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別れと向き合う
夫のたかしさんがこの世を去り
1週間が経過しました
亡くなる前の1ヶ月は在宅看護だったので
葬儀を終え自宅に戻ると
そこはさながら戦禍の跡地のようでした
足の麻痺のために
風呂場やトイレにつけた簡易手すり
寝返りしやすいように買った
セパレートのパジャマ
訪問看護記録のノート
歯が磨けなくなって買った
口腔ケア用スポンジ
ゴミ袋に詰まった
介護用オムツと使い捨てシーツ
最後になんとかして食べさせようとして
食べられなかった好物料理の残り
なんとか水分を摂らせようと買い込んだ
大量のOS1ゼリーパック
日当たりが良いようにと
窓際に設置した介護ベッドが
外から見えるのが気になるかと思い
オーダーしたレースカーテンが
今頃になって届いたり。
入院中に使っていたサンダル、
歯ブラシ、大量の薬袋、
友達がくれた御守り・・・。
中でも一番見た時に辛かったのが、
夫のバッグの中身を
整理していた時に見つけた
職場の事務所の鍵
うちは仕事柄
自宅、社用車やマイカー、事務所など
鍵が大量にあって、大きなキーケースに
10本ほどの鍵を常に束ねて入れていました
その中で、職場の鍵などが
束から外されていました
どんな気持ちでこの鍵束から
事務所の鍵を外したのだろう
もう当分、事務所に出勤することはないと
そんな思いで外したのだろうか
我が家は夫婦二人三脚の自営業でしたので
夫を失うことは
大事なビジネスパートナーを
失うことでもあります
仕事ではぶつかることも多かった私たちでしたが
私にないものを補ってくれる存在でした
本島、九州の病院での孤独な無菌室
どんな気持ちで過ごしていたのだろう
死の不安と向き合いながらも
家族のために前を向かなければと
自分の心と戦っていたのだろうか
唯一心残りなのは
この孤独な無菌室の戦いの時期に
牧場と子どもたちのことで手一杯で
思うように寄り添ってあげられなかったこと
楽しいことが大好きで
優しいけど辛いこと、苦しいことは大嫌いな
我慢や根性とは無縁の夫でしたから
家族がいなければ
早々に諦めていたかもしれない
その夫が辛い治療を孤独に耐えたのは
自分のためではなく
私たち家族のためでした
ある時ふと「俺はまた馬に乗れるのかなぁ」
と言った言葉が忘れられません
退院してからなんとかして馬に乗せたくて
車椅子で乗れる台を作成しようとしましたが
結局、一度も馬に乗ることは叶いませんでした
夜になると
夢に元気になった姿で出てきます
「え!治ったんだね!!」
と嬉々としていると、目が覚める
正直、SNSで
「余命宣告〇カ月と言われていたけど、
1年経ちました!」みたいな投稿が
先月まではとても勇気づけられていたのに
今となっては目に入るのも苦痛です
「癌は気持ちで負けたら負けだ」
「結局病気に勝つのは気力だ」
みたいな投稿も、
この前までは自分もそう思っていたのに
夫が亡くなった今では
「じゃあ病に勝てなかった夫は、気持ちで負けたのか?」
とネガティブな受け取り方しか
できなくなってしまいました
しっかりと進めるようになるには
もう少し時間がかかりますが
今はまだ亡くなってやることが山積みなので
焦らずに1日1つでいいから
確実に仕事を片付けていこうと思います