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読書記録:キム・チョヨプ著『わたしたちが光の速さで進めないなら』

キム・チョヨプさんの名前は、KBOOKらじおで何度か聞いた名前で、その度に読んでみたいなあ、と気になっていたまま読めずにいたのだけど、今年のKBOOKフェスティバルに著者が来場。しかもチョン・セランさんと対談するというビック企画が開催。これを機に、チョヨプさんの本を購入。
出版元のブースでは、チョヨプさんの本がずらり並べられて、初めて読むならどれですか、と出版社の方に聞いてみると、二人の方が声をそろえて、「絶対これです!」と勧めてくれたのが、本作『わたしたちが光の速さで進めないなら』。
7篇からなる著者初の短編集。

SFというジャンル小説の中で、人間や世界のあり方、女性の生き方や社会的な扱われ方などを浮き彫りにし、より皮肉に描き出してみたり、ぞっとさせてみたりと、全7編、それぞれまったく違った世界観を表現している。

特に好きだったのは、表題作の「わたしたちが…」、それから最後の2篇の「館内紛失」と「わたしのスーパーヒーローについて」。
「わたしたちが…」は、高齢の女性アンナが、長年手がけてきたプロジェクトをどうしてもあきらめられないため、夫と息子を先に違う星に行かせたのだが、その星に行く宇宙船が廃止になることになり、廃止前最後の便に乗れず、家族に会えないまま何年も何年も、一人宇宙ステーションで船が来るのを待ち続けているという話。
「でも、わたしたちが光の速さで進めないのなら、同じ宇宙にいることにいったい何の意味があるだろう?わたしがいくら宇宙を開拓して、人類の外縁を押し広げていったとしても、こうして取り残される人々が新たに生まれるとしたら…」
というアンナのセリフ。

私の職場がある街を思い出した。
そこは、5年ほどかけた再開発により、大きなビルが建てられた。
駅までのアクセスがよくなり、電車に乗るために前ほど急がなくてすむ。でもある朝、その真新しいビルの渡り廊下を歩きながら、一体誰のための開発なのだろう。ここには、人が住んでて、商売してる人がいて、街が息づいていたのに、と急にやりきれない思いに襲われた。
アンナの言葉に、その時の気持ちを思い出したのだった。

「わたしのスーパーヒーローについて」も、遠い未来社会を舞台にしながら、現在も根深く残る問題を描き出している。同時に、清々しいシスターフッドであり、憧れを抱きながらも自分の足で扉を開こうとしる女性を鼓舞するストーリー。

7遍どれも、するどく社会を切り取り、著者独自の視点でSFに落とし込む見事な作品集で、本を閉じた私は、静かな感動とともに本を抱きしめたくなる思いだった。

解説によると、著者は理工系の名門大学で生化学の修士号を取得しているとのことで、科学的な設定などに説得力があるのもうなづける。

すでに日本でも著者の作品は次々に翻訳されているので、本作以降の作品もとても楽しみ。

韓国文学を読むようになって、短編集の豊かさを思い出した。そして短編集にこそ、その作家の力量が出るのでは、と以前思ったことがあるのを思い出した。

2024年は40冊くらいの本を読んだ。
本当はもっと早く読めたらもっとたくさんの本に出会えるのに…というもどかしさを感じつつも、急いで読んで、作品を理解したり深めたりできなければ読む意味がないので、焦らず一冊一冊を大事に読みたいと最近は思う。

すでに本棚には積読の本たち待っている。
今年中に読み切れるかはまったく自信がないけど、読書を楽しむ一年にしたい。

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