親離れできない私のために
山田の子を産んでたら確実に、人生は変わった。
わたしは、生きているだろうか?
ここからは、感覚的にことの成り行きを書いてゆくので、それが事実か虚偽であるかの詳細については求めないでほしいです、読者の皆さまへお願い。
わかんない。
別に山田のこと、好きではなかったし、
元々知り合いでもなかった
で、わたしは「事故」で 妊娠した
あほみたいに、ばかみたいに、うそみたいに、あっさりと
おそらく殆どの人間が子どもを授かったと知るまでにある程度のタイムラグをひつようとするだろうし、それは、子どもを妊娠したために次の月経が遅れる、いわゆる「生理がこないの」というある程度の不安を抱いたのちに、産科婦人科なり、妊娠検査薬なりで妊娠を知ることになると思う。いまの日本の現代の、いま現在の「子どもが出来たよ」「赤ちゃんがお腹にいるよ」「あなたの子よ」…などの言葉で知らせてパートナーのうれしい反応を思い描いたり、など
想像するに
「お互いにこどもを望んで待望している」
ならばよかったのに。
つきあっていて、
結婚しようね、という仲で、
子どもを望んでいる場合だ
だけどわたしの場合はそうではなかった
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