深夜にアジカンを唱える
諸君
きらら先輩が帰ってきたぞ。
みんな元気でしたか?
前回までのあらすじをもはや忘れているきらら先輩なのだが、きらら先輩はというと、こないだ人事のおねえさんに「きららさんそろそろ3年経ちましたっけ」なんか言われてしまったよ。
おい、まだ入社して1年半も経っとらんわ。
まるで俺の態度がでかいみたいじゃないか。え。
でかくないですよ、もちろん。
先日はくみちゃんと一緒にウェブ決算説明会のセミナーに出たんだけどさ。結構専門的な話だったわけさ。
途中でくみちゃんに「ねえ、全部わかってる?」って確認したらにっこり笑って「こないだきらら先輩が説明してくれたお話かなあと思いながら聞いてました。わからないところも多かったですけど」というお返事で、ウッとなりました。
そうなんだよなあ。これで私もわかってなかったら、弊社でわかってる人は誰もいないという惨状なんだよなあ。猫課長には当然わかっていない程度には専門的ですし。頑張って家でも勉強してついていってますけどね。
でも、私だって5年前にはきっと先輩や上司がわかってるからなんとかなると思って仕事してましたから。下っ端の頃は。ぬくぬくと。思えばあれは上の人たちに守られていたんですね。
立場逆転。
今度は私がくみちゃんを守り育てる番ですよ。しゃーない。やるか。給料いっぱい増えたし。
あ、でもくみちゃんも頑張っていないわけじゃないんですよ。こないだマイクロソフトのオフィス・スペシャリストの資格取ってきたし。すくすくと育って欲しいです。
なんて話で終わると、もうきらら先輩エピローグか、今回で完結かとか思われそうだな。
終わりません。
今までのは前置き。
話はここからだよ。
昨日の夜な。夜も夜、もうすぐ日付が変わるくらいの時間帯にフッと台所見たら、壁に巨大な蜘蛛が張り付いていたのさ。5センチくらいあるやつ。
前にリクから、家の中に出るでっかい蜘蛛はゴキブリを食べる益虫だから放置するんだよと聞かされてたんだけど、いや、やっぱり無理でした。見た目が。で、殺虫剤も無いので思わずハイターをかけてしまいました。
ごめんよ。蜘蛛さん。
それで蜘蛛は流しに落ちたんだけど、今度はその蜘蛛の死体をどうやって捨てれば良いのか思いつかなくて。
というかもうとにかく誰かと話をして気を落ち着かせたくて、ソラちゃんにメッセしてしまった。
きらら先輩「寝ようと思って歯磨きしてたら5センチくらいのクモが壁に貼り付いてて」
ソラちゃん「ゴキブリ退治してくれますよ!」
いきなり5センチの蜘蛛の話を送信する私も私だが、それを上回るテンションで返信してくれるソラちゃん大好き。
きらら先輩「嫌すぎて怖いしでむり。もうハイターで撃ち落としちゃったよ。いま泡だらけにして待ってる」
ソラちゃん「あーあ。ひどいことをしてしまいましたね」
きらら先輩「こんなでかいのやだよ。初めてみた」
ソラちゃん「ジョロウグモかな」
きらら先輩「流しに落ちたの拾うのほんとに嫌。なんで明るいとこ出てきたし。壁についたハイターどうすんねん。あー、寝る前に嫌な興奮してもうた」
ここでソラちゃんがわざわざジョロウグモの写真送ってきた!
きらら先輩「もっと全身茶色だった」
ソラちゃん「アシダカグモ」
きらら先輩「やめて。はあ……触るの嫌すぎる。流しの穴ぼこに落ちたのどうやって拾えばいいのか」
ソラちゃん「火ばさみでも買ってきたらどうでしょう」
きらら先輩「割り箸かなあ。つまむのも嫌だけど。平面に落ちてくれたらなあ」
ソラちゃん「頑張って」
この辺まではまあまあ普通の会話だったのだが、だんだんテンションがおかしくなってくる。
きらら先輩「はああ……こうなったらもう結婚相談所行くかあ」
ソラちゃん「好みのタイプは蜘蛛退治してくれる人って登録してみて。源頼光とか渡辺綱とか」
きらら先輩「虫退治してくれる人募集って、普通にホラーゲームの設定みたいで嫌」
ソラちゃん「案外いい人が見つかるかも」
きらら先輩「明日の私が可哀想すぎて」
ソラちゃん「泣けやしないから余計に救いがない」
きらら先輩「そんな夜を温めるように歌うんだ」
ソラちゃん「ローリングローリング」
きらら先輩「まさかのアジカン」
ソラちゃん「リクが結束バンド好きなんです」
きらら先輩「そっちか」
ソラちゃん「ところで私の話も聞いてもらえますか」
きらら先輩「どうぞ」
なお、このとききらら先輩は心を落ち着かせるためにネイルを塗っていた。寝るためのネイル。
ソラちゃん「今日、羽田空港に行ったんですよ」
きらら先輩「出張ですか」
ソラちゃん「はい」
きらら先輩「して、どちらへ」
ソラちゃん「香港です」
きらら先輩「香港にいらっしゃるんですか」
ソラちゃん「聞かないで」
きらら先輩「聞かなくて良いんですか?」
ソラちゃん「聞いてください」
きらら先輩「聞きます」
ソラちゃん「アート・バーゼル香港を視察に行く予定だったんですよ」
きらら先輩「アート・バーゼル」
ソラちゃん「アートフェアです」
きらら先輩「アートフェア」
自分でもバカっぽいなと思いつつ。
ソラちゃん「美術品の展示即売会です。アジア最大の」
きらら先輩「ほう」
ソラちゃん「意気揚々と羽田に行ったらですね」
きらら先輩「何があったんです」
ソラちゃん「3月23日のチケットを取ったつもりで2月23日のチケット取ってました」
きらら先輩「え」
ソラちゃん「今日の便は満席で、結局羽田空港でやけ酒を飲んで帰ってきました」
きらら先輩「リクもですか」
ソラちゃん「リクくんは仕事があったんで私一人です」
ごめん、ソラちゃん。声出して笑っちゃった。深夜なのに。
ソラちゃん「こうなったらもう、こういう時じゃないとしないことしようと思って」
きらら先輩「どうしたんです」
ソラちゃん「羽田から歩いて帰ってきました」
きらら先輩「一つ聞いて良いですか」
ソラちゃん「どうぞ」
きらら先輩「チケットを予約したのは誰ですか」
長い、長い空白。
ソラちゃん「……私です」
また声出して笑っちゃったよ。
ソラちゃん「だって2月23日も木曜日だったんだもん!!!!」
きらら先輩「ですよね。わかります」
とりあえず合わせる。
そんなわけでお互いに心の傷を開示しあって寝たのだが。
朝になってもまだショックが残っていたきらら先輩は朝食を食べる気力もなく、空腹のまま出勤したのでした。
結婚相談所はどうするかまだ決めてません。源頼光はタイプじゃないです。
以上。
みんなも2月には気をつけろ!