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【M 1、鎌倉殿、メッシ】情緒不安定な日曜日の記録。

この記事はおそらく多くの日本人が経験したと思われる、2022年12月18日(日)の日記である。
皆さんが感じたことと比較しながら読んでいただけたらと思う。

この日曜日は大河ドラマ最終回、お笑い、そしてW杯決勝という3大イベントがてんこ盛りな特別な1日である。

このイベントはBSの早い時間の大河が夕方6時から始まり、最後のW杯決勝はともすれば夜中の3時までかかる長丁場である。
とにかくこの日は午前中の目一杯は寝ていようと考えていた。

しかし、老人化なのか頻尿がひどくなった私はいつも通り朝6時に尿意をもよおし起きてしまった。
そしてただただルーティンだけの寝ぼけ電子タバコを吸い、なんと3位決定戦をディレイ視聴という愚行にいたった。
早送りを織り交ぜながら観たが、気づいたら朝8時近くとなってしまった。

3位決定戦という曖昧な試合はいまいち盛り上がりにかけると予想していたが、思いのほか両チームともモチベーションが高く好ゲームで充分に楽しめた。
結果的に日本を決勝トーナメント初戦でPKで破ったクロアチアがモロッコを破り3位となった。

この大会はスーパーな選手とそれを支えるチームメイトという構図のチームが勝ってきたような感がある。

クロアチアでいえば、モドリッチというバロンドーラーでありレアルマドリーのクラッキが37歳になってもなお君臨し、若手選手が彼の背中をみてチーム一丸となっている。

クロアチアの戦いぶりを観て、今日の決勝はやはりアルゼンチンが勝って優勝する予感がした。
いや、メッシにトロフィーをかかげさせたい私の勝手な願望であろう。

根拠といえば、アルゼンチンもクロアチアと同じ構図のチームである。
メッシというレジェンド選手を全てのアルゼンチン選手がリスペクトしている。
大活躍のFWアルバレス(23歳)やボランチのエンソ・フェルナンデス(22歳)にいたってはメッシは幼い頃からの憧れの雲の上のアイドルであろう。
そんな選手達がメッシにトロフィーをかかげさせようとまさに国家事業であるかのようにチームを結束させている。

クロアチアに話を戻すと、今大会を通じてのベストセンターバックは21歳のグバルディオルであったと言いきれる。
この3位決定戦も見事なダイビングヘッドで得点まであげている。
日本戦では彼のところだけは突破できる気配すらなかった。
浅野だよりのカウンター攻撃だけであったため、グバルディオルにとってはチートなタスクであったかもしれない。

(余談だが、私はグバルディオルという名前が毎回のごとく出てこない。マンチェスターシティの監督であるジョゼップ・グアルディオラに引っ張られてしまう。)

グバルディオルが唯一やられたのが準決勝におけるメッシの突破であった。右サイドでドリブルでブチ抜かれ得点につなげられた場面ぐらいしか今大会は大きなミスが彼はなかった。

私はこのまま寝ない状態だと、この日はもたないという危機感を持ち、朝10時ごろまで2時間ほど二度寝をした。
その後、妻と近所に散歩がてら買い物にいき、食べログ名店100選にも選ばれているパン屋さんで昼食をとることによって、すこぶる体調はよくなった。

そして夕食を早めの18時頃にとり、あらかじめBSの早大河を録画していた「鎌倉殿の13人」を19時頃からNHK総合のリアルタイムより少し早く視聴した。

【鎌倉殿の13人フィナーレ】

しょっぱなから次回作の松潤家康の登場から始まった最終回。

承久の乱があっさりと描かれ、後鳥羽上皇役の松也がコミカルに隠岐島に流されフィナーレに向かっていく。
当初は義時が大好物のキノコによる毒殺か?と予想していたが、妻のえが飲ませる薬が麻の毒という拍子抜けの展開。

そして、推しのトキューサこと時房にはこの毒は効かず、、、。

しかし毒が三浦義村の差し金という情報から、小四郎義時と平六義村の緊迫したシーンはさすが見応えがあった。

毒と解りながら飲み干した山本耕史の演技とそのあとのユーモラスな演技。

このシーンは緊張と緩和という最高のエンターテイメントが凝縮されたものであった。
このシーンを書いた三谷幸喜そして見事に演じた小栗旬と山本耕史、さらに演出したスタッフに対してまさにブラボーである。

そして、いよいよ政子と義時による15分にもわたる会話で物語は終わる。
義時が死ぬ寸前、政子に姉上という一言が圧巻であった。

小栗旬が考えた死に際の最後の声色は若かりし頃の小四郎の声だった。
おばたのお兄さんが真似する、『まーきの!』を彷彿させるような若い声。

「姉上、、、。」
ことぎれる義時

泣きながら小四郎に語りかける政子
「ご苦労さまでした、、、。小四郎。」

北条氏がまだ伊豆の小さな豪族だった頃、小四郎と政子は富も権力もないあの頃を互いに思い出しながら義時の死で物語は終わる。

私の目からは久方ぶりに涙が流れた。

北条義時というこのドラマの主人公が長い旅の最終ページに記された姉と弟だけの秘密。恐ろしい結末のはずなのに甘美さえ感じた壮絶な姉弟愛。

政子としては、弟を解放してあげたいという憐憫の情の一方で、息子の頼家を殺された憎悪もあった。
怒りや悲しみ、憐れみや愛情と人間の複雑な心情を政子役の小池栄子はよく演じきった。

私は常々タイトルが鎌倉殿「と」13人ではなく、なぜ鎌倉殿「の」13人なのだろうかと疑問に思っていた。
最終回におけるラストのラストに義時のせいで死んだのが13人だから鎌倉殿「の」13人という血にまみれた鎌倉を表したタイトル回収をしてくるとは思わなかった。

まさにこの物語は序盤は「全部大泉のせい」であったが、後半は「全部小栗のせい」であった。

あまりに認知度が低いが、鎌倉幕府を創り上げ維持してきた北条ファミリー。
中国から取り入れた律令制というOSから、武士が土地を所有して治めていくという封建制OSへ移行していく様を描いた作品であるといえる。
この制度OSの移行により、『名こそ惜しけれ』という坂東武者の精神性は武士道という世界に誇れる日本特有の型をもたらした。

かつて司馬遼太郎は鎌倉幕府の誕生がなかったら日本の歴史は二流の歴史であっただろうと明言している。まさに三谷脚本による歴史に残る最終回、そして日本という国を再考させる大河ドラマであった。

この項の最後に水をさすようなことを書きたい。
三谷作品は我々の日々の生活を癒してくれる素晴らしいものであるが、あくまでも歴史ファンタジーエンターテイメントである。

平安末から鎌倉時代にかけて、平家物語や吾妻鏡にも描かれていない庶民の暮らしは悲惨で酷いものであったことを忘れてはいけない。
今作にもドクロ首が重要な象徴としてでてきた。
あの時代は天災や飢饉、疫病で多くの庶民が死んでいき京の町にはそこらじゅうに死体が転がっていた。
鴨長明が記した方丈記には京の都である時、お坊さんが死体を弔うために額に「阿」の字を書いて数えたらしい。
路上に斃れている死体の数は2か月で4万2千3百体あまりもあったと書かれている。歴史では時代に翻弄されて苦しんでいた民衆のことは大きくとりあげられない。

昨今の情勢をみると、聞く力をアピールしていた首相は大河を観ているような大衆の意見などにはまったく聞く耳を持たず、貧国強兵の道を歩んでいる。
将来において先の戦争や震災のようなことがあっても、何百年後の人々には私たち庶民の存在は語られることはないだろう。
そして北条家の都合の良いように書かれた「吾妻鏡」のように、偽政者たちの真実とは異なる歴史だけが教科書に載っていくことだろう。

【M1グランプリ雑感】

現実逃避の一番の道は笑いである。
そして、今年最大の笑いの賞レースのM1グランプリを少しディレイしながら録画視聴した。

当たり前ではあるが、お笑いというのは人それぞれの主観しかない。
だからこういった賞レースでは必ずといってもいいほど納得がいかないケースがほとんどである。
これはしょうがない。
お笑いは総合的に平均すればとか、空気を読んで面白いかもとか、そういった同調圧力がないからこそ楽しめるものである。
だから、他人が面白いと思うことが私にとってはつまらなく感じ、その逆もまたしかりである。

そして、結果から言うとウエストランドの優勝となった。
しかし、私から1番の笑いをとったコンビは2組目の登場で決勝には残れなかった「真空ジェシカ」である。

彼らの漫才はアンチベタ、ドライな世界観、痛みがベースにある。
今回のネタもシルバー人材センターという悲劇と裏腹の喜劇で大いに笑わせてもらった。

初っ端から、
「ようこそシルバー人材センター、ヘブンズゲートへようこそ。」
「嫌な名前〜」
のくだりからもっていかれた。

その後も、、、

「派遣のニューウェーブ、人材智則」 
「ちっちゃい関西弁」
「韓国の受験生」
「ノルウェーの刑務所」
「年金もらいすぎて卑屈」
「戒名の歌を作る、かいみょん」

などなど、絶妙なフレーズを連発。
特に「八法全書、六法全書の同人誌」
の後のツッコミ「著作権の著作権を侵害してる」が秀逸であった。

【至高の神試合となったW杯決勝】

そんなこんなで、11時となってしまった。

W杯決勝のキックオフは12時である。

ふと私はスマホを手に取り、いつもやっている『サカつくRTW』というサッカーゲームアプリを立ち上げた。

このゲームにもレア選手を引けるガチャがあるが、私は無課金で気長にプレーしている。
ログインボーナスをもらい、見るとガチャを引けるコインが貯まっていた。

何気なしに10連のガチャを引いてみた。

そして、、、奇跡がおきた。

これが出てしまったのである。

現段階においてこのゲームで1番価値のあるレア選手、ロベルトバッジオ様が当たってしまった。

そして喜びとともに、あの光景が浮かんだ。


94年アメリカW杯決勝のPK戦、バッジョがを外してブラジルの優勝が決まったシーンである。

これは天啓なのか、今大会もPKまでもつれこむのか?

まさか、メッシが外す?

いやこの時はブラジルの優勝だから、ヨーロッパのフランスが負ける?

エムバペが外すのか?

様々な詮索が去来しながら、全世界が注目の決勝が始まった。

「三笘の1ミリ」、セミオートオフサイドテクノロジー、長すぎるアディショナルタイム、1試合18枚のイエローカード……と、テクノロジーの進化により様々なドラマがあった大会がこの決戦で終わる。

皆がフランスがポゼッションするだろうと予想していたが、アルゼンチン選手たちは前半からよりアグレッシブにゲームを進めた。

そして、フランスにおける攻守のキーマンであるグリーズマンが何故かゲームから消えていた。

準決勝は温存し、決勝の舞台で通常とは逆の左サイドで起用されたディマリアの個人技によりフランスは慌てていたように感じた。

反対にフランスの左サイドにはエムバペがいる。
そこにはいつもアルゼンチンの7番デパウルが存在感を放ち、エムバペへのルートを遮断していた。

解説者やコメンテーターは誰も言及していなかったが、私はこのデパウルのプレーこそがアルゼンチンの前半の良さ象徴しているように思えた。

この中盤のアルゼンチンの7番はブンデスのデュエルキングである遠藤航よりもスピードと運動量、フィジカル能力において優れていると思う。
しかも彼はボールのないところでも闘争心、アグレッシブな姿勢をみせ続けていた。

全身タトゥーだらけのたくましい体が広範囲に渡って相手を潰していく様は、所属しているアトレティコのシメオネ監督が理想としているアルゼンチンフットボーラーそのものである。

彼のプレーをみていると、メッシには守備させないという断固たる覚悟が伝わってくる。

一発のプレーで試合を決める特別な個をもつメッシ、エムバペのような選手を輝かせるためには必ず汗っかき役が必要である。

前回のロシア大会で献身的な働きでエムバペを輝かせたエンゴロ・カンテは今大会のフランスのスカッドにはいない。

もちろんフランスの左サイドにはボランチのラビオとサイドバックのテオ・エルナンデスがカバーすることで、エムバペの守備負担をさせないようなシステムにはなっている。

しかし、メッシという絶対的なカリスマにトロフィーをあげさせる気持ちという部分ではアルゼンチン選手たちの方が優っていたような気がした。

メッシのPK、完璧なワンタッチプレーからのアルバレスの2点目。
そして、前半41分のジルーとデンベレを早くも交代させた。

2-0でハーフタイム、夜中の1時前、横で毛布にくるまり寝てしまっている妻。

「もうメッシのアルゼンチンが勝つからお布団で寝な。」
と妻を寝かしつけた。

しかし、後半にフランスが80分と81分にエムバペが立て続けにゴールをもぎ取って土壇場で試合を振り出しに戻す。

特に2点目のエムバペのボレーで決めたあとのメッシの表情が印象的であった。

PSGで同僚のスタープレーヤーのゴールのあとメッシは苦笑いを浮かべた。

メッシがキープできずに奪われたボールをそのまま決められてことに対して、
「こんなヘマしていたら、そりゃキリアンにはやられるわな。」

という具合にあの苦笑いを私は解釈した。

さらに延長戦でもドラマは続いた。
109分にメッシが勝ち越し弾を決めて、さすがの私もこれで終わりだろ。いや、終わりにしてくれと祈った。

しかし、サッカーの神はメッシにやすやすと栄冠を授けない。

試合終了間際の118分にアルゼンチンの交代で入ったモンティエルがハンドで献上したPKをエムバペがゲットして同点としたのである。

その後、アーセナル時代から知っているアルゼンチンGKマルティネスが延長終了間際に左足で防ぐビッグセーブをみせた。
これにはさすがにメッシも肝を冷やしたに違いない。

そして、PK戦である。

再びバッジョの記憶が蘇る。

しかし、エムバペとメッシという両エースは1人目で登場し、あっさりと決めた。

あのバッジョの悲劇が訪れなくて、ホッとした自分がいた。

あの場面でキーパーの動きをみてコロコロPKをしてしまうメッシは神の子からとっくに神になっていたかもしれない。

フランス選手は明らかに足にきていたのだろう。

そして、延長でハンドをしてしまったモンティエルが右足を振り抜き、ボールをしっかりゴールに叩きこんだ。

36年ぶりのアルゼンチンの歓喜。

アルゼンチンアルゼンチン選手が泣いて喜んでいる中、メッシは満面の笑みで多幸感に満ち溢れていた。

僕はまだ飢えている。成し遂げるべき目的、満たすべき空虚が、まだ僕の中にはある。

2012年のFIFAバロンドールを受賞したときのコメント。
25歳の若さにして4年連続4回目の受賞となったが、「まだ飢えている」と決して満足していない様子をうかがわせた。

W杯という最後の栄冠のピースを手にし、ニコニコと微笑んでいる35歳のメッシ。
唯一の空虚を埋めて全てのタイトルをコンプリートした笑顔なのか。
いや違うのではないか。

ディエゴマラドーナという偉大な選手と常に比較されてきた神の子メッシ。
アルゼンチン国民の重圧から解放されたことによってもたらされ、新たな境地に至った微笑みにみえた。
それは、神の子からサッカー少年に戻り、ただ単純にフットボールの楽しさをあらためて噛み締めているようにも見えた。

午前3時すぎ、妻は寝室で静かに眠りについている。

新婚旅行でバルセロナに行き、8万人を超えるカンプノウで神の子と呼ばれるプレーヤーを生で観てから12年が過ぎた。

新婚旅行のアルバムから引っ張り出してきた写真

12年というのは干支でいうひと回りである。
木星が太陽を一周する公転周期が12年かかるところから、干支というものができたらしい。

木星がまわっている間に神の子がサッカーの神になった。
一方で私の12年間は何かを成し遂げることができただろうかと自問自答してみる。

そして妻の寝顔をみた。
12年も共に一緒にいてくれたこと、平和に生きてこれたことを素直に感謝している自分がいた。

日付けをまたぎ長い1日であった。

笑い、泣き、そして熱狂し興奮するという感情の起伏が激しさにいささか脳に相当な疲労を感じていた。

平穏で何もない日常において私たちは様々なエンタメを求めている。

今年を象徴する漢字は「戦」であった。

大衆がエンタメを消費するなかで、防衛3文書を国民の合意をとらずに閣議決定された。敵基地攻撃能力を得た日本は戦争への道に確実に突き進んでいる。

タモリが黒柳徹子に来年はどんな年になるかと聞かれていた。

「新しい戦前になるんじゃないですかね。」

と答えていた。

タモリはわかっている、われわれ大衆がサッカーや笑いに興じている中で軍靴の足音が近づきつつあることを。












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