクラフト・エヴィング商會はこれではない気がする)と悩んで、『アナ・トレントの鞄』(新潮社)を選んだ。ありそうでない、でもないようでどこかにはありそうな、クラフト・エヴィング商會のあのじっくりと味わいたい品々や世界観と出会ってほしいなと思って。写真が好きなひとだから、あの世界の空気ごと切り取ったような写真の良さもより感じ取ってくれるはず。

一冊だけ漫画を混ぜるならこの本がいい

一冊だけ漫画を混ぜるとしたら、どれがいいだろう。シリーズよりも、一冊完結がいい。そう考えて選んだのは、川原泉『美貌の果実』(白泉社文庫)だった。眠れない夜に川原泉を読むと、そのさみしさに寄り添ってくれるような、程よい距離感のあたたかさにほっとする。世代的に、たぶん本好き・漫画好きでなかったら手に取る機会が少ないかもしれないな、というのも決め手だった。短編集だから、ひとつ摘まみ読むのにもいい。『美貌の果実』と『フロイト1/2』は傑作しかない短編集で(いえ川原泉作品はいつだって傑作揃いですが……)特に『美貌の果実』は手にとる度に、読めてしあわせだなあとしみじみ思っている。

最後に、私の名刺代わりの本を一冊

ほかの本は彼女のことを思い浮かべながら選んだけど、佐々木丸美『崖の館』(創元推理文庫)だけは少し違う。
お祝いで贈り物だけれど、一冊だけ、私のわがままを入れよう。
一冊、また一冊と腕の中に本を増やしていくうちに、そう思いついたから。この本が、お祝いに相応しいかはわからない。結末を思い浮かべると、ぴったりではなさそう……とも思う。それでも、中に描かれているものは彼女に伝わると思ったし、何より「一番好きな作家は?」と問われたら「佐々木丸美です」と答える私を、仲よしだけれど程よい距離のある、仕事で知り合った彼女に改めて紹介するのなら、この本がいいと思った。

後はレシピラックに詰めてサンドイッチを添えるだけ

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ぽちったレシピラックが届いたのは、お祝いを渡す前日のことだった。これが想像していた以上に重たくて、果たして手渡してもいいもの……?? とずいぶん悩んだ。でもでも、マグネットで冷蔵庫にくっつくし、白でデザインもシンプルだから邪魔にならないし、本が映えるし(重要)、縦横両方で使えるし、重いのは造りがしっかりしているということよね……。と、あれこれ入れ方を工夫しながら本を詰めてOPP袋に入れ、せめてもと一番軽そうなクラフトバッグに入れた。しかしやっぱり、めちゃくちゃ重かった。
よく忘れてしまいがちだけど、本ってそもそも、少し数が増えると重たいものだった。そうでした。そうでしたね!!(※本好きは本の重さを幸せに還元しがちなので、重さについてはなかなか脳が正当に処理してくれない。)

クラフトバッグには、「ほんとうに重いですよね……」というお詫びと、↑に書いたような本の紹介をさらっと書いた手紙を添えた。おいしいものを食べることが好きで仲良くなった彼女への手紙には、見つけたときに飛び上がってしまったほど可愛い、古川紙工のサンドイッチレターがいいなと思って。手前のパンをぱたんとひらくと中に手紙が書けるようになっている。たまごサンドとカツサンドを一枚ずつ使った。かわゆい。

そんなこんなで紙袋の重たさに震えながら迎えた約束の日、おいしくランチをいただいた後、「ものすごく重いんですけど……」と何度も言い訳をしながら、そっと重たい紙袋を渡した。目の前で一冊一冊手に取って、「これは私より先に母が読みそうです」とか「全然知らない本ばかり!」と言う彼女を、隣の席に座っていた人たちが不思議そうに何度か見たくらい、心配していたのが嘘みたいに喜んでもらえた。私も、とても嬉しかった。彼女はとても素直で、何を贈ってもきっと喜んでくれるようなひとなのだけれど、だからこそ、私なりの一番いい贈り物をしたかったから。

本は値段が分かってしまう贈り物だし(かといって、本にシールを貼ることは信仰上出来ない)、全部ひっくるめても「いわゆるご結婚祝い」としては手頃過ぎるのかなあと悩んだりもしたけれど。びっくりするくらい喜んでくれた彼女の様子を見て、まだ程よい遠慮もある私と彼女の関係には、そのくらいのささやかで大仰すぎない贈り物がちょうどよかったんじゃないかな、と思えた。嬉しかったな。あと、たぶん車で来るだろうから……という予想が当たっていて、本当によかった。ほっとした。

後日お会いしたときにパートナーの方にもご挨拶したのだけど、初対面なのにすごく楽しくてずっと笑ってしまったし、ふたりで並んでいるのがとっても自然でお似合いだった。親しいひとの嬉しい報せは幸せな気持ちになるし、ただただ嬉しい。

新しい生活の中で、プレゼントした本が何でもない時間の隙間を埋めてくれたり、日々のささやかなうるおいになってくれたらいいな、と思っている。(まあ、また近いうちにご飯するんですけれどね!)

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