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【MLB】大谷vsLindorのMVP争いをどう見るか

鯖茶漬です。いつもお世話になっております。

MLBのレギュラーシーズンも最終盤。ポストシーズンに進出するチームや、各種タイトルの候補が絞られてくる時期に差し掛かっています。

中でも注目を集めているのがMVP(最優秀選手)争いの行方。ア・リーグはアーロン・ジャッジボビー・ウィット・ジュニア、ナ・リーグは大谷翔平フランシスコ・リンドーアが有力候補と目されています。

ア・リーグのMVP争いは評論家の中でも意見が分かれる一方、ナ・リーグは前人未到の「50本塁打・50盗塁」達成目前の大谷翔平の受賞がほぼ確実とされています。対するリンドーアはフルシーズン遊撃手として出場し「30本塁打・30盗塁」を目前にしていますが、今季の大谷翔平の成績、それが持つ歴史的価値には及ばないと考える方がほとんどなのではないでしょうか。

もはや「逆張り」とまで揶揄される”リンドーアMVP”という意見。しかし、客観的に比較を行うと「なぜ成績で見劣りするリンドーアが対抗馬として挙げられるのか」が分かってきます。それを踏まえた今回のnoteの要点は以下。

・「誰が選出されるか」ではなく「どのように比較するか」。
・現状は大谷が最有力候補。
・自分が投票するなら6:4で大谷。
・報道ほどの大差はない。
・リンドーアは十分MVPに相当する選手。
・打撃だけで候補に上がる大谷の凄まじさ。

客観的な比較を行った上で、後半には主観的なMVP予想をしてみようと思います。




■「最も価値のある選手」とは?

▽ MVPの定義

MVPとはその名の通り「Most Valuable Player - 最も価値のある選手」を選出する賞です前提として「50-50達成賞」でも「最高WAR賞」でもありません。成績や影響力などの明確な基準は存在せず、必要なのは「最も選手として価値があったと判断する理由」の一点のみ。大谷に投票しようがリンドーアに投票しようが、この一点さえ満たしていれば誰が表彰されてもおかしくないわけです。

▽「プレーによる貢献度」で評価する

「野球選手としての価値」はどのように評価するべきでしょうか。順位を含めたチームへの貢献度、成績の歴史的価値、後世への影響…。ことMLBにおいては「プレーによってどれだけ勝利に貢献できたか」という点が最も重視され、多少なりとも所属チームの順位が影響するNPBの選考とは異なります。

「プレーによる貢献」を総合的に評価した指標として「WAR - Wins Above Replacement」があります。これは投球/打撃/守備/走塁といったあらゆるプレーを「勝利」という単位に換算し「どれだけ勝利を増やすことができたか」という点を定量的に評価することができる”究極”とも言われる指標です。ポジションの異なる選手の比較、世代を超えた貢献度の比較も可能にするなど、昨今の選手評価には欠かせない重要な指標でもあります。

実際にWARとMVP投票の順位には相関が見られます。以下の表は、直近3年間におけるrWARとMVP得票数の関係をリーグ別に表したものです。

各リーグ投票上位10名が対象。

rWARとMVP得票数の相関係数は0.75。単なる選手評価だけでなく、MVP投票においてもこの「総合評価」が重視されているようです。

▽リンドーア>大谷になる指標とは

総合的な貢献度が重視されるとはいえ、50本塁打・50盗塁達成目前の大谷の打撃成績は歴史的。感覚的にリンドーアの貢献度が大谷以上と感じる方は少数でしょう。両者の打撃成績を比較するとその差は一目瞭然です。

 48本塁打/49盗塁/.978 OPS
31本塁打/27盗塁/.836 OPS

打撃指標ではほぼ大谷>リンドーア。とても大谷の対抗馬になりうる成績ではありません。それでもリンドーアが大谷の対抗馬として挙げられるのは、前述した「WAR=総合的な勝利への貢献度」でリーグトップクラスの数値を記録しているためです。

括弧内はリーグ順位。

打撃成績では大谷に大きく差をつけられているものの、総合評価においてはほぼ僅差。4月にアップデートされたfWARにおいてはリンドーアが大谷を上回る評価にすらなっています。

とはいえ、WARの使い方に沿うのであれば0.1〜1.0WAR程度の差はほぼ誤差。歴史的な打撃成績を残している大谷と並び、トップクラスの貢献度を記録しているのが今季のリンドーアなのです。この一点だけを満たしているだけで、リンドーアが「ナ・リーグで最も価値のある野球選手」に挙がる十分な理由になる、と考えられます。


■リンドーアが評価される理由

▽傑出した「総合力」

ここからは簡単にWARの内訳を確認しながら、リンドーアがなぜ優れた数値を記録しているのかという点に迫っていきます。

前述したようにWARは「総合評価」。野手は主に打撃/走塁/守備/出場機会数の4点が評価され、それを合算したものが最終的なWARとなります。ここでは、4月のアップデートでトラッキングデータをWARのコンポーネントに含めたfWARを比較に用います。

前述したように0.1〜1.0WAR程度の差はほぼ誤差。この数値をもって「リンドーアが大谷を上回る選手である」というわけではない点に注意してください。

括弧内はリーグ順位。
NL規定到達70名が対象。

リンドーアが優れるのは傑出した「総合力」です。

打撃貢献ではナ・リーグトップの大谷に25点近い差をつけられているものの、リーグ規定到達者全70名中7位と上位クラスの成績を記録しています。走塁評価では50盗塁目前の大谷に劣るもののリーグ内順位は15位、得点価値ではわずか4.0点ほどの差しか生まれていません。

そしてリンドーアの価値を最も高めているのが守備貢献。今季遊撃で稼いだ守備貢献17.4点はナ・リーグトップ。DH出場のため守備貢献のない大谷とは守備だけで実に33.4点分、つまり打撃+走塁貢献の差を埋める貢献を守備によってもたらしています。

▽リンドーアの打撃は過小評価?

各コンポーネントをもう少し掘り下げてみます。一部では「これくらいの成績ならいくらでもいる」と評されるリンドーア。主要打撃タイトルでは打率.271(リーグ20位)/31本塁打(同7位)/101打点(同3位)と、上位クラスではあるものの大谷には見劣りする成績です。

しかし、打撃成績の比較を行うに当たってひとつ考慮しなければいけない点があります。それはリンドーアの所属するニューヨーク・メッツの本拠地シティ・フィールドが投手有利の球場であるという点です。

ここでは球場ごとの得点の入りやすさ、本塁打の出やすさなどを定量的に評価したパークファクターという数値を紹介します。算出方法は各社によって異なりますが、ここではより高度な算出方法を用いたBaseball Savant版パークファクターを記載します。

Baseball Savantより引用。

ドジャースタジアムは他球場と比較して平均的に得点が入る一方、シティ・フィールドの得点パークファクターは92。これは平均よりも0.92倍しか得点が入らないことを示します。更に本塁打パークファクターは差が大きく、ドジャースタジアムは1.22倍の数値。このように球場の性質は打撃成績に強く影響するのです。

例えばこのような球場の性質を考慮した「xHR」では、実際の数値より両者の差が小さくなっています。

Baseball Savantより引用。

パークファクターを考慮しても打撃貢献は大谷の方が大きいですが、見かけの成績より差が縮まることが分かると思います。このように、環境の違いを考慮しない打率/本塁打/打点などの旧来の評価方法で比較を行うと評価を見誤る危険があるのです。

▽意外に小さい「走塁貢献」の差

次に走塁貢献の比較を行います。MVP獲得への決め手のひとつと言われる「大谷の盗塁貢献」。しかし、得点貢献の面からは大谷とリンドーアの差はわずか4.0点。大谷の盗塁数こそ歴史的な数値ですが、貢献度では意外と差が開いていません。

当然ですが、本塁打や他の長打と比べて盗塁の得点価値は微々たるものです。Fangraphsに記載されている各イベントの得点価値は以下。

Fangraphsより引用。
各打撃イベントはwOBAsScaleを割った数値。

簡便さのため盗塁の得点価値は例年0.200で固定されていますが基本的にはほぼ変動なし。四球や単打と比較すると3〜4割程度の得点価値しかありません。大谷の凄さは「本塁打を量産しながら盗塁でも貢献できる点」にありますが、「記録の希少性」と「プレーとしての価値」は切り分けて考える必要があります

走塁評価は盗塁貢献(wSB)だけでなく、トラッキングデータを用いた盗塁以外の走塁貢献(XBR)も含めたBsRという指標を用います。

括弧内はリーグ順位。
NL767名が対象。

盗塁数で大きく差のある両者の走塁貢献の差はわずか。これは大谷の盗塁貢献を過小評価しているわけではなく「競技の性質」によるものです。しつこいようですが「希少性」と「得点価値」は切り分けて考えるべきで、希少性で言えば今季の大谷の盗塁数は今後現れないレベルだと思います(過去のDHにおける盗塁数トップはPaul Molitorの31)。

▽50盗塁を上回る「FRV13」

リンドーアの価値を高めている守備貢献にも注目してみます。リンドーアがここまで記録した守備貢献は「17.4」。これはナ・リーグ全選手中トップの数値です。

fWARの守備コンポーネントに採用されているのは「OAA」という守備指標。トラッキングデータを用いて、各”スライス”内で「相対的にどれだけアウトを増やしたか」を評価します。

このOAAという指標においてリンドーアが増やしたアウト数は17。これを得点に換算したものが「FRV」というもので、リンドーアはこの指標においてナ・リーグトップの「13」という数値を記録しています。

Baseball Savantより引用。

FRV13という数値は「守備の上手い選手が揃った遊撃における成績」という点に価値があります。一般的に守備能力の低い選手が多い一塁や右翼/左翼でなく、遊撃の選手と比較して13点分もの失点を阻止。この点を考慮したのが守備位置補正であり、この値を足すことでナ・リーグトップの守備貢献「17.4」という数値が算出されます。

馴染みのある打撃指標と異なり、比較の際に並べられる機会の少ない守備指標。リンドーアが過小評価される要因のひとつだと感じます。しかしその貢献度は大谷の走塁貢献の2倍以上。50-50に注目するならば、リンドーアの「FRV13」も十分注目に値する成績なのではないでしょうか。


■誰をMVPに選出するべきか

▽過去の投票傾向

ここまでは「総合的な貢献度」を比較した上で、大谷とリンドーアの貢献は僅差である様子を説明してきました。次に、過去の投票傾向から「実際のMVP投票では誰が選考されるのか」を予想してみます。

MVP投票にはWARが強く影響するため、簡易的ではありますが打撃/走塁/守備/出場機会数を説明変数、投票数を目的変数として回帰分析を行います。対象は過去3年間のMVP投票トップ10入りした野手、投手の貢献が含まれていた大谷は除外しています。結果は以下。

自由度調整済み決定係数 : 0.640
標準誤差 : 7.899
切片 : 158.18 [p値 0.000]
Batting : 90.01 [p値 0.000]
Base Running : 13.96 [p値 0.100]
Defense : 25.40 [p値 0.011]
Replacement : 9.22 [p値 0.267]
F統計量 : 25.41 [p値 1.30e-11]

データ取得の都合上fWARのコンポーネントを使用。

WARのコンポーネントにおいて最も投票数に影響するのは打撃貢献。このあたりはイメージ通りでしょうか。守備貢献の影響も無視できないですが、打撃貢献と比較すると小さいものになっています。走塁貢献の影響にバラつきが出ているのは、貢献度とは別に「盗塁数」という馴染みのある指標が影響している可能性が考えられます。出場機会数の影響はバラつきが大きく、残りの部分は「成績の歴史的価値」「チームへの影響度」あたりが要素として挙げられるでしょうか。

例として分かりやすいのは昨季のナ・リーグMVP争い。rWAR、アップデート前のfWARともに微差のロナルド・アクーニャ・ジュニアムーキー・ベッツのMVP争いに注目が集まりましたが、蓋を開ければ満票でアクーニャが受賞。これは打撃、走塁貢献で差がついたことに加え、本塁打数、盗塁数などの指標においても差があったことが大きな要因として考えられます。更には「40-70」というプレミアムな記録も加わったことが決め手となったのでしょう。

ここ数年の投票傾向からすると、今回のMVPは大谷翔平で確定と言えるレベルだと推測します。総合貢献で大きな差はないものの、打撃成績の差、50-50という成績の取り上げられ方は昨季のアクーニャvsベッツに近いのかなと。

9月上旬に行われた模擬投票では実際に大差がついており、このあたりはメディアの報道通りだと思われます。

▽大谷史上最も議論するべきMVP争い

ただ、この記事の目的は「誰が選出されるか」ではなく「選手をどのように比較し、どちらを選出するか」。実際の投票結果を予想するだけならそこまで難しい年ではありません。ここまでのような比較を行った上で「自分なら誰に投票するか」を考えてみます。

ここで断言したいのは、2021〜2023年とリーグMVPを争ってきた大谷にとって今回が最も判断の難しい年になるということです。圧倒的な貢献度を記録し、満票で選出された20212023年、投打共に規定に到達しながらも貢献度ではジャッジに大差をつけられた2022年は実はそこまで難しい選出ではありませんでした。

しかし今季は貢献度の面でほぼ誤差。総合的な貢献度に加え、レバレッジを考慮した指標や、本来なら個人の貢献とは切り離して考えたい「歴史的価値」「チーム順位」などまで加味しないと判断できないほど選出は困難だと感じます。

▽個人的には「6:4」で大谷

リンドーアの貢献度を説明していく記事にはなりましたが、ここまでの比較を踏まえて私なら大谷をMVPに選出します。個人における貢献度の差はほぼ無いと判断した上で「打撃貢献と比較した守備貢献の不確実性」「レバレッジを考慮した打撃貢献の差」「『50-50』という成績のプレミアム性」を考慮しての選出です。3つの要素の割合としては6:3:1くらいでしょうか。

まず注目したいのは「守備貢献の不確実性」。特に「守備位置補正」の値に注目します。前提として守備位置補正は複数ポジションを守った選手の守備成績の差から暫定的に算出されたものであり、その値の正確性については度々議論が行われています。実際にDan SzymborskiはFangraphsで行ったチャットで来年以降の守備位置補正の修正(特にDH)を示唆しています。

Fangraphsより引用。

改訂によってはDHのマイナスが大きくなる可能性はありますが、2015年にJeff Zimmermanが算出したDHの守備位置補正値は従来のものと比較して約8点分ほどプラスに。それでもなお決定的な差はありませんが、両者を比較する上では十分影響を与える調整だと考えます。

レバレッジを考慮した指標にも注目してみます。本記事の比較におけるメインの指標であるWARは状況による貢献度を考慮していません。これは「得点圏での適時打」「試合を決定づける満塁本塁打」などを個人の貢献と切り離して考えるためです。そこで「以下にチームの勝率に影響したか」を定量的に評価する「WPA」という指標に注目します。

リンドーアの守備貢献は考慮しない点には注意しなければいけませんが、勝率への影響度という点では大谷>リンドーア。1位になにかいますが今回の議論とは別の話になるので一旦無視します

そして最後は「打撃成績のプレミアム性」。一部では「50-50を達成すればMVP確定」とまで言われていますが、個人の感覚としてはここまで比較してようやく考慮したい要素。決して無視できる偉業ではありませんが、前提としては「総合的な貢献度」の比較が優先だと考えます。

…と、無理やり選出理由をいくつか挙げてみましたが本当に絶妙な差。リンドーアも「現時点でfWARが上回っている」というだけで十分選出に値する選手です。

▽おまけ:リンドーアがLADにいたら?

おまけ程度に(と言っても内容は非常に興味深いものです)、数日前にFangraphsに寄稿されたKiri Olerの記事を紹介します。そのタイトルは「リンドーアはドジャースにとって大谷よりも価値があるか?」。なかなかにインパクトがあります。

内容はタイトルの通り「大谷ではなくリンドーアがドジャースにいたとしたら?」という仮定からチーム勝利数の変動を簡易的に算出したもの。リンドーアが遊撃と務めることでベッツ、ラックスは本来のポジションでプラスの守備貢献が、大谷が抜けたDHには柔軟性が生まれることでプラスの打撃貢献が生まれ、チーム全体で推定3勝分のプラスが見込まれることを説明しています。

注意したいのは「つまりリンドーアの方が選手としての価値が高い」ということを説明しているわけではない点です。ベッツやラックスが不慣れなポジションを守ったのはあくまで編成の問題であり、大谷/リンドーアの価値とは別の問題であるからです。仮に7.0WARの遊撃が既にドジャースに所属していたら、リンドーアが加わる影響も小さくなると考えられます。

とはいえ、簡易的ではありながら「異なるポジションを横断的に比較するWARは本当に『同等の価値』と言えるのか」という点で、非常に興味深い分析だと思ったので紹介しました。「投手4.0WAR野手6.0WARの大谷、野手10.0WARの大谷、どちらの貢献度が高いか?」なども面白そうです。

最後に、上記の記事の下部に記載されたslz氏のコメントを引用して締めたいと思います。

I think the MVP race is essentially over, as a bad back doesn’t just heal. Even if Lindor makes it back before the Mets fall out of playoff contention, I don’t expect him to perform very well. With that said, there are a couple aspects of this discussion I have found frustrating.

Ohtani has the default pole position due to a meme stat created solely by a clown commissioner. “50/50” doesnt actually mean anything, and we just last year had another MVP race clouded by a supposedly unattainable “40/70” number. This is the second year in a row, how many more seasons before we stop distilling the argument down in this way?

私はMVPレースは事実上終わったと思っています。というのも、腰の痛みがすぐに治ることはないからです。たとえリンドーアがメッツがプレーオフ争いから脱落する前に復帰したとしても、彼があまり良いパフォーマンスを見せるとは期待していません。それを踏まえた上で、この議論においていくつかフラストレーションを感じている点があります。

大谷は、ピエロのようなコミッショナーによって作られた「ミーム統計」によって、デフォルトでトップの位置にいます。「50/50」という数字は実際には何の意味も持っていませんし、昨年も「40/70」という達成不可能とされる数字によってMVPレースが曇らされました。これが2年連続で起きていますが、このような形で議論を単純化するのはあと何年続くのでしょうか?

和訳にはChatGPTを使用。

※ヘッダー画像はhttps://www.wsj.com/sports/baseball/shohei-ohtani-francisco-lindor-nl-mvp-73a7d9より引用。
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