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みんなが知らないこと
英語教室で子どもはよく音を立てる。椅子をギコギコしたり、水筒を机の金属部分に当ててカンカンさせたり、自転車の鍵をチャラチャラさせたり。
以前は気にならなかった。でも集中して聞きたい時は「しっかり聞きたいから、音ストップさせてくれるかな」と言って止めてもらっていた。
でも今。私の耳は完全にそれに対応出来ないから、生徒に私の病気を説明してから、止めてもらうようにする。病気になったことは喜ばしくはないけれど、私は生きた教材になれるのかもな、とふと思う。
今まで生きてきて、気付かないことがたくさんあったんだ、と強く思う。大きな音が苦手な人、急な発作が心配な人、ヘルプマークをつけている人の不安な気持ち。短い間だったが義母の入院に付き添った時に義母がぽつりと「これはね、なった人にしかわからないから」と言っていたのを淋しい気持ちで受け取っていたが、本当だったな、と思う。それを私が口にすると、きっと周りの人は同じように淋しい気持ちになることもわかる。でも今は義母が悲しさや突き放す気持ちで言ったのではない、ということもよくわかる。なって初めてわかることがたくさんあって、私は自分を顧みる気持ちが大きい。もっと優しくなりたいと思う。
完全に理解することの難しさは十分承知な上で、「こんな人もいる」という経験の意味で、私は子どもたちに丁寧に私の病気の話をする。
「先生は、2年前から病気で左耳がほとんど聞こえないの。でね。右耳で一生懸命聞くんだけど、一つの音しか聞こえないの。だから、他の音や声がしてたら全然聞こえなくなっちゃうんだ。だから、先生が聞くのを手伝って欲しいの」
メニエール病の聞こえ方の特徴として、聴覚過敏がある。そして低音が聞きづらくなる。子どもたちが出す音はたいてい高音で、高音が通常以上に耳に響く上に、中低音が聞こえないので、話し声が全く聞こえなくなる。補聴器は以上の理由からあてに出来ない。
メニエール病は10万人あたり15人程と言われており、2015年までは難病指定されていた病気。よく周りで自分もメニエール、と言われる方がいて気持ち的に救われてきたけれど、医者曰くめまい症状を「メニエール様」として診断してしまうお医者さんや、患者独自がネットや噂で判断する人がほとんど。本気のメニエールは極くわずかで、悲しいかな私はその本気の方らしい。
私が一番怖いのはめまい発作だけど、メニエールの一番怖いのはめまいと難聴を繰り返して、本当に聴こえなくなってしまうところだと言われている。今は左だけだけど、無理をすると右にも症状が出る可能性があるので、時々右耳にも耳鳴りがするとゾッとする。
ストレスが原因と言われているけれど、発作が起こると「また起きたらどうしよう」「大事な用事の時にめまいがしたら…」と不安になり、それが次のめまいを呼び、めまいスパイラルに入る。そこで、不安を和らげるお薬を時々飲んで気持ちを凪にする必要がある。私は仕事を減らすこと、周りに理解を求めることで薬を最小限に留めている。幸い周りが優しい人ばかりでありがたい。同じ病気の人の手記を読むと、会社や家族から理解が得られず悪化させてしまう話が多い。社会がもっと優しくなったらいい、と本気で思う。メニエールだけでなく、世の中はそれぞれの事情が溢れてる。
子どもだけでなく、大人の方も。きっと知らない人も多いと思うから、こんな病気もあります、とほんの一例を現場からお伝えしました。
見える病気や怪我はもちろん、見えない病や心の病、家族の問題など、人の数だけ事情があるのだ、ってわかればもっと寛大になれるかな。寛大な人が一人増えたら社会はもっと生きやすくなる、って思うから願いを込めてシェアしてみた。
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