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しとしとと降る雨のようだとひとりきり冷えた部屋で思っていたあの頃
CM曲だった。
そのCM自体もかなり好きで、なにかたまらなく好きで、その歌が耳に残って、私は彼女のアルバムを買った。
流れ出る歌達は、どれもすべすべで、しっとりしとして、まるで6月の長雨みたいだった。
染み込んで重くなって、そして抜けていく。
そういう感覚だ。
『未来がもしもの呪縛に囚われ、足をとどめていた、でも生きていたいの、誰かに伝えていたいの』
当時の私はアルバムに入るその曲のその部分を繰り返し口ずさんだ。
それから好きだったCM曲はCMようにゆったりのテンポにされたのだと知った。
ポップな元のものの方の
『いつか見つけた唄は赤い花の道を、二人はいつだって、手と手をとりあって、並んで歩くのよ。あたしも、二人みたいにあなたと並んで何時までも道を行けると思ってた』
という歌詞の景色が何故かとてつもなく懐かしく感じて、夕日に照らされるその花が綺麗な坂道をいつも見ていた。
『君なりに考えて出した答えの中に、どうしたってこうしたって僕って答えもあるなら、そんなに怒んないで僕と歩いてこうじゃないか。これまでも、これからも、ずっとずっと歩いてこう』
私はこの曲に関しては、書き出して好きだと日記に書いた記憶がある。
私の理想の…ちがうな、当時の私の理想の二人。
軽やかなメロディーのその雰囲気の二人がいいのだ。
他にも好きな彼女の曲はあるけど、なんとなくそんな感じ。ってのを伝えたいだけだからこれでいい。
紹介したいってより、好きだって話で、だから知りたい人はきっと調べるから名前とか書かなくてもいい。
色々な思考が落ちている電子の海。
私はその人の意図とは別のところを好きだと思ったりするのかもしれない。
例えばそれが、私と相反する意見でも、その人らしいなとか、そういうの考える心があるって事とか、その文書を見て見えた景色とか、とにかく色々な方面からみて『好き』があればそれに反応したりもするわけで。
電子くらげの書き出すものなど、なんになるわけでもないが、それでいいし、それがいいのである。
因みに、他人がどう思うかは私にはわからない。
私の中でいいのであって、他人の中でこんなチャランポランあり得んってなるかもしれないなぁなんて考えて、なにか面白く感じるのである。
わざわざ私の庭に入って、椅子に座って、そそがれた紅茶を一口、罵詈雑言に花を咲かせる人も昔は沢山いた。そりゃ、私が好戦的だったのにも原因はあるが。
あの当時はなかなかだったが、あれはあれでもう、地層だからどうしようもない。
積み重なったなぁとたまに見て苦笑いするだけである。
私はね、こうしてるのが好きだし、こうしてる人を見ると好きだと思うし、そうじゃない人も何処かしら好きだ。
私の邪魔した人は…私の人生に1ミリだって出てこなくなるので無いのと一緒だからいいのである。
そうじゃないなら、大抵はどっかしら好きなのである。
そういうものですって小話を添えて。
彼女の雨のような歌を聴く真夜中。
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