PK戦という極限状態に迫るドキュメンタリー!「ザ・ロングウォーク -トラウマと贖罪-」 ≪6/17-18開催!ヨコハマ・フットボール映画祭2023≫
すべての勝負がかかったPK戦、キッカーはセンタサークルからペナルティマークまでボールを取りに歩いていく。とりわけ国の威信をかけたW杯PK戦において、とてつもないプレッシャーがその道のりで襲いかかる。
それは当事者でしか語りえないものであろう。
「あのペナルティースポットまでの歩みは途方もなく長かった。」
ロナルド・デ・ブール(元オランダ代表)
*1998年フランス大会準決勝
ブラジル 1(4PK2)1 オランダ
「あの10-15秒間の歩みは、全世界の人々から見られているかのような気がする。」
ジェイミー・キャラガー(元イングランド代表)
*2006年ドイツ大会準々決勝
ポルトガル 0(3PK1)0 イングランド
「自分自身の恐怖心と向き合う、終わることのないひどい道のりだ。」
アンドレア・ピルロ(元イタリア代表)
*2006年ドイツ大会準決勝
イタリア 1(5PK3)1 フランス
ヨコハマ・フットボール映画祭note公式マガジン担当の三波です。
第81回となる今回は、YFFF2023上映作品『ザ・ロングウォーク -トラウマと贖罪-』をご紹介します。
W杯における重要なPK戦について多くのキッカーが、ボールを取りに歩くセンタサークルからペナルティマークまでのその距離と時間について「長かった」と語っています。実際にはたった41.5メートルであっても、極限状態の選手たちにとっては途方もない距離に感じられます。本作のタイトルである『ザ・ロング・ウォーク』は、その長い道のりを示しています。
この物語は長年PK戦で敗退し続けたイングランド代表が、最先端のPKメソッド訓練によって失われた自信を取り戻していく「トラウマと贖罪」の物語です。
あらすじ
94年アメリカW杯決勝、ロベルト・バッジオがPKを外した姿は30年経った今でも脳裏に焼きついています。わずか11mの距離から静止したボールをネットに蹴り込み、GKがセーブしようとする。至極シンプルですがW杯という国を背負ったなかでのPKは技術的、心理的要素がからみあって複雑になり、奥が深いものです。
本作でもさまざまなドラマが描かれていますが、私の独断と偏見で見どころをピックアップしてご紹介したいと思います。
イングランド代表の天敵GKリカルド
元ポルトガル代表リカルドは知る人ぞ知るPK職人GKです。
本作ではイングランド代表に立ち塞がる天敵GKとしてクローズアップされています。本編で描かれるW杯の2年前、EURO2004準々決勝ポルトガル対イングランドから両者の因縁がありました。
この試合はPK戦に突入し、6人ずつ蹴りあって5-5のスコアに。そして、イングランドの7人目のキッカーだったダリウス・ヴァッセルが蹴る前に1つの事件が起こりました。
なんとポルトガルのGKリカルドは、グローブを脱ぎ捨てるという奇行にでたのです。そしてGKリカルドは素手で見事にセーブし、自ら7人目のキッカーとしてPKを決めてしまい、自分で勝利を勝ち取ってしまいました。
(*この試合後、グローブメーカーからお叱りの電話があったようです。さすがのリカルドもその後の現役中はグローブを外すことはしませんでした。)
EURO 2004 highlights: Portugal edge England in penalty drama
(UEFAチャンネルより)
本編では再び戦うことになった2年後のドイツW杯準々決勝ポルトガルvsイングランドにおける試合とPK戦の様子がリカルド本人の取材とともに描かれています。
イングランド代表のキッカーであるランパード、ジェラード、キャラガー、そこに立ち塞がるGKリカルド。当時の映像とリカルド本人の目線で語られる臨場感あふれる心理戦を存分に楽しんでみてください。
史上初!PK専門ゴールキーパー
2014年のブラジルW杯準々決勝では、オランダ代表が延長後半のPK戦突入間際にGKをヤスパー・シレッセンからティム・クルルへ交代し、PK戦に備えたという一幕がありました。このファン・ハール監督の采配はW杯史上初の交代劇として、世界中を驚かせました。
現在はコロナ禍の影響で5人の交代枠に増やされています。2022年カタールW杯においては延長戦に入ると追加でさらに1人交代することができるようになりました。
しかし、2014年のブラジルW杯では延長戦も含めて3人までの交代枠でした。通常であれば延長戦までもつれ込むと、消耗の激しいフィールドプレーヤーに交代枠を費やすことになります。
オランダ代表ファン・ハール監督がPK戦を見据えてGK用の交代枠を1つ残した采配は、当時としては画期的なことです。
GKクルルがどのような背景でPKキーパーとして起用され、コスタリカ代表選手を追いつめていったのか?
現在ノリッジ・シティ所属GKのティム・クルルとファン・ハール監督本人によるインタビューにより、その当時の裏側を知ることができます。
パネンカ!
PKは「ペナルティ=罪」という名称からして、悲劇、悔恨、そしてこの映画の副題である「トラウマと贖罪」といったネガティブな要素が多く含まれています。唯一のエンタメ要素があるとすれば、パネンカと呼ばれるキックだけかもしれません。
PKの場面では、GKの手の届かないゴール隅を狙って強いシュートを放つことが多いのですが、あえて中央への緩いチップキックを選択してGKの意表つく技がパネンカです。パネンカが成功すると、倒れ込んだGKを嘲笑うかのように美しい放物線を描いて、ゆっくりとゴール中央に吸い込まれていきます。
パネンカは、緊張と緩和のコントラストから生まれた芸術作品のように人々を魅了します。W杯やEUROにおいてジダン、ピルロ、セルヒオ・ラモスがPK戦で美しいパネンカを成功していることを覚えている方も多いかと思います。
高度な技術に加え、極度のプレッシャーが掛かる状況の中で、パネンカを選択することには相当な勇気が必要になります。しかし、PK戦におけるパネンカはチーム全体の士気を高め、相手GKを動揺させる力を持っています。
本編では、パネンカを発明した選手本人が登場します。45年前にパネンカが初めて試みられた伝説的なPK戦の背景とは?
イングランド代表「PKのトラウマ」
1990 W杯イタリア大会 準決勝
西ドイツ 1(4PK3)1 イングランド●
EURO 96 準決勝
ドイツ 1(6PK5)1 イングランド●
1998 W杯フランス大会 ラウンド16
アルゼンチン 2(4PK3)2 イングランド●
EURO 2004 準々決勝
ポルトガル 2(6PK5)2 イングランド●
2006 W杯ドイツ大会 準々決勝
ポルトガル 0(3PK1)0 イングランド●
EURO 2012 準々決勝
イタリア 0(4PK2)0 イングランド●
これはイングランド代表のW杯とEUROにおけるPK戦敗退の歴史です。28年間ものあいだPK戦で負け続け、まさに「PKの呪縛」に取り憑かれ苦しんできました。
普段のプレミアリーグのビッグマッチにおいて難なくPKを成功しているランパードやジェラードといった名手達。彼らもイングランド代表のユニフォームを着ると、まるで重く赤い十字架を背負っているかのように失敗してしまいます。
そんな状況を打開した救世主が、現在もイングランドを率いているガレス・サウスゲート監督でした。
イングランド代表は1996年EUROの準決勝でホームのドイツにPK戦の末に敗退。当時25歳のCBだったサウスゲートは6人目のキッカーとしてペナルティスポットに立ちました。しかし、PKはGKにセーブされ、この失敗がイングランドを敗退に追い込んでしまいました。当時のサウスゲートは“戦犯”とされたのです。
EURO 96 highlights: England v Germany the full penalty shootout
(UEFAチャンネルより)
サウスゲートは選手として辛く厳しいPKを経験し、その中で多くを学びました。時を経て2016年にイングランド代表監督に就任しました。
彼はPK戦を重要な優先事項のひとつとし、変革の一環として詳細なPK戦対策を練りました。サウスゲート監督は科学的かつ心理学的なアプローチで選手たちに指導していきます。イングランド代表がどのようにPKのトラウマを乗り越えていくのか?
本編にてお楽しみください。
人生にはあらゆる場面で1人で立ち向かわなくてはならない「Long walk」があることでしょう。本作におけるサウスゲート監督のPKに対するメソッドはフットボールだけでなく、私たちが生きていく上でのヒントとなるような気がします。
・不測な事態が発生しても「ルーティーン」を崩さない。
・深呼吸をして、恐怖の感情を静めコントロールする。
・目の前のやるべきことを理解して、ただ集中してやりきる。
このPKドキュメンタリーを通して、私は人生における逆境時の準備、立ち振る舞いに応用できるのではないかと感じました。
6/17(土)かなっくホールでの上映後、若田和樹さん(Winner's GK)、内藤秀明さん(プレミアパブ代表・解説者)をお招きしてのトークショーもあるのでお楽しみに!
「ヨコハマ・フットボール映画祭 2023」は6/17(土)-18(日)にかなっくホール(東神奈川)、6/19(月)-23(金) シネマ・ジャック&ベティ(連日20:00-追っかけ上映!)にて開催します。
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