砂鯨を追う 八砂目 砂の海へ
オリジナル長編。
一砂目、七砂目
マガジンもまとめてあります。
遠い銀河の果の物語。宜しければお付き合いくださいね。
僕達は武器屋のマスターから必要なものを受け取る。
それぞれが両手にいっぱいの荷物を持った。
「そうそう、聞きたかったんだけど、先生は、なんで砂鯨の事知ってるんだい?」
両手に抱えた荷物が似合わない黄色い長髪の美男子プルイエルの質問に、腕をプルプルさせながら僕は答える。
「地球に届いたんだ…その、おっと、砂鯨の、わっ!!」
「危なっかしいな…」
よろけて仕方がない僕の荷物を横からヒョイっと支えてくれたのはプルイエルの率いる星賊団の副団長ダギンだ。
赤い燃えるような髪に、筋骨隆々の体。面倒みの良さから、この人のほうが団長なのでは?と思ってしまう。
「せんせい、ひ弱」
「キィーキィー」
美しいローズクォーツのような少女、リリベットの横で僕のものになった不思議な生物ウィーウィーが飛び跳ねている。
「そ、そんなことないと思うけど?この星の人達力持ち過ぎない?」
自分よりも細い腕に、自分よりも重たそうな荷物を持ったリリベットの涼しげな顔をみて、なんとも言えない気持ちになる。
「ま、確かにこの星の生き物はみんな力持ちさ」
プルイエルが涼しい顔をして横に並びながらそう言ってきた。
やはり、そうか。僕がひ弱なわけじゃない。
「けど、先生は多分地球でも、ひ弱の部類だろ?」
ニヤニヤと笑うプルイエルに、苦々しい顔を向けながら僕は何も言えなかった。
そんな僕を面白そうに眺めたあと、プルイエルは
「で、さっきの続き。なんで砂鯨知ってるの?」
と聞いてきた。
「地球に堕ちてきた隕石を調べたら、この星だったんだよ…で、おっと、来たら砂鯨の欠片だって…だから…」
僕は荷物に集中しつつ、正直に答えた。
何だかんだわからないが、プルイエルは憎めない奴なのだと思う。まだ、信用はできないけど。
「へぇ!驚いたね!地球人って奴は宇宙を知らず宇宙を夢見るだけの生き物かと思ってたよ!」
プルイエルはそう言って楽しそうにくるりと1回転した。キラキラと黄色の長髪が揺れる。
「…地球人のこと、なんだと思ってるの?」
その美しい髪を眺めながら僕は溜息をつく。絶対馬鹿にしてるだろ。この美形異星人め。
「宇宙に取り残された箱庭の子供達」
プルイエルの紫の瞳が真っ直ぐ僕を捉える。
瞬間、意味がわからないその言葉の意味を、僕は何故か知った気がした。
そして何か言葉にしようと口を動かしかけた時、遠くの方で呼ぶ声が聞こえた。
「もうっ!2人ともー!置いてくよ!!」
「レーヴェにまた怒鳴られるぞ~!」
気がつけばリリベットとダギンはだいぶ下段まで降りている。ウィーウィーもリリベットの側でホヨヨンと飛び跳ねている。そういえばあのコウモリみたいな生き物がいない…どこにいったんだろうか。
「おや、置いて行かれてしまったね。急ごうじゃないか先生!」
「君のせいだよ…。プルイエル…」
楽しそうにトントンっと降るプルイエルを追いながら、僕は僕の住んでいた星の事を想った。
青い地球はやはり頭の中でも美しい星だった。
もう、せんせいったら…。
リリベットは何か面白くないと感じる。
どうも、あの黄色い髪のプルイエルがいると場が持ってかれてしまう。
振り返って確認する。
軽やかな足取りで降りてくるプルイエルが見えた。その後ろを危なっかしい足取りで異星人の彼は降りている。
ちょっと、せんせいのこと置いてこないでよね…。
リリベットは軽く黄色の髪を睨んだ。
「アイツは…仕方ないのさ」
「えっ?」
急にかけられた声にすぐ横を見上げるとダギンが優しい顔をしている。
「私、何か言った?」
「んにゃ。でも、解るのさ。アイツに慣れるまでは皆そうだ」
ダギンは静かにそう答える。
リリベットは、溜息をつく。
「あなたのが団長…向いてるのでないの?」
どう見ても、ダギンの方が団長向きだろう。世話も焼けるし、気も利くし、力もあるし…。
「いや、俺じゃ駄目だ。宇宙を駆けるのは美しき星でないとな」
ダギンの言葉には謙遜の色は無かった。ただ真っ直ぐだと感じた。
この人をこれだけ納得させるものが、あの軟派な男のどこにあるのだろうか。
「そういうもの?」
「そうさ、そういうものだよ」
目の前に砂の海が見え始める。
どうやら砂嵐も落ち着いてきたようで、視界が開けている。遠く浮かぶオアシスが薄っすら見えている。
これなら舟を出せるかもね。
リリベットは心の中で溜息をつきながら、また後ろを振り返る。
いつの間にここまで来たのか、音もなく身軽そうにヒョイヒョイっとやってきたプルイエルと目があった。
「リリベット。やはり君は美しいね!女神様」
お互いにニッコリと笑い合う。
「こんど、それ言ったらその口縫い付けてあげる」
「おぉ、こわいこわい」
そんな軽口男の後に、今にも崩れ落ちそうな異星人がやってくる。
「や、やっと追いついた~」
「せんせい……ひ弱」
「何も言えないなぁ…」
その様子を見ていたダギンはガハハっと笑いだす。
なんだか、賑やか。
何時も賑やかだけれど、この賑やかさはちょっと違う気がするとリリベットは思った。
─星達は混じり合う。
──それは宇宙の果の物語。
「やっと来たね」
港につくとレーヴェが出迎えてくれた。
相変わらず獅子のような威厳を纏っている。
そんな長身の彼女の影からひょこっと顔を出したものがいた。
「あ!ウェリゴルベ」
思わず名前を呼ぶ。
あの布屋の獣人、ウェリゴルベだった。
「ぼくの名前を着やすく呼ぶなよ。異星人」
そう言いながら、彼女は僕に包みを投げてきた。何とかキャッチする。凄い嫌われようだな…と苦笑いする。
「ウィーウィーに頼もうと思ったけど、レーヴェが出航を急ぐって言うから、リリベットに会いに来たついでに持ってきた。手直ししたいから着替えろ」
「え?もしかして服?もう出来たの?!凄いね!!有難う」
驚いた事に服はすでに出来上がっていた。
広げてみるとキラキラとした白い布に、キラキラとした青い糸が縫い込まれ装飾が施されている。
「あら、これ護りの糸が縫い込まれてる」
横から服を眺めたリリベットがそんなことを言う。
そして嬉しそうに微笑んだ。
「ウェリ、有難う。せんせいの無事を祈ってくれたのね!」
「有難う。綺麗…」
「別にそいつのためじゃないさ。」
「お前に何かあればリリが悲しむ気がするからね。せいぜい大蛸の餌にならないよう頑張りなよ」
ウェリゴルベは不機嫌そうに尻尾を揺らし、しかし耳は嬉しそうに寝かせながら僕とリリベットに返事をした。
「もう、ウェリったら素直じゃないんだからっ」
リリベットは可笑しそうに笑うのだった。
✽✽✽✽✽
リリベットはレーヴェと共に話し合いに行くと出ていった。ダギンも参加してくるという。普通だったら、団長のプルイエルが行くべきでは?と思ったが、プルイエルが入った話し合いが成立する気がしないので、適材適所なのだろう。
僕とプルイエル、服を渡しにきたウェリゴルベは港の空き小屋にいた。
僕は服に袖を通す。
まるできっちり測ったかのように丈は丁度よかった。しかしブカブカしているような…
「ブカブカでいいんだよ。砂嵐に勝てる」
プルイエルは僕の心を読んだかのように声をかけてくる。
「なんだか中東の服みたいだな」
何時だったか中東から研究所に見学に来たお金持ちが来ていた服を思い出す。
「くっそ、キチウ人?のくせに、リリベットと船旅とか、くっそ…服なんか縫わないで皮を縫ってやりたい…」
さっきから長い針を持ったウェリゴルベが文句をタラタラいいながら、手直しをしてくれている。地味に怖い。
何か話しかけるべきか、それとも黙っていようか、そんな事を考えているとプルイエルが
「そんな美しい牙と爪を持つ君は麗しいよ!!大丈夫さ!リリベットも君が好きだよ」
などと軽口を叩く。
怒られるぞと僕は目でプルイエルに言う。
しかし、プルイエルは勝ち誇ったような顔をした。
「そうかな?そうだよね!有難う。君の黄色い髪も…ぼく…素敵だと思うよ…へへっ」
「え?」
「ふふふ、やっぱり可愛い子に限るよね」
ウインクをするプルイエル。
うっとりとした顔をしたウェリゴルベ。
二人を交互にみる。
いったい何が起きたんだ?
✽✽✽✽
「…というわけで、先に出た船団と落ち合うのは真ん中手前」
レーヴェの示した地図をダギンとリリベットは見つめた。
「レーヴェ…オアシスには寄れるんでしょう?」
「あぁ、今はペテキスの繁殖時期だしね」
ペテキスは美しいから、せんせいも喜ぶだろうとリリベットは思った。それにオアシスにいるあの人にも会いたい。
「その方があの異星人にもいいだろ。砂の海は荒れるからな」
とダギン。
「さぁて、どこまで耐えるか…ダギン。お前のとこは舟を繋ぎな。いいね」
「わかった。プルイエルと俺はレーヴェの舟にのっていいんだろ?」
「いい。……というより、プルイエルが後ろにつけてるなんて嫌だね。目の届く範囲で監視するよ」
「あー…助かる…」
レーヴェはプルイエルの事もダギンの事も知ってるのよね…。一体、なにがあったんだろう。旅の間に…聞けるかな。
二人の渋い顔を見ながらリリベットはそんな事を思いながら、部屋をなんとなく見回す。
視界の端に突如黄色い物体が現れる。
「キィーキィー」
「で、…なんでお前はご主人の側にいないんだい?え?私達が信用できないってかい?」
いつの間にか付いてきたウィーウィーはまるで話し合いに参加するかのように鳴いている。
きっとせんせいがあまりにもポンコツな空気だから、自分がしっかりしなくてはと思っているのだろう。
他のウィーウィーよりも、しっかりした異星人のウィーウィーは軽やかにホヨヨンと跳ねた。
一通りの話はまとまった。
レーヴェはウィーウィーを優しく撫でながら、地図をしまう。
「とりあえず…今この落ち着いたうちに海に出ちまわないとね。さぁっ!話はついた!出航だ!!」
「せんせい!素敵じゃない!いい感じ!」
話し合いから戻ってきたリリベットが褒めてくれた服はとても素敵な仕上がりだと自分でも思う。ウェリゴルベの腕は確かだった。
「ま、ぼくの手にかかればこんなもんさ」
ウェリゴルベは得意げに尾を揺らす。
さっきまでのうっとりとした顔はなく、市場で出会った時の彼女に戻っていた。
プルイエルはダギンを連れて早々に小屋を出ている。
「有難う。あの、リリベット、あのさ」
「どうしたの?」
僕はウェリゴルベの様子が変だった事をリリベットに伝えようとした。
しかし、それは出来なかった。
何故ならウィーウィーがホヨヨンとどこからともなく飛びはねてきて何やら一生懸命に鳴くからだ。
「わっ、わ!ウィーウィー…」
「その子、話し合いについてきたのよ」
「キィー」
「褒めてほしいそうよ…」
やれやれといった顔のリリベットと、どうも自慢げなウィーウィーに、苦笑いする。
「えっと、僕の代わりに話し合い有難う?ね」
ウィーウィーは満足そうにキィーキィー鳴いた。
まぁ、いいか。
あとでも。
✽✽✽✽✽
「準備は出来たかっ」
レーヴェは甲板で声を上げる。
「お頭ぁ!」
船員達がゾロゾロと集まる。
「お前たち舟は万端だね?」
レーヴェの問に
「もちろんさ!」
「久々の砂鯨」
「しかも今回はプルイエルがいるんだろ?」
「イカれてて最高!」
「✽&+&✽+✮#"~\&✽」
「あのダギンと漁に出れるとはねぇ」
「リリもいくのでしょう?」
「あぁ、我らの女神様」
「なんだっけ、チウのえーっと、チクの人もいるんだろ??」
「チキウだ、バカ」
「砂の海は自由だー!!」
「✮*+&+&✽#"+&&~~✮」
様々な声が応える。
レーヴェはニヤリと笑い
「さぁさぁ!!いざ!!砂の海の女神の元へ!!」
そう大声を張り上げた。
ドンッという音が響き大きな大きな舟は砂面に船底をつけ滑るように進みだす。
「す、凄い。どうなってるんだろ」
「あんまり身を乗り出すと落ちるよ」
レーヴェは舵を切りながら笑う。
砂の海を滑る舟は地球の大航海時代のような帆船であった。
この星には風が吹いている。来たときにも砂の流れを見てそう思った。肺呼吸の僕が生きているわけだし、酸素があるって事だなぁと来た当初はぼんやりと納得してしまったが……でも、それって…どうやって?
見渡す限り砂しか見えない。ふんわり浮く謎の島らしきものに見える緑は果たして植物なのだろうか…僕は目眩がした気がした。
今更だけれど、色々わからなすぎる…。
なんにせよ、この砂の海で僕は砂鯨に会うのだ。
あの欠片の歌の主。いったいどんな姿なんだろうか。冒険なんて、この歳でするとは思わなかったなぁなんて思う。ワクワクしている。半分は不安だ。何も知らない異星の海の上で僕は確かにここに居るのだと確かめたくて頬をつねる。
痛い。夢じゃない。
我ながら古典的だと笑う。
砂の海は、砂の匂いが交じる気持ちのいい風が吹いている。立派な帆布はやはり地球のものと違い、キラキラと輝いている。まるでピーターパンに出てくる空飛ぶ船のようだなんて、昔見た物語を思い出した。
「せんせい。長旅になるから、これからゆっくり色々お話できると思うの。陸はバタバタしちゃったし。砂鯨に会うのは先になると思う。せんせい何も知らないから…。どう?」
謎の飲み物を持ったリリベットがやってきた。
「うん。そうだね。僕も色々聞きたいことがあるよ…」
飲み物を受け取りながら、リリベットの不思議な瞳を見つめる。
砂鯨の事、目の前の砂の海、これからどうするのか、この星の事、それになにより今目の前にいる異星人の少女の事を、僕は知りたいと強く思ったのだった。
海へ─
銀河の果の海へ旅立つ物語─
《作者もぞもぞ》
少しメモにかき込んで…止まり、メモにかき込んで止まり、落ち着かないので、止まり……
しかし、よいせっと書いたら長くなってしまいました。
なかなか海に出てくれない面子は、やっと少し海に出ました。
長い。
でも、これ、書籍だったら今までの合わせても数ページでしょ?
書きたいことは沢山あるが…とりあえず、いつまでも陸にいられてもと思い、海の上でゆっくり回収する為に出てもらいました。
先生抜けてるから、色々忘れてますね。
でも、異星に行ったらこんなもんかな。
船員達のこととか、チラチラ出てくるオアシスの事も書きたいし、みんなのアイドル?ウィーウィーの小話も書きたいところ。プルイエルは…ほっといて勝手に怪しげなワードとか言うので…ま、彼は自由にしてもらって………
さぁ、異星の海の冒険は
いったいどうなるのでしょうね?
今回もお付き合いいただき有難うございます。
次回もぼちぼちやっていきます。
銀河の果から
愛を込めて
漕ぎだした物語。
砂の海の物語。
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