母と子、読むと書く。自分の立ち位置をがらりと変えて見えたこと
11月に入りましたね。いかがお過ごしでしょうか?
今年の夏が暑すぎてとろけそうだったので、私は今年の秋は例年以上に心地よさを感じています。
さて、今日は、最近あったさまざまな出来事から感じた「がらりと立ち位置を変えて、いつもと違う目線から物事を見ること」について書いてみようと思います。良かったら^^
母である私と、子どもである私と
先日、双子の娘たちと一緒に数カ月ぶりに実家の福島に帰省しました。
いつもは「娘たちの母」の立場で生活していることが多いのですが、実家に帰ると、両親のことを「お父さん」「お母さん」と呼び、ありがたいことに子どもの立場に戻ることができています。
いつもは、娘たちに「あれはやった?これは終わった?」と、ついつい先回りして言ってしまうこともあるのですが、実家に帰ると、私が母に同じことを言われます…!
そして、いつも子どもたちに言われるあの言葉を、私が母に言うのです。
「いま、やろうと思ってたー」
久々に立場が「子ども」になった時、私は普段と違う言葉を発していて。となると、いつも子どもたちに言っていることは、「私自身」が言っている、というよりも「私の中のお母さん像」が言っていることもあるような気がしました。(ややこしいですね…!)
そして、大人になっても母に聞いてほしいことがたくさんあることにも気がつきました。「お母さん、あのね」帰省中、私は何度もそう母に話しかけました。子育てのこと、仕事のこと、料理のこと…母に聞いてほしいことや聞きたいことがたくさんあって。
そんな自分を感じた時に「ああ、娘たちも、いつもこういう感情なんだなあ」とすとんと納得しました。「ママ、あのね」「ママ、聞いて」我が家はおしゃべりな双子なので一緒にいるとずっとそんな感じなので、正直「ちょっと待って…」と思ってしまうこともあるのですが、子どもたちはお母さんに話がしたいし、聞いてほしんだよなあと、何なら私なんて今もそうだ、と思ったんですよね。立場をがらりと変えることで見えてくることがあるなあと実感した帰省でした。
ナレーションを読む私と、書く私と
私はナレーターなので、普段はいただいた原稿を読む仕事をしています。
なのですが、この度ご縁があり友人の声優・ナレーターさんのボイスサンプル原稿を書かせていただく機会がありました。
彼女の大切な想いを聞かせていただいて、声に想いがのるような、彼女らしさが溢れたボイスサンプル原稿を作りたいと思いました。
出来上がったボイスサンプル原稿をお渡しすると、早速読んで収録してくれた音声を送ってくれました。
それを聴いた時に、涙が溢れてしまって。
「言葉に、命が吹き込まれた…!」と強く感じて、とてもとても感動してしまったのです。本当に素敵な声優・ナレーターさんなので、彼女の表現力の素晴らしさにも感動しましたし、いつもとは違う立場からナレーターの仕事を感じることができて、ナレーターの仕事自体の素晴らしさや力をとても強く感じたんですね。
「言葉に命を吹き込む仕事」であることを誇りに思ったし、想いのある言葉を心で紡ぐことができる、声で表現することができるナレーターで在りたい、と改めて私自身が強く思いました。
自分が普段させていただいている仕事に、違う立場から携わる経験はとても大きかったです。
いつもの街と、上から見下ろす街と
「心の視界が狭くなっている」時々、そう気づくことがあります。
そう感じる時は、私の場合、誰かと自分を比べてしまったり、ないものばかりを数えようとしてしまいそうになる時。
そんな時は、心の目線を変えるために高いところに行きます。
この日は、池袋サンシャインシティのてんぼうパークへ。
いつもの真っすぐの目線で見ている景色と、上から俯瞰する景色って、当たり前だけど全然違うんですよね。
平地で見ているとビルはとても高くて、車も大きく見えるけど、上から見るとすべてが小さく見えて。
そんな景色をぼーっと眺めていると、心が落ち着いてきます。
心の中だけで感情を切り替えようとすると、時に迷路に入ってしまうから。
私は時々、こうして実際に見える景色の力を借りて切り替えています。
煮詰まったら一旦目線を変えてみることで、心が開く道につながるなと感じた最近でした。みなさんは、どんな秋をお過ごしでしょうか?
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